異世界
(いったい何なの、この人)
森の外に向かって歩きながら、ハンナは後ろを歩く人物に視線をちらちら見ていた。
そこには相変わらず全身黒服の彼がいた。少し違うのは今はヘルメットと骸骨マスクを外しゴーグルも上げているところだ。
戦闘を終えた彼は、もう出ても大丈夫だと彼女に言い、岩の陰から出た彼女は息絶えたドラゴンを見て驚愕した。結構グロテスクな状態で横たわるドラゴンを眺めた彼女は思い出したかのように嗚咽を上げ吐き出した。咽びながら吐き出したのを見て彼は「どうした!?」とあわてて駆け寄った。彼はどうして吐いているのか理解できない様子だった。ひとしきり吐くと今度は涙が流れた。
しばらく、彼女は泣き続けた。彼はどうしたらいいのかわからずただ黙っていた。
彼女が多少落ち着くと彼は所持していた水筒の水を黒いタオルにかけ濡らすと水筒とタオルを差し出した。彼女は顔を伏せたまま頭を下げそれを受け取った。
身ぎれいにした彼女は数回深呼吸をして顔を上げた。
彼は気を使ってか後ろを向いていた。その気遣いに感謝しつつその後姿に声をかけた。
「もう大丈夫です」
その声に彼は振り返りこちらを見た。
「平気か?」
こちらを気遣うようにそう尋ねる。
「はい、平気です」
立ち上がりながらそう言うと
「ならよかった」
と安堵の声を上げフウと息を吐く。
そこで彼は何かに気づいたように、あ、といった。
どうしたんだろうと眺める彼女を余所に彼は顎に手を当て考えるようなそぶりを見せる。
しばらく無言が続き、何度かこちらの方を向く。
少し不安になってきたところで彼は
「ま、いっか」
と決断したような、それでいて何かいろいろ諦めたような声を上げた。
「すまないんだけどいくつか聞きたいことがあるんだけど教えてもらえる?」
「聞きたいこと、ですか?」
不安そうな顔をしたまま尋ねる。
「あれ、どうしたの?」
不思議そうにしている彼になんと言ったらよいか考えるハンナだったが、彼は彼なりの答えにたどり着いた。
「ああ、そうか!ちょっと待って」
そう言いながら彼はごそごそと手を顔の方に持っていきヘルメットとマスクとゴーグルを外した。
そこから出てきたのは短い黒い髪と黒い目をした男性だった。年はかなり若く見える。私より少し年上だろうか。汗をかいているためか髪の毛が少し顔に張り付いている。かっこいい部類に入る顔だ。
「顔を見せないような相手は怖いよな。すまなかった」
彼は深く頭を下げた。
「い、いえ、こちらこそ助けていただいたのに疑ったりしてしまって本当にすみません!」
「いや俺が早めに顔を見せていればよかった……」
「いえいえ!私の方こそ……」
「いや、俺が…」
「いえ、私が…」
しばらくお互いに謝り続けた。結果は彼女の勝利。(謝るのに勝利などあるのかはなぞであるが)
「あのー、それで聞きたいこととは?」
彼女が思い出したかのようにそう言う|(実際忘れけていた)と彼はこう尋ねた。
「ああ、そうだったな。聞きたいのはここが何処なのかなんだ」
「え、どこかって…」
彼の質問に彼女は不思議そうに答えた。
「森の中ですけど」
「いや、そうじゃなくて!」
彼はずっこけそうになりながらも言葉を続けた。
「この土地の地名とか、国の名前とか」
「ああ、そっちですか」
不思議なことを聞く人だな、という思いは心の中に秘め聞かれた質問に答える。
「ここはアルスリア王国のはずれにあるテアという村の近くにある森です、地名は特にないです」
「あ、あるすりあ?てあ?」
わからないといった顔で彼は繰り返す。
「そ、それじゃあ、近くのほかの国の名前は?」
「えっと、王国の近くの国はグレイデル帝国とその隣にデルニール共和国、ダーズリ帝国があります」
その言葉を聞きかれは押し黙る。
こちらに聞こえないような声でぶつぶつ何か呟いている。
「ど、どうしました?」
そう尋ねても応答がなかった。
しばらくして彼はこちらに向き、
「悪いんだけど、その村まで案内してくれないか?」
そして現在に至る。
視界の先にいる彼は辺りを注意深く見回しながら、それでいてちょっと楽しんでいるかのような視線を周りに送っている。
途中動物を見かけたとき彼はとんでもなく驚いた顔をし、なぜかしばらくそこから動かなかった。そして彼はこう尋ねた。
「あ、あれはリスだよね!?」
そう叫びながらリスを指さす彼はまるで子供のようだった。
その他の動物に出会った時も同様に騒いでいた。
川の近くを通った時は、見えた途端走り出していき恐る恐るといった感じで水をすくって飲んでいた。
そして大声でうまいと叫んでいた。余談だが、離れる前にちゃっかり水筒に水を汲んで入れていた。
こんな人がドラゴンを倒した。
本当に信じられない話だ。
一体何者なのか。
いろいろな想像が頭をよぎる。
(もしかしたら…あの伝説の…)
と考えていると彼がこちらを向いた。目が合う。
「あ」と言ってしまいハンナはあわててずらすが、ドレイルは
「何か?」と尋ねた
「あ、あの。その。」
「はい」
静かにこちらの言葉を待つ彼。そんな彼を見て彼女はずっと訪ねたかったことを尋ねた。
「あなた何者なんですか?」
そう尋ねられたドレイルは、まだ自分が名乗っていないことに気が付いた。
「ああ、まだ名乗ってなかったですね、俺の名前はドレイルて言います」
本名はさすがに話してはまずいと考えコードネームを伝える。
「ドレイル、さんですか。私はハンナ、ハンナ・ディーゼルトです」
「ハンナさん、いいお名前ですね」
「あ、ありがとうございます」
女性から名前を聞いたらとりあえず褒めろ。そう部隊の中で交友関係|(女性)が広かったルーから教わったことを実践する。
顔を少し赤くした彼女は咳払いをし
「あの大変遅くなりましたが、危ないところを助けていただき本当にありがとうございました」
そういうと深々と頭を下げた。
「このお礼は必ずいたします」
「いや、いいですから、そんなに畏まらないでください」
「いいえ、そう言うわけにはまいりません。あなたは命の恩人なのですから、それ相応のお礼はさせてもらいます」
かなり強く断言され意志は固いと見えた。彼女がかなり頑固だということは何となくさっきのやり取りでわかっていた。
「わかりました。とりあえず詳しいことは村に着いたら話し合いましょう」
と先を急ぐことにした。
「あ、すみませんまた時間を取らせてしまって」
そう言うと彼女は歩き出した。
その後ろからドレイルは、今のところは大丈夫だなと彼女をこっそり眺めながら思った。
ドレイルはドラゴンとの戦闘の後すぐ彼女と友好関係を作ることにした。
自分の現状がわからない以上、そこで知り合った人物に情報を得るということは極めて重要だった。そのため化物に襲われていた彼女を助けることを優先した。
そんな見たことも無いような敵に襲われている人間など見捨てればよかったと思う人物もいるだろうが、彼女が一番最適な状況(協力者を得るために)にあったため未知の敵との戦闘もやむなしと判断したからだ。結果彼女と言う協力者が手に入ったのだが、代わりに武器と弾薬のほとんどを失った。
早く部隊と連絡を取り、回収してもらわなければならない。
だが彼女から得られた情報は意味不明だった。彼女の言った国どれ一つとして知りえなかった。彼女が嘘や、冗談を言っているは思えない。
そして今まで見てきたものの数々、とてもここがあの地球だとは思えなかった。
じゃあ何処だと言うんだ。自分の中でいろいろ考え。ある一つの結論に達する。
いつもならばかばかしいと考えるような内容だがこれが一番正しいような気がする。
「ああ、もう森から出ますよ」
「そうですか」
思考をいったん打ち切りそう呟き彼女の後に続き森を出る。
まぶしい光で真がくらむあがそれは一瞬のこと。
そして雲一つない空と太陽、そして3つの大きな月が空に見えた。
空を眺めハアとため息をついた。
「やっぱり、最悪の予想は当たってたか」
空を眺めながらドレイルは自分が異世界にいることを確信した。
話を多少修正しました。
大きく変わったところは少ないと思いますが、違和感があったら申し訳ないです。