犯人が名乗り出た!?
翌日、ありさは疲れがあったのか午前九時まで寝ていた。
すでに宿の朝食の時間は終わってしまっている。
机の上には、コンビニで買ったおにぎりとお茶、理恵子が書いた‘起きたら食べてね’メモが置かれていた。
部屋には千恵達はいない。
きっと宿の中にある土産物店に行っているか、宿に近くを散策しているに違いない。
ありさは寝起きのボーッした頭でため息をつく。
昨夜、フロントの人に‘もう二泊したい’と申し出たところ、ちょうどありさ達が泊まっている部屋は空いていて、他の部屋に移動しなくても良かったのだ。
ペットボトルのお茶を飲むと寝起きの身体に染み渡っていく。
そこに千恵達が戻ってきた。
「ありさ、起きてたんだ?」
「さっき起きたところよ」
ありさはあくびをしてから答えた。
「さっきフロントで聞いたんだけど、この宿で起こった事件の犯人が名乗り出たのよ」
春佳がフロントで聞いたことをありさに教えた。
「えっ?」
ありさは寝起きの表情から事件をする表情になった。
(犯人が名乗り出た!? 恐らく、その人は犯人じゃない)
ありさには犯人だと名乗り出た人物が誰だかわかっていた。
署に到着したありさは、真っ先に石井刑事のところに向かった。
「石井刑事、犯人が名乗り出たって…」
ありさは開口一番に言った。
「そうや。福山健一や。自分達が思ったとおりや」
石井刑事は健一が犯人だと思っていたと言わんばかりだ。
(やっぱり…そうじゃないかと思ったわ)
「福山さんに会わせて!」
「アカン。今は取調べ中や」
石井刑事はそう言うと、タバコに火をつける。
「そこをなんとか…。一生のお願いっ!」
自分の顔の前で両手を合わせるありさ。
「アカンって言ってるやろ?」
「そうだけど証拠はないんでしょ?」
「それはこれからや」
「証拠もなし名乗り出たってだけで犯人扱いにするんだ? ヒドイなぁ…」
ありさはわざとらしく石井刑事に言う。
「確かに犯人ではない。犯人の一人として…」
「犯人にしてるのと一緒よ。最初っから福山さんしか疑ってなかったくせに…。もし、違ってたら大問題よ」
ありさは胸の中にしまっておいたことを石井刑事に言ってしまう。
「仕方ない。特別やぞ」
石井刑事はタバコの火を消して言った。
そして、ありさは石井刑事に連れられて取調室に向かった。
「福山さんなんで? 二つの事件ではちゃんとしたアリバイがあるじゃない?」
ありさはイスに座るなりすぐに聞いた。
健一はありさの問いかけに黙ったままでいる。
「黙ってたらわからないって…」
ありさがそう言った瞬間、
「お父さんっ!」
バンッ!と大きな音を立てて、美沙が入ってくる。
「こらっ! 入ったらアカン!」
石井刑事が美沙に注意する。
「お父さん、犯人なんかとちゃうやんな!? 私はお父さんが犯人やなんて信じてへんもん!!」
美沙はひどく興奮している。
「ねぇ、お父さん、犯人とちゃうって言うて!」
必死に問いただす美沙をよそに、依然、黙ったままの健一。
「そ、そんな…イヤッ! お父さんが犯人やなんて…」
健一の態度を見て、犯人だと思い込んでいる美沙はその場で泣き崩れる。
「石井刑事、美沙ちゃんを…」
ありさは石井刑事に頼んで、美沙を取調室から出してもらった。
「福山さん、美沙ちゃんのためにも全て包み隠さず話して欲しいの。お願い」
ありさは頼み込む。
「一つ聞いていいですか?」
「いいけど…なんですか?」
「山下さんってなんなんですか?」
「え…?」
「探偵…ですか?」
健一の質問に、少し間をおいてから、
「そうよ」
頷くように答えるありさ。
「そうなんですか…」
「だから、話して…」
「私、脅迫されてたんです」
健一は下を向いたまま話し始めた。
「昨日の夕方からで、相手は誰だかわかりません。男性だとわかったんですが、声がこもっていてよくわからなかったんです」
「そうだったんですか」
ありさは納得したような声を出す。
「肝心の内容は…?」
「殺されたくなければ警察の出頭しろ、と…」
健一は怯えながら答えた。
「じゃあ、犯人は福山さんではないんですね?」
「はい、そうです」
「そういうことだから釈放してあげてよ」
ありさは山元刑事のほうを見て言う。
「わかりましたよ」
山元刑事は怒った口調で言って立ち上がった。
ありさが健一を美沙と三人で帰って来たのは昼前だった。
その日の午後三時から、前日と同じフロント近くの部屋で、再び事情聴取をすることになった。
「美沙さん、野本さんが殺害された日、午後十二時前後って何してたんや?」
石井刑事は右手をペン、左手に手帳を持ち、美沙に質問した。
「事情聴取が終わってから、友達と会う約束をしていたので待ち合わせ場所に向かってました」
「その友達の名前は?」
「ユイ。遠山ユイです」
「家か携帯の番号のどちらか教えてもらえるかな?」
美沙は赤い手帳を見て、家の番号を教えた。
「山元、確認とってこい」
石井刑事は手帳に書いた後、山元刑事に指示した。
「美沙ちゃんって今いくつや?」
「十六歳、高一です」
美沙はゆっくりとした口調で答えた。
さっき取調室に入ってきた美沙とは別人のようだ。
「そうか。次は大川さん。あなたは亡くなった野本さんと知り合いだそうじゃないですか?」
石井刑事は智の顔を見た途端に言った。
「え?」
ありさは小さな声を出した。
智と亡くなった静奈が知り合いだということは、予想外だったからだ。
「どこで知り合ったんですか?」
「取材でや。静奈は小さなケーキを営んでいて、口コミで‘手頃な値段で、お客様のニーズに答えてくれる’っていうのを聞いて、それで取材に行ったんや。話をしてるうちに色々と趣味が合って仲良くなっただけや」
智は静奈と知り合った経緯を語った。
「いつ頃、取材に…?」
「確か…三年前の秋やったかな?」
思い出すように答える智。
「でも、なんで野本さんの下の名前を呼び捨てにしているんですか?」
「静奈がいいって言ったからや」
「もしかして、野本さんを殺意害したのはあなたなんじゃないですか?」
石井刑事は疑いの目を智に向ける。
「違うっ! 仮にオレが静奈を殺害出来たとして、若女将はどうするんだよ? 殺害する理由はなんや!?」
智は大声で自分じゃないと主張する。
(確かにそうだ。野本さんを殺害出来たとしても、若女将を殺害する理由なんて一つもない)
ありさも智と同意見だった。
「石井刑事! 美沙さんのアリバイが証明されました!」
山元刑事は部屋に入るなり、石井刑事に報告した。
「…なると、犯人は大川さん、あなたの容疑が濃くなりましたね」
山元刑事からの報告を受けた石井刑事は、智のほうを見て言う。
「証拠はあるのか?」
智の一言に、石井刑事は黙ってしまう。
「そら見ろっ! 証拠もないのに犯人にされたら困るな」
「アンタが犯人だという証拠は必ず持ってくるからな!」
山元刑事はムキになって言う。
「なんやと~?」
智は山元刑事を睨む。
「ちょっと二人共やめてよ」
ありさが止めに入る。
「もいい。大川さん、部屋を出て行ってくれないか?」
石井刑事は怒りがこもった声で言うと、智はドアを大きな音を立てて閉めて出て行った。
「物使いが荒い人ね」
美沙は独り言のように呟く。
「確かに…」
ありさも頷く。
「ありさ君にも聞きたいんだが…」
石井刑事は気を取り直してありさのほうを向く。
「二つの事件が起こった時間、ありさ君達はどこにいたんだ?」
「疑ってたりする?」
ありさは冗談っぽく逆に聞いてみる。
「いや、そういうわけでは…」
慌てて否定する石井刑事。
「若女将の事件の時はみんなで京都を巡ってたよ。野本さんの事件の時は六人一緒にいたよ。言ってみれば両方の事件は六人でいたっていうことになるんだけどね」
「六人一緒だと犯行は無理ですね」
山元刑事がそう言った後、石井刑事は腕を組んで考え込んでしまう。
「そういえば、凶器って見つかったの?」
「いや、まだなんや」
「そうなんだ」
(犯人がまだ持ってるか捨ててしまってるかのどっちかよね。血文字の意味もわからない。何かがかけてるのよね。この殺人に関する何かが…)
「野本さんが若女将と学生時代の同じ部活だったってなぜ言わなかったのかわかったの?」
ありさは思い出したように二人の刑事に聞いた。
「あぁ…そのことか。二人が通っていた高校に問い合わせたところ、一年から仲良かったらしく、いつも一緒にいてクラスの中心にいたそうや。部活では熱心に練習していてレギュラー入りもしていた。でも、ある日、同級生が自殺したんや。その自殺に追い込んだのが若女将と野本さんやっていう噂が流れて、教師達も二人に色々話を聞いたのだが、結局その噂はガセだったということやったらしい」
石井刑事は手帳の前のページを見ながら、ありさだけじゃなく健一と美沙にも伝えた。
「そんなことがあったんだ。その後、二人は仲が良かったの?」
「二人の仲は良好だったそうだ。当時の同級生達の中には、二人を嫌っている同級生もいたらしい」
「でも、そのことと今回友達同士だってことを言わなかったのはどういうことなの?」
ありさはわからないでいる。
高校時代にそんな噂があったからと言って、若女将が殺害された時に自分の友達だって言わないのは変である。
「きっと事件が起こって、若女将と仲が良いって言ってしまうと過去のことを調べられたくないと考えた野本さんは言わなかったんじゃないかと思います」
次に山元刑事が答える。
「調べたくない、か…」
(野本さんの気持ちもわからなくないけど、友達なら言えばよかったのに…。まぁ、過去のことも調べるかもしれないけどさ)
ありさはなんだか納得出来なかった。
「あの…若女将は部活で活躍してたんですね」
美沙は自分の母親のことを知りたい一心で呟いた。
「一年からレギュラー入りしてたみたいだよ。中学の時からバスケットボール部に所属していて、すごく上手だったらしいよ」
石井刑事は正代が通っていた高校から聞いたことを美沙に教えた。
美沙は自分の実の母親のことを知りたいという気持ちがあって当たり前だ。
そう思って石井刑事は優しく教えたのだ。
「そうだったんだ。バスケットボール、教えてもらいたかったな…」
美沙は正代のことを思いながら言った。
そんな美沙の姿にありさは胸が痛んだ。
「ありさ君、実は明後日でこの事件の捜査は一旦終わりなんや」
石井刑事は突然ありさに告げた。
「ええっ!?」
ありさは思わず大声を出してしまう。
「これ以上、有力な証言は得られないという上からの命令なんだ。だから、ありさ君の力でなんとか…」
石井刑事は土下座をする。
「ありささんが心配です、とても…。でも、お願いします!」
山元刑事も土下座をしてしまう。
二人の姿を見たありさはうろたえてしまう。
「やだ…。二人共、頭上げてよ」
ありさは情けない声を出す。
「わかったわよ。なんとかする」
「ありささん、大丈夫なん?」
美沙が心配そうにありさを見る。
「大丈夫! きっと事件を解決してみせるわ!」
美沙の顔をまっすぐ見て決意したように言った。