犯人は意外な人
翌日の午前十時、フロント近くの部屋に今回の事件の関係者が集まった。
当然、千恵達五人も集まっている。
部屋中はしんと静まり返っていて、重々しい空気だけが流れている。
「オイ! 姉ちゃん! さっさと事件に犯人とやらを教えてくれよ! 今日、オレは帰るんやから!」
最初に口を開いた智は、イライラした口調でありさに言った。
「犯人の名前をいう前に、この宿で起こった事件の真相をお話します」
ありさは一言そう言うと、大きく息を吸った。
「まず、第一と第二の事件の犯人の行動はこうです。この宿に二人がいることをあらかじめ知っていた犯人は、大きなバッグを持ってこの宿に入ってきた。そして、カッパか何かを着用した犯人は、電話で‘話がある。今から部屋に向かう’とでも言い、二人を部屋に留まらせて、中に入ってからナイフで刺した。そして、それぞれの血で壁に文字を書きカッパとナイフをカバンに入れ、何事もなかったかのように宿を後にした」
ありさは犯人の行動を説明した。
「若女将はこの宿で働いているからいるのはわかるけど、野本さんはどうやってこの宿にいることを知ったん? それに、若女将は仕事で忙しいのに部屋に戻ることなんて出来へん」
美沙はありさの推理に納得していないような口調でありさに言った。
「野本さんの場合、自宅に‘話がある。交通費は出すから来て欲しい’とでも言い、この宿におびき寄せた。もちろん、電話の時は声を変えてね。若女将の場合は‘日記帳を読んだ。内容をバラせたくなかったら自分の部屋に戻って来い’とでも言ったんでしょう」
「でも、野本さんの家の電話番号はどうやって知ったの?」
千恵が首を傾げる。
千恵がそう思うのは仕方ない。
今は個人情報が守られているため、犯人が個人情報を習得するのは困難なはずだ。
「若女将と野本さんの直接の知り合いか、犯人の誰かが知り合いのどちらかだと思います」
「それだったら簡単に電話はかけられるな」
トリスタンは頷きながら言う。
「それに野本さんの部屋から共通の‘ある物’を発見したんです。もしかしたら、石井刑事も持っているかもしれませんが…」
「‘ある物’っていうのは…?」
石井刑事は頭の中で何があったか思い出している。
「それはこれです」
ありさは閉じ込められるタイプのビニール袋の中に、四・五本の髪の毛を全員に見せた。
「それは…?」
「髪の毛は鑑識からも報告があったぞ。なぁ? 山元」
「確かにありました」
石井刑事の問いかけに、頷く山元刑事。
「犯人の毛髪でしょう。何かの拍子で犯人の髪が落ちてしまったんだと思います」
「落ちたっていっても鑑識が気付くはずじゃないの?」
春佳は否定的な口調だ。
「それもそうだけど、事件後に野本さんの部屋に出入りしていたとしたら、話は別です」
「それはどういうことや?」
石井刑事はありさが言っていることがわからないようだ。
「私の推測ですが、犯人は警察が入ったことにより野本さんの部屋にどういう風になったのか見に来たのではないかと…」
ありさは少し遠回しに言った。
「警察が入った後に犯人が部屋に入ってたなんて考えられへん」
美沙は身震いしながら言った。
「あの血文字の意味、なんだかわかりますか?」
「それは福山さんと若女将が愛人関係で…」
石井刑事は健一を見ながら言った。
「違うんです。あの血文字の意味は、若女将と犯人のことです。きっと、誰かに知ってもらいたい、自分の想いを知ってもらいたい、という心理が動いたんでしょう」
「じゃあ、若女将は福山さんと犯人の二股をしていたってことか?」
暢一は驚いた声を出す。
暢一よりもっと驚いていたのは、健一本人だった。
まさか自分以外の男性とも関係を持っているとは思ってもみなかったからだ。
「二股をかけてたことはいつわかったの?」
理恵子は聞く。
「若女将の日記帳です。犯人の名前もちゃんと書かれてました」
ありさはカバンの中から正代に日記帳を全員に見せた。
「二股を知った犯人は、犯人を福山さんに仕立て上げようと思いついたっていうわけ?」
理恵子は唖然としながら言った。
「そう。この事件の目的は、理恵子の言ったとおりです。それと、福山さん、あなたはウソをついていましたよね?」
ありさはイタズラっぽく聞いた。
「私がウソを…?」
ありさに指摘された健一はオドオドしている。
ありさが言った‘ウソ’が何かわかっているようだ。
「あなたが二回目、つまり犯人だと名乗り出た日、取り調べ室で一昨日の夕方に脅迫されたと言いましたよね? 一昨日じゃなくて三日前の夕方に脅迫されたのではないのですか?」
ありさの鋭い指摘に、少し間を取ってから、
「確かに山下さんの言うとおりです。‘ウソをつけ’と言われてたので…」
健一はウソをついていたことを白状した。
「…というふうに、福山さんに罪をなすりつけようとしていた人物が、今回の事件の犯人です」
全員の顔をしっかりと見て言ったありさ。
「仮にそうだとしてら犯行時刻のアリバイはどうするんだよ?」
「ウソのアリバイを用意していたんでしょう」
「ウソのアリバイを用意してもバレるだろ?」
「犯人はそのことを計算していたかはわからないし、バレたらどうするつもりだったかは私には全くと言っていいほどわかりません」
「ありさ君、犯人は誰なんや?」
石井刑事の一言に、みんなも頷く。
しかし、全員の表情が険しくなってきているのは、推理しているありさにもわかった。
美沙に関しては、不安になってきているのがよくわかる。
「二人を殺害し、若女将と付き合っていて、しかも福山さんを脅迫していた犯人は…山元刑事、あなたです」
ありさは静かな落ち着いた口調で、犯人を告げた。
「山元…お前、まさか…」
石井刑事は信じられないという口調で、山元刑事を見た。
「まさか、そんなハズはないですって。証拠はあるんか?」
山元刑事の冷静な様子で言った。
「証拠は靴です」
ありさは部屋の靴箱から一足の靴を持ってきた。
「その靴は山元が履いている靴や」
石井刑事は山元刑事が見覚えのある靴を見て言った。
「そうです。若女将の部屋の靴箱の中に入っていたんです。どうして若女将の部屋に山元刑事の靴があるんですか?」
「この前、捜査の時の忘れて…」
急にオロオロしだす山元刑事。
「なんでこんな大きな靴を忘れるんですか? この宿にはちゃんと靴置き場があるじゃないですか? あなたは捜査の時に靴を二足も持ってくるんですか?」
「そ、それは…」
言い訳出来ないでいる山元刑事。
「若女将と付き合っていたので、時々、部屋に出入りしていて靴を預かってもらっていたのでしょう」
「僕は犯人やない!」
証拠の靴を見せてもシラを切る山元刑事。
「髪の毛のDNAを調べたら山元刑事の物だとわかります。それにあなたの態度がおかしいんですよ」
「どういうこと?」
美沙は何がなんだかわからないようだ。
「福山さんが犯人だと行った時、私が福山さんを釈放して欲しいと言いました。その時、なぜかあなたは怒ったような口調になった。最初は私が福山さんが犯人じゃないって言ったからだと思ったけど、本当はそうじゃなかった。福山さんが脅迫されたと言ってしまったからです。それに、石井刑事と二人で事件を解決してくれるようにと頼んだ時も、ある一言が気になったんです」
ありさは手を顎に当てて話す。
「そのある一言というのは、‘ありささんが心配です、とても…。でも、お願いします!’です。一見、気になるような文面ではないのですが、普通、‘心配’なんて言葉使うでしょうか?」
ありさは首を傾げる。
「犯人に襲われないようにってことじゃ…」
「そうともとれるけど、警察関係者が警察にとって敵になるような私に使うとは思えません」
ありさは心配してもらったのは嬉しかったけど、警察に信用してもらってないんだ、というのが本心だった。
「ありさとしてはその言葉が引っかかってたのね?」
理恵子は確認するように聞いた。
「そう。若女将の日記帳を呼んだ時、全てが一本に繋がった。もしかして、若女将と野本さんを殺害した理由って…」
ありさの言ってることを遮って、
「…そうや。僕があの二人を殺ったんだ」
山元刑事は静かに言った。
「でも、刑事さんよ、なんで二人を殺したんだよ?」
智は山元刑事に聞く。
「僕の姉はあの二人に殺されたんや!!」
山元刑事は人が変わったように叫んだ。
「何!?」
部屋中がよどめく。
「殺されたって…どういうこと?」
千恵はわからずに聞く。
「もしかして、高校時代、自殺した同級生っていうのは…」
石井刑事は思い出したように言った。
「自殺じゃない! 僕の姉は二人と同じバスケ部の仲間やったんや。三人は仲が良くていつも一緒やった。ところが高二の冬に姉は自殺したんや。後で姉の日記帳を呼んだら、アイツら二人は仲が良いフリをしていてずっといじめてたんや!」
山元刑事は興奮するように言った。
「そして、僕は横田さんの彼氏として近付いた。名字も変えてね。それで野本さんのことも知ったんや」
「名字を変えたって若女将に近付くためにわざわざ…?」
春佳は恐る恐る聞く。
「あぁ…。山元っていう名字は、母の旧姓や。ホンマの名字は西本なんや。そして、アイツらを殺そうとして決意した時、僕は自分の身分を告げ、ホンマのことを言った。アイツら謝るどころか…」
「あら、あの娘の弟やったん? あの娘は勝手に死んだんや。私らは何もしてへん。私らのせいにされたら困るわ」
正代は鏡の前で髪をまとめながら言った。
「アンタらがいじめて…」
「ちゃうわ! 人聞き悪いこと言わんといて!」
静奈はバツが悪そうに言う。
「姉弟揃って人間が出来てへん。全くどういう教育を受けてきたんやろ?」
正代は嫌味を言うように言い、声高らかに笑った。
「…そう言ったんや」
「それで二人を殺害すると再確認したわけか…」
「そうや」
「お姉さんにいじめの実態はなんだったの?」
千恵は迷ったが、思い切って聞いてみた。
「毎日、バスケットボールを当てられ、アザが出来るほど蹴られ、挙句の果てには屋上から飛び降りろと言われたことが書かれていた。学内で仲良しやと言われてるのに程遠い関係やと書かれていた。あの二人さえいいひんかったら、姉は自殺しなくても良かったんや!!」
山元刑事は悔しそうに力いっぱいに言った。
「いなければ良かった…? 人間いなければいいなんて人はいねーんだって! アンタ、そんなことも知らねーで人を殺したのかよ!? それでも警察官か!?」
暢一はたまらず山元刑事に向かって叫ぶ。
「福山さんの脅迫は君が…?」
「そうです。福山さんが横田さんの愛人やと知って、好都合やと考えたんです。でも、もういいんです。これで全てが終わったんや。ホンマに全てが…。僕のやりたいことをやり終えて、あとは消えていくだけや…」
山元刑事は涙をこらえるように上を向いて呟く。
(消えていく…? もしかして…!)
ありさは山元刑事の言葉にあることがよぎった。
「近付かないでくれ! 僕は…もう死ぬんや!」
山元刑事はありさ達のほうにナイフを向けた。
「やめて! お姉さんのためにも罪を償って!」
ありさは全員を自分の後ろに行かせて、山元刑事を落ち着かせる。
「お前らなんかに僕の気持ちがわかるか!」
「確かに二人がやったことは許せへんことや。だからってこんなことをしてもお姉さんは喜ばへん。死んだらアカン」
健一は精一杯の言葉で、山元刑事を説得する。
その言葉が効いたのか、山元刑事はナイフを落とした。
「山元、行くぞ」
石井刑事は名残惜しそうに山元刑事を部屋から連れ出す。
そして、山元刑事はありさ達に背を向け立ち止まった。
「ありささん、あなたは僕が思っていた以上に強い人や」
「え…?」
「事件を解決するありささんが怖かった。ずっと…」
山元刑事はそれだけ言うと、部屋を出て行った。
「犯人言う時、辛いな…」
暢一がありさの横に立って言う。
「そうね。だけど…」
(私はそんなに強くない。むしろ、弱いほうだ)
山元刑事の言葉を否定するように言った。
「ミス・ありさ、どうした?」
「ううん、なんでもない」
ありさは笑顔を作る。
全員の胸にぽっかりと穴を開けたまま、それぞれの部屋に戻っていった。