犯人の仮面
あの後、二人の刑事と別れて、正代の部屋に向かった。
(野本さんの部屋から‘あれ’が見つかったってことは、若女将の部屋にもあるはず)
ありさは靴箱を開ける。
(こ、これはっ!?)
靴箱の中に入っていた物を手にする。
(男性物の靴よね…? なんでここにこれがあるの?)
ありさにはわからないでいた。
「ありささん」
ありさが男性物の靴が入っていたことに疑問を持ったところに、誰かの声で振り向いたありさ。
「美沙ちゃん、どうしたの?」
「なんか、ありささんのお手伝いしたいって思って…」
「ありがとう。ここじゃなんだから外行こう」
靴箱の中に靴を入れ、美沙を部屋の外へと出した。
二人が向かったところは、美沙に部屋だった。
宿から歩いて五分のところに、福山の家がある。
美沙の部屋は、とても女の子らしくてシンプルな部屋だ。
ありさは美沙が淹れてくれた紅茶を飲みながら事件のことを話すことにした。
「うん。若女将と野本さんが仲良かったのは知っててん。野本さん、年に一度は泊まりに来てたかな」
美沙は紅茶の入ったマグカップを持ちながら話す。
「なんで、野本さんは若女将と仲良かったこと言わなかったんやろう? さっきありささんからその話題が出てビックリしちゃった」
「私も気になってたんだ。別に隠すことでもないのにね」
「なんか変だよね。でも、野本さんのケーキ食べたことあるんだ。若女将が持ってきてくれて…。すごく美味しかったよ」
美沙は静奈が作ったケーキを食べた感動をありさに教えてくれた。
「野本さん、ケーキ店経営してたんだっけ?」
ありさは智の証言を思い出してしていた。
「でも、昨日の夕方に‘警察に出頭しろ’っていったのが納得出来ないな」
ありさは健一が言った脅迫された話をしながら頭を掻く。
「え…? 昨日の夕方…?」
「うん。福山さんが言ってたんだ」
「お父さん、ウソ言ってる」
美沙は指摘する。
「どういうこと?」
「昨日じゃなくて一昨日の夕方に電話があってん」
「一昨日の夕方…?」
ありさはわけがわからなくなる。
「私、お父さんに話があって宿の調理場に行ってん。私が行った時、お父さん誰かと携帯で誰かと話しててん。切った後、様子がおかしかってん」
一昨日の健一の様子を見たとおりに話す美沙。
「何か言ってた?」
「市場の人からやって言ってた」
美沙の答えを聞くと、ありさは考え込む。
(昨日じゃなくて一昨日の夕方に電話にあった。その時だわ。脅迫されたのは…。本人が言ってたから少し疑わなかったけど、今になってなんでウソをなんかつくの?)
「福山さんはなんでウソなんて言ったんだろう?」
「私のこと心配したからじゃないかな?」
「心配…?」
ありさは首を傾げる。
「実は私、家出したことあるねん」
「家出…?」
「うん。今の生活に疲れちゃって…。お父さんとお母さん、毎日のようにケンカばっかりで中学の時に何度か家出しててん」
「へぇ…」
(美沙ちゃんって意外と不良っぽいところあるんだぁ…)
ありさは意外な美沙の一面を見た。
「それでウソついたんかもしれへん」
「そうかもね」
「でも、やっぱり二人共好きやで」
「そりゃあ、いいことだ」
笑いながら言うありさ。
「若女将がお母さんだってこと…」
ありさは聞いてはいけないと思いながらも聞いてみた。
「聞いた時はホンマに驚いた。お父さんと若女将の間に私が産まれたんやと思うと、変な感じになっちゃって…」
美沙はマグカップを両手で持ち、顔を伏せがちに言った。
「そうだよね。今まで今一緒に住んでるお母さんが産んでくれたお母さんだって思ってたんだもんね。美沙ちゃん、私が本当のこと言ってゴメンね。本来なら福山さんが言うはずだったのに、わたしがでしゃばったせいで…」
ありさは美沙の瞳をまっすぐ見て言った。
「いいのよ、ありささん。気にしないで。ありささんが言ってくれなかったら、お父さんきっと言わずじまいだったと思うし…。今は知れて良かったって思ってる」
そう言うと美沙はとびきりの笑顔になった。
「ありがとう、美沙ちゃん」
「それより事件のほうは大丈夫なん?」
「うん。けど、心配って…」
急にありさは何かを思い出しそうな表情をする。
「心配がどうかした?」
「ううん、なんでもない」
ありさは首を横に振って立ち上がった。
「そろそろ宿戻るね。友達待たせてるから…」
「新聞…ですか?」
宿のフロントにいる女性は怪訝そうな表情をする。
ありさは美沙の家から戻ったついでに、事件について新聞にはどう書いてあるのか知りたかったのだ。
それと同時に、事件の手掛かりも知りたかったというのもある。
「そうです。二十一日と二十二日の二日分の新聞でいいので…」
「はぁ…」
渋々、フロントの女性は奥のほうから二日分の新聞を持ってきてくれた。
「ありがとうございます。すぐに返しますから…」
ありさは礼を言うと、少し離れたところで新聞を広げた。
(えっと…二十一日の新聞からね。若女将と野本さんの二つの事件をちゃんと調べておかないとね)
そう思いながら、新聞を読み進めてみるが詳しいことはあまり書いていない。
(詳しいことが書かれてない。どうしよう…)
途方に暮れるありさ。
「ありささん」
背後からありさを呼ぶ声が聞こえた。
「あ…山元刑事…どうしたのよ?」
ありさは大きな荷物を持っている山元刑事を上から見て言った。
「若女将の私物を返しに来たんです。直接、宿の人に取りに来てもらって良かったんですが、確認したいこともあって…」
山元刑事は若女将の私物が入った袋をありさに見せながら言った。
「家族の人はいないの?」
「福山さんと離婚後、再婚することのなく住み込みでこの宿で働いていたそうで…。両親も五年前に亡くなって身寄りもいないらしいんです」
「そうなんだ」
「それでは僕はこれで…」
山元刑事はありさに礼をすると去っていく。
ありさは山元刑事を見届けた後、フロントに戻り新聞を返した。
(一体、どういうトリックで、誰が何の目的で若女将と野本さんを殺害したの? あの血文字の意味としては、若女将と福山さんのっていうのが大きい。だけど、それじゃ簡単すぎる。若女将が福山さんの以外の男性とも付き合っていたとしたら…? そう考えれば、その人が真犯人の可能性が高い。でも、野本さんが殺害された理由ってなんなの? ‘あれ’が見つかったということは、二人を殺害した目的がどこかにあるハズ)
ありさは部屋の窓を眺めながら思う。
「ありさー、いつ帰んだー?」
突然、暢一がありさに聞く。
ここは暢一とトリスタンの部屋である。
「そんなに帰りたければ一人で帰れば?」
ありさは冷たくあしらう。
「嫌だね。オレはありさと一緒に帰る」
勝手なことを言う暢一。
「暢一、オレと帰ろうか?」
「いいねぇ…。男二人旅ってか?」
笑いながら言う暢一。
「バカじゃない?」
春佳がふざけているのかと言わんばかりの口調で言う。
「ありさが事件解決するまで待つこと。いい?」
理恵子が男二人に指示する。
「ちぇっ…」
舌打ちをする暢一とトリスタン。
「二人で帰っていいのよ。二人がいなくたって事件はちゃんと解決するから…」
「あ、います」
暢一とトリスタンはペコペコしている。
「それにしても犯人って誰なんだろうね?」
千恵が話題を変える。
「うん。私は大川さんって人だと思う」
理恵子は智が犯人説を唱える。
「大川さんってどんな人なの?」
「フリーライターで黒い服にサングラスが似合いそうな人。確かにキレたら何するかわからないかな」
ありさは智をイメージで答える。
「そうなんだ。なんでその人が疑われてるわけ?」
「野本さんの知り合いらしくて…」
「それでか。ますます怪しい」
春佳は腕組みをして、探偵っぽく言う。
「もしかしたら、福山さんってこともあるぜ?」
「まさかぁ…。アリバイがあるのにどうするのよ?」
「そうだよな…」
千恵の指摘に、頭を掻く暢一。
(まったく勝手なことばーっかり言っちゃって…。まだ犯人の目星なんてまったくついてないっつーの!!)
「ありさはどう思う?」
「へ?」
春佳の急な質問に、思わず拍子抜けしてしまう。
「何とぼけた顔してんのよ?」
「別にとぼけた顔なんか…」
「ありさは誰が犯人だと思ってるわけ?」
五人はありさの発言に注目する。
「んー、まだわかんない」
「マジで?」
「大丈夫なの?」
「今のところ、大丈夫ってことは言えない。何もわからないから迂闊なことも言えないし…」
と、言いつつも、内心焦っているありさ。
「そうなんだ」
「とにかく、もう一度若女将の部屋に行ってくる」
若女将の部屋の着いたありさは、しばらくの間、部屋の中をウロウロして証拠になるようなものを探していた。
(二人の部屋には‘あれ’が見つかったのに、なぜ犯人がわからない? ‘あれ’は警察を欺けるものなの?)
ありさは若女将の机の引き出しを開けてみる。
その中には一冊のノートが入っていた。
手に取って中を見ると日記帳のようだ。
(毎日、マメに書いてたんだ。…ん? 八月十日の日記の内容は…)
ありさは日記帳の内容を読んだ後、しばし考えるとピントきた。
(二人の部屋で見つかった‘あれ’。この部屋の靴箱から見つかった男物の靴。この日記帳に、壁に書かれた血文字。全てが繋がった。犯人は…あの人だ!!)