出会い
アルスリア王国領土のはずれにある小さな村。
木と石でできた家が立ち並ぶ道を小さな籠を持った背の高い少女が歩いていた。道といっても舗装されているわけでもなく砂利道といった感じだ。しかし頻繁に人が通っているので地面は平らにならされている。
道を歩く少女は水色の袖の長いワンピースの上に白いエプロン付け頭に麦わら帽子をかぶっていた。顔は年相応といったかすかに幼さが残る可愛らしくも美しい顔をしていた。帽子からはみ出して腰まで伸びている髪はきれいな金髪だった。お昼過ぎということもあって道には子供たちが数人鬼ごっこをして遊んでいた。
「あ、ハンナおねいちゃん。こんにちは!」
「こんにちは。」
挨拶してきた子供たちに挨拶を返すと子供たちはそのまま走り去った。
すれ違う人とあいさつをしつつそのまま進むと家の間を抜けたくさんの畑のある場所に出た。
「おお、ハンナちゃん。これから薬草摘みかい?」
畑で作業していた30代くらいの夫婦がハンナに気づき話しかけた。
「ええ。近くの森でノスブールを取りに行ってきます」
「そうかい。近くなら魔物も出ないから安全だけどあまり村から離れすぎないように気をつけなよ」
「もー!あまり子ども扱いしないで下さいよー。私これでも17なんですからね」
「わかってるわかってる」
がははと笑いながらそう言ったおじさんは急に真面目な顔になった。
「でも聞いた話によると、最近魔物どもの活動が激しくなってるらしい。注意だけはしときなよ」
「はーい。気を付けます」
「まあ、」と表情を崩すと笑い顔になり
「ハンナちゃんに勝てるほどの魔物がこの辺りにいるとは思えないがな」
「まあ、そうですね」
夫婦は、少し前の出来事を思い出した。
ハンナの見た目は細くとても強そうに見えないのだが実際は、そんじょそこらの騎士よりも強い。
少し前、この村に王国の首都から10人くらいの騎士と兵士の一団が訪れた。税の徴収のためだ。そのなかに中に1人の新米の兵士がいた。新米といっても兵士を名乗るだけあってそこそこの実力はあった。
この世界には様々なモンスターが存在する。モンスターにはランク付されており弱い順に1から10までの段階がある。ゴブリンはランク1のモンスターの中でも最も最弱であるが1体でも普通の村人より多少強い。そのゴブリンやランク1などのモンスターを倒せる程度にに実力がついた者を傭兵。
ゴブリンの集団(10単位)またはランク2以上を一人で倒せるものを下級冒険者。
ゴブリンの軍団(100単位)またはランク4以上を倒せるものを中級冒険者。
マーゼルクラスの人間が倒せるレベルのモンスターの集団、またランク5以上のものをを倒せる人間を上級冒険者
そしてその上にもう3つのランクがある。
王国の兵士は、大まかに言うと強さや実力順の低い順に衛士、兵士、騎士、戦士、といった具合である。そして騎士は下級冒険者と同じぐらいの実力を持つことになる。兵士はデルムとアダンの中間と言ったところだ。
その新米兵士は兵士になって初めての任務ということもあって舞い上がっていた。今なら何でもできると思い込んだ彼は、偶然居合わせたハンナにちょっかいを出した。他の兵士が止めるのも聞かず、ハンナを口説こうとした。ハンナは嫌がったが兵士はしつこく言い寄った。視界にとらえていた騎士たちは止めようとしたが、隊長らしき男が視線でそれを止めた。
1度痛い目に合わせないとわからないだろう、と。
とうとう兵士は業を煮やしたのかハンナの体に触れた。それを受けハンナは恐怖を感じ両腕で騎士を突き飛ばした。
ものすごい速さで3メートルほど兵士は飛んで行き、近くの木にめり込んだ。
村人の一部の人間が呆然とする中、仲間があわてて回収に向かう。男は完全にのびていた。いやむしろそれだけで済んでいたのに驚きだ。
それをほかの騎士から聞き隊長らしきいかつい男がハンナに近づいた。そして
「ご迷惑をかけ、申し訳ありませんでした。ハンナ様」
深々と申し訳なさそうに謝った。
「いえいえこちらこそすいません!手加減ができなくて!」
「いえ見ていて止めなかった私が悪いのです」
「いやいや私がもっとはっきり断っていれば…」
「いやでもわれ等が…」
「いや私が…」
二人は互いに延々と謝りあっていた。
あの場面を思い出すだけで笑えてくるとおじさんは笑い、まああの兵士が完全に悪かったからねと一緒に笑うおばさん。
そんな2人にハンナは顔を赤くする。
ちなみにその兵士は、首都に帰るまで意識を失っていて目を覚ました後、仲間からハンナのことを聞かされ、顔をさらに青ざめさせたとのことだ。当然かなり厳しい処罰もあった。それ以来、髪の長い金髪の少女を見るたび悲鳴を上げているらしい。
2人から逃げるように、ハンナは村を出た。しばらく歩き森の中に入ると目当ての薬草を探してさらに森の奥まで進んでいった。森の中では動物たちの近くをハンナ通っても動物たちは、ハンナを一瞥すると警戒した様子もなしに普段道理の行動を続けた。彼女は動物たちを眺めながら進んでいった。20分ほど歩くと森の中心に出た。
森の中心は木が途切れかなり広い広場のようになっていた。上から眺めればまるで草原を囲むかのように丸いドーナツ型の森に見える。周りにはちらほらといろんな野草や花が点在している。かなり大きめの岩なども存在しその陰では日陰でしか咲かない珍しい野草の姿もある。
そこで彼女はすぐに目当ての薬草を見つけた。しゃがみ込んで薬草を回収する。
必要な分は10分足らずで集まった。
(これでしばらくは薬草がもつわね)
かごいっぱいに入った薬草を眺めうれしそうに笑うと、立ち上がる。
(さて村に帰りましょう)
そう思い来た道を帰ろうとしてふと気が付いた。
(動物たちの気配がない?)
先程まであった無数の気配が近くにない。離れたところに気配を感じるがそれも普段ならあり得ない切り立った崖に阻まれた所にだった。普段なら動物がほとんどいないだろうであるはずの場所にほとんどの気配が集まっていた。まるで何かにおびえるように。
(なぜ?)と思ったとたんハンナにゾクと急激な悪寒が走った。そして上から何か大きな気配がこちらに向かって落ちてくるのを感じた。ハンナはとっさに走った。
途端にバサバサ!という羽音とともに何かが土煙を上げハンナの後ろに降り立たった。
風圧で帽子を飛ばされながら後ろをゆっくりと振り返り、ハンナは驚愕に顔を染めた。
「ドラゴン!?」
そうそこには10メートルほどの黒いドラゴンが羽をはばたかせホバリングしていた。その眼はハンナを見据えていた。
ハンナは目の前の出来事が信じられなかった。生きる伝説ともいわれるランクレベル9の中でも最強と名高いドラゴンが今自分の前にいること、そしてそのドラゴンが彼女を獲物としてみていることを。
固まったまま動けずにいるハンナをドラゴンはしばらく見ていた。
そして羽の動きを弱めゆっくりと地面に降り立つ。ひときわ大きい音と振動が響く。
ズシン、ズシンと足音を立てながらハンナに近づいて行った。
ハンナは恐怖に顔を歪めながら何とか離れようとずるずると後ろに下がった。それぐらいしかできなかった。
(逃げなくちゃ!逃げなくちゃ!)と彼女の頭の中では必死に体に命令しているが体のほうは全く動いてくれない。絶対的な力の差をその体に感じ、体が完全にマヒしてしまっている。
恐怖するハンナの姿を眺め、ドラゴンは楽しそうにグルルと声を上げた。
「ひぃ!」
体の底から真に冷やされるようなドラゴンの笑い声を聞きハンナはしりもちをついた。立ち上がろうにも体はいまだいうことを聞いてくれない。それでも彼女はそのまま懸命に後ろへ下がるが、とうとう木の根元に追い込まれてしまった。ドラゴンは相変わらずゆっくりと彼女に近づく、たぶん彼女を散々いたぶってから食べるつもりなのだろう。わざと時間を与えることで彼女をさらに追い詰める。一歩また一歩ゆっくりと近づく。
カタカタと彼女は震えた。そして何とか助かりたい一心でこうつぶやいた。
「…だ、だれかぁ…た、助けて…」
その声はささやき声程度でしかなかったが、もう一歩ドラゴンが踏み出すと目をつぶり彼女は全力で叫んだ。
「だれか!助けて!!」
叫んだものの彼女は理解していた。誰も助けになんか来ないと。この森に入るのは薬剤師である自分だけ村のほかの人間はこの森に入ることすらない。たとえほかに誰かがいたとしてもドラゴンを何とかできるはずがない。たとえそれが王国最強の戦士、いや人類最強の戦士だったとしても無理だ。まずそんな人がいるはずない。
このまま自分は黙って食べられるしかない。そんな絶望が彼女の心を覆った。
目を開けるともう目の前にドラゴンがいた。こちらをまるであざけるかのように笑った目でこちらを見ている。
もう逃げなくていいのか小娘、とでも言っているようだ。完全に遊ばれている。
ハンナは絶望した目でそのドラゴンを見た。それに満足したのかドラゴンはグルルとまた楽しげに声を上げた。
そしてその口を大きく開けハンナに近づけてくる。腐った肉の匂いがする息を吐きかけられながらドラゴンのぎらついたとがった歯がゆっくりと近づく。彼女は必死に目をつむり、そして………
「その子から離れろ化け物!!」
そう叫んで彼女の求めた救世主は現れた。
次回から戦闘に突入します。