村1
朝方、ドレイルは目を覚ました。
彼が自分の腕についている時計を見ると時刻は午前四時を指している。
この村に来てから数日が立つというのにやはり今まで行ってきた習慣は簡単には抜けないのだろう。
しばらく天井を見上げてドレイルは起き上がった。
(やっぱり慣れないな)
戦場では良くてテント、それ以外はたいてい野宿が基本であったから、こうして屋根の付いた建物で寝るということは全くと言っていいほどなかった。
最初の日は落ち着かず眠れなかったほどだ。
ドレイルは日課である朝のトレーニングを始めた。
これも習慣の一つだ。
20分ほど続けたのち彼は汗でぬれた上着を脱いだ。
彼はタオルで汗を拭くと首にタオルをかけたまま部屋の外に出た。
そのまま台所へ移動した。
台所に入るとドレイルは近くにあるランプのようなものに手を伸ばし触れた。
すると薄暗かった部屋に明かりがともった。
それはスキル魔法を使用したアイテムの一つだった。
スキル魔法自体は一部の例外を除き後から習得は可能だ。当然教えれられるのはその特有のスキルを持つ者のみだ。
こういったアイテムはスキルアイテムと言われ、これはその保持者しか作れない。ちなみにこの魔法は例外の方である。
そのため便利ではあるが出回る数が少ない。
普通ならばなかなか手に入らないような高価なものなのだが、ハンナの父親のおかげで彼女の家は他に比べて比較的に生活水準は高い。スキルアイテムなどは他の家はあったとしてもせいぜい明かりのランプが限度だ。
明るくなった部屋をドレイルは通る。そして大きな桶の前で立ち止まった。
桶には何か複雑な文様が描かれていた。
桶のふたを開けると、中から湯気が立ち込めた。中身は人肌くらいのお湯だった。
これもスキルアイテムである。
そのお湯を小さなたらいにすくうとそれを持って部屋に戻り、体を拭いた。
借りているハンナの父親の服に着替えると台所に戻った。
テーブルの椅子の一つに座る。
その席は3日前に話し合いのときに座った席であった。
(もう3日もたつのか)
ドレイルは部屋を見渡しながら、この数日のことを思い浮かべた。
ドレイルのスキルが判明した後、部屋の中は騒然となった。
次にドレイルに対して3人が質問攻めにした。
なにより一番の疑問は、なぜドラゴンの持っていたスキルを持っているのかだった。
すべての質問への彼の返答は当然「わからない」だ。
その言葉に納得はできないが、本当に本人が知らないとわかると彼らはただ押し黙った。
今日一日でありえないことが続きすぎて騎士団の二人に至っては頭が痛いという感じである。
ハンナも同様だがこちらはそこまで危機感は覚えていない。ドレイルによって助けられたこともあって多少は気を許してはいる。短い間ではあるが彼の今までの行動を見る限りそこまで危険とは思えなかったからだ。
だが騎士団の二人は違う。ドラゴンを倒し、その上ドラゴンの力を持っている人間など危険極まりないことは重々理解している。下手をすれば人類存亡のレベルの危機である。
もし彼と話をせずスキルだけを知っていたら捕獲や攻撃をしていたかもしれない。
だが、幸いにもドレイルと話、彼は好戦的でも敵対的ではないということが理解できていた。
そして少し話した程度であるが、彼の人となりは多少は理解し判断できた。
さしあたって危険はない、と。
実際はそう思いたかっただけなのかもしれないが。
それに敵対的ではない相手に下手な手を打って怒りを買い、王国に危険が及ぶことだけは避けなければならないとロバートはそれを最優先に考えた。
結果、その判断は正しかった。
ドレイルは好戦的ではない、だがやられて黙って引き下がるようなタイプでもない。
ドレイル自身、自分から交戦するつもりはない。
だが、攻撃や活動の妨害など受けた場合、その対象を実力を持って排除する気構えでいる。
彼の判断はある意味国を救ったのだろう。だがそれを知る者はいない。
ロバートは今行うべき彼に対する対応を決めていた。
だが最終的に彼をどうするかは、王自身が決めることだ。
その判断を仰ぐためにも彼を連れて一度王国へ向かわなければならない。
だがすぐにつれて行くのは無理だと彼も理解していた。
ドレイル本人もいきなり連れていかれてはいい気分ではないだろうし、前情報なしに連れて行っては無用な騒ぎが起こる可能性もある。結果によっては、最悪の事態も。
だからロバートはドレイルを急に連れて行こうとはせず、ハンナにしばらくドレイルを頼むことにした。
彼女があまり驚かなかったのと、ドレイルがハンナに対してあまり警戒心を抱いているようには見えなかったのもあった。
ドレイル自身は、城がある首都あたりにつれていかれると思っていたのだが、どうやら警戒されているようだと思い、表面上はわかりましたと言った。
ハンナも問題ないと言い、ドレイルには父の部屋を使ってもらおうと思った。
それからしばらく話し合いが続いたが、夜も更け始めたころだいたいの話し合いが終わった。
ロバートたちは、事の報告のためそのまま夜の道を帰ることになった。
立ち去る寸前、ロバートはドレイルに再度礼を言い
「七日後に戻ってきます。その際は城にお招きするので我が国の国王と謁見していただきたい」
普通ならば考えられないような遜った言い方であるが、ドレイルはそう言った応対を経験したことがなかったので、
「は、はあ」
とあいまいな返答しかできなかった。
その応対に少しばかり不安がよぎったが、彼が異世界人であることを思い出し、そういった礼儀作法が身についていないことも報告しておかねばと考えた。
村人たちにとってはやってきた時と同様に、ドレイルからすれば馬って結構速いんだなと思える勢いで、騎士団は走り去っていった。
離れていくかがり火を眺めていてその明かりがはるか遠くに消ると、ドレイルは後ろを振り返った。
そこにはハンナとレイノールが立っていた。
レイノールは先程の話し合いの終盤に、ドラゴンの死体の見張りとしてここに残ることとなった。
見張りと言っても村から一日一度死体に異常がないか確認に向かうだけだ。
もちろんドレイルの見張りと監視も含まれている。
七日後に来る隊長たちはドレイルをつれて行く目的もあるが、一番の目的はドラゴンの死体の回収である。
ドラゴンの死骸からは、いい材質の鱗や骨などが取れるに加え、置物として置いておくだけでもかなりの価値があるのだ。所有しているだけでも拍が付くだろう。
見張り役にはレイノールが自分から進んで名乗り出た。
実力的にも申し分もなく、ドレイルも騎士団の中ではレイノールに対してだけ警戒が薄いように思えたのもあったからだ。
ロバートからすればいくつか心配な点もあったが、彼女以外適任がいなかったので決めた。
村から去る寸前、ロバートは二人に気づかれないようにレイノールに対してもう一つの見張りも頼むと伝えると、彼女はまた使命感に燃えるような目をして、
「はい、お任せください!」
と力強く言った。
馬に揺られながら先程のことをロバートは思い出していた。
レイノールがああいう目をした時は、かなりの確率で暴走する可能性が高いことを知っていたからだ。
(………不安だ)
村に置いてきた自分の副官を思い浮かべロバートは今日何度目かわからないため息を吐き、馬の足を速めた。
かなり間が空いてしまいすみませんでした。
次はもっと早く出せるようにします。