謎の血文字
翌日、ありさ達は午前十時前に宿を出て、京都の名所を巡り歩くことにした。
金閣寺や銀閣寺、清水寺などを巡った。
「京都の眺めっていいよね!」
春佳がなんともいえない声をあげた。
「ホント! 京都っていいところだよね」
ありさも思わず納得してしまう。
ありさがそう言った後、またしても暢一と目が合ったのだ。
暢一は何か言いたそうにありさを眩しそうに見ている。
(なんなの? 私に何か用でもあるの?)
ありさは内心そう思っていた。
「ねぇ、理恵子」
ありさは理恵子の腕を引っ張り、四人から少し離れたところに呼んだ。
「な、何!?」
わけがわからない理恵子はギョッとした表情をする。
「暢一って変じゃない?」
理恵子の耳元で言った。
「そう? 私は普通だと思うけど…」
理恵子は暢一を見ながら首を傾げる。
「やっぱり私の思い違いなのかも…」
「暢一がどうかした?」
「昨日の夕食後からおかしいのよ」
「きっとありさに会えて嬉しいのよ」
「あのねぇ…」
ありさは呆れた声を出す。
「まぁ、半年振りだから何話していいのかわからないってのもあるんじゃないの?」
「暢一に限ってそんなこと…」
「気にしちゃって…好きなんでしょ?」
「違うってば…」
ありさはそう言って、暢一を見る。
「あまり気にしなくていいんじゃない?」
「うん、そうだよね。ありがとう」
ありさは礼を言うと、理恵子と四人の元へと戻った。
「ありさと暢一はここにいててね」
春佳が言う。
ここは休憩所。
ありさと暢一以外の四人がトイレに行くと言ったため、急いで休憩所を探したのだ。
「うん。ゆっくり行っておいで」
ありさは休憩所にあるイスに座ってから言った。
「暢一、誰もいないからってミス・ありさにちょっかい出すなよ」
トリスタンは笑いながら暢一に言う。
「しねーよ」
暢一もつられて笑う。
「早くトイレに行ってこいよ」
暢一は四人をトイレに促す。
「行ってくるね」
四人はそれぞれトイレに入るのを見届けてから、
「なぁ、ありさ…」
さっきとは違う口調でありさを呼び暢一。
「何よ?」
「オレのことどう想ってるんだ?」
「え…?」
「真剣に答えて欲しい」
真剣なまなざしの暢一。
突然のことで戸惑うありさ。
(どう想ってるって…どう答えたらいいの? どうしよう…)
悩むありさだったが、すぐに答えが見つかった。
「私はただの友達よ」
ありさは少し声を震わせて答えた。
「そっか…」
ありさの答えを聞いた暢一は、落ち込んだ様子で俯いた。
「オレ、ずっとありさのことが好きで仕方なくって、好きだって言う度に、ありさは‘友達のまま…’って言うから…。諦められない気持ちだけが心の中にあって、今回フラれたら諦めるって思ってる」
暢一は自分の気持ちを話す。
暢一の言うことはアテなんてならない。
騙されてはいけない、とでも言ったほうがいいのである。
「暢一って中学までは普通だったのに高校に入ってから私にくっつくようになったの?」
ありさは真顔で聞いた。
「そんな言い方ねーだろ?」
怒った言い方の暢一。
そして、大きく息を吸ってから話し出す。
「中学の時はただの友達だけでいいって思ってた。でも、高校に入ってから付き合いたいって思うようになってた」
「ホントは中学の時から付き合いたかったんでしょ?」
冗談ぽく言うありさ。
「違うって!!」
「わかったからそんなに大声出さなくても…」
予想以上の暢一の声に、ありさは耳を塞ぎながら言う。
「でもさ、ありさの気持ちわかって良かった」
暢一はホッとした表情になる。
「ごめん、ごめん。遅くなって…」
春佳が謝りながら二人に近付いてくる。
千恵、理恵子、トリスタンも春佳の後ろにいる。
ありさと暢一が向かい同士でいいムードで話している、と勘違いした千恵は、
「もしかして、お邪魔だった?」
急いで言った。
「そんなことないよ。ねっ? 暢一」
「あ、うん…」
「もう六時だ。宿戻ろうぜ!」
トリスタンは時計を見ながら言う。
「そうだな。行こーぜ! トリスタン!」
暢一はトリスタンの腕を引っ張って走り出した。
「仲良いよね。あの二人…」
理恵子が暢一とトリスタンを見つめて言った。
「そうだね。トリスタンがアメリカに戻らなければいいのにね。暢一、友達たくさんいるけど、トリスタンが本当の友達だもんね」
春佳が三人に語りかけるように言った。
「うん。さっ、私達も行こう」
ありさが言うと、四人は暢一とトリスタンの後を追いかけた。
六人が宿に戻ると、午後七時を過ぎていた。
バス停から宿まで歩いて約五分くらいのところにある。
宿に近付くにつれ、何やら騒がしい。
「何かあったのかな?」
理恵子が五人に聞く。
「さぁ…誰か有名人でも来たんじゃない?」
理恵子の質問に、春佳が答える。
「有名人が来たにしてはおかしい。パトカーも来てるし…」
トリスタンが春佳の答えを否定する。
「何かあったんですか?」
ありさは近くにいた人に尋ねた。
「若女将が死体で見つかったらしいですよ」
「ありがとうございます!」
ありさは礼を言うと、宿の中に入っていった。
「ありさっ!」
続いて、五人もありさの後を追った。
ありさ達は宿の中を走り回って現場を探した。
「ありさ、あそこじゃない?」
千恵が指を指す。
「そうかも。警察の人もいるし…」
ありさは早口で言うと走り出した。
殺害現場は若女将の部屋だった。
六人は静かに現場へと入り、ありさは部屋を見渡した。
壁には何か文字を書いてある。
若女将が倒れていた場所には、ヒモのような物で若女将が倒れていた姿が作られていて、二人の刑事が何かを話していた。
「死亡したんは、この宿に若女将の横田正代。ナイフで心臓を一突きです」
若い刑事が手帳を見ながら言う。
「この‘二人の中は…’ってのはなんなんや?」
中年の刑事が顔をしかめながら言う。
「さぁ…なんでしょうね?」
「それにこれは自殺か?」
壁に書いてある文字から若女将の倒れている場所に目をやりながら中年の刑事は呟く。
「いや、違うでしょう。もし、自殺ならどこか凶器が落ちているはずです。でも、ここには凶器は落ちていない。自殺でそれに心臓を一突きの自殺は少なからずないでしょう。…ということは、他殺の可能性大です」
二人の刑事の横で、ありさはきっぱりと言った。
「オ、オイ!? アンタは誰や!?」
中年の刑事が動揺してありさに聞く。
突然の部外者にオロオロしだす二人の刑事。
「すいません。突然入ってきてしまって…。私は山下ありさ。高校生探偵です」
始めはすまなそうに言ったありさも自分の名前だけはしっかりとした口調で言った。
「探偵…? ただの高校生じゃないか?」
中年の刑事はありさを上から下まで見ながら言う。
(し、失礼しちゃう!)
ありさは内心思っていた。
「私のことは置いといて、事件のことですよ。自殺なら壁にあんな血文字なんて書けるわけないじゃないですか?」
「確かにそうやな」
ありさの指摘に、若い刑事は納得している。
「お前は何納得してんのや? この娘の身元を調べてこいっ!」
中年の刑事は若い刑事に指示する。
「はいっ!」
「な、何する気!?」
ありさはギョッとした声を出す。
「ウソついてる奴だと困るからな!」
中年の刑事は怒りのこもった声で言う。
「ウソついてるって…誰がウソついてるっていうのよ!?」
ありさは信じられないという声になる。
「あのねぇ…私は本当に探偵なんだってば!!」
「どうだかねぇ…」
ありさの必死な訴えにも中年の刑事は信じていないようだ。
「もー、何よっ!?」
ありさは頬膨らまして怒ってしまう。
「とにかく部屋に戻ってくれ!」
中年の刑事は手でシッ!シッ!とやりながら、ありさ達に背を向けた。
(ムカッッッッ!!! 一体、なんなのよ!? この刑事は!?)
ありさは中年の刑事が言った身元を調べるのを納得していなかった。
「あの刑事、ありさのことバカにしてんじゃねーの!?」
怒りバクハツの暢一。
ここはありさ達女子の部屋だ。
あの後、六人は怒り心頭のありさを筆頭にして部屋に戻ってきたのだ。
「暢一、落ち着いてよ」
千恵が暢一をなだめる。
「こんな時に落ち着いていられねーよ!」
全く落ち着かない様子の暢一に、
「あぁ…なんでこんなことに…」
落ち込むありさ。
身元を調べられるのなら首を突っ込むんじゃなかったと後悔してしまう。
「とにかく、ミス・ありさの身元を調べられてるこの状況じゃ、どうにも動くに動けないよなぁ…」
トリスタンは途方に暮れた口調で言った。
その時だった。
部屋のドアがノックされた。
代表で理恵子が出て行く。
「あのー…山下ありささんおられますでしょうか?」
さっきの中年の刑事の声だ。
なんだか申し訳なさそうな声をしている。
「いるけど…中入って」
理恵子は今更感があったが、二人の刑事を部屋に通した。
二人の刑事が部屋に入った途端、ありさは睨む。
「すいませんでした。ありささんは東京で数々の難事件を解決していることを知らずに失礼なことを言ってしまいまして…。誠に申し訳ありませんでした。どうか、今回の事件のお力に…」
中年の刑事は土下座をして言う。
若い刑事も土下座をしている。
六人は顔を見合わせる。
「う~ん…私の身元もわかったみたいだしいいわよ」
ありさは納得いかないながらも二人の刑事を許した。
「良かった…」
ホッとする二人の刑事。
「私は京都府警の石井です。こっちが…」
「山元です」
二人の刑事は自分の名前を名乗った。
「それで事件はどうなのよ?」
ありさは本題に入った。
「ありささんの言うとおり、他殺です。犯行時刻は午後六時前後です」
若い方の刑事、山元刑事が手帳を見て答える。
「私達が宿に戻る約一時間前ってことね。凶器はナイフなの?」
「鑑識の調べでは、果物ナイフのようです」
「第一発見者は誰なの?」
「この宿の料理長の福山健一です。料理の味付けのことで若女将に伝えたいことがあって、若女将の部屋に行ったら若女将が血を流して倒れていた、ということです」
次に中年の刑事、石井刑事が答えた。
(同じ宿の人が第一発見者かぁ…。いかにも怪しいわよね)
「さっきの血文字は…?」
「血で‘二人の中は…’って書かれていました」
「何それ?」
トリスタンが難しい表情をして聞く。
「それは今調べている最中です」
山元刑事は全員に言った。
(‘二人の中は…’ってなんだろう? そういう意味なんだろう? それに文章が途中で途切れてるし…。途切れてる…? もしかして…)
ありさはあることに気付いた。
「ねぇ、血文字の文章が途中で途切れてるでしょ?」
「そういえば…」
「もしかしたら。もう一人殺されるんじゃないの?」
「ええーーーー!?」
ありさ以外、全員は大声を出す。
「だってそうでしょ? もう一人殺害しなきゃ、文章の続きが成り立たないでしょ?」
「それもそうよね」
理恵子は妙に納得している。
「そうなると次の事件を止めなければ…」
ありさは嫌な胸騒ぎを覚えた。
「石井刑事、ここに泊まってる客全員を部屋に待機させて下さい。それと従業員のみなさんも!」
ありさは強く指示した。
「わかりました!」
二人の刑事は頷くと、部屋を出て行った。
それから二時間半が経った。
ありさは暢一に呼び出されて宿近くの公園にいる。
二人は沈黙のままだが、ありさは事件のことを考えている。
(‘二人の中は…’っていうのは、誰と誰のことなんだろう? 続きの文章もまったくわからないし…。料理長の福山さんって人にも話を聞かなくちゃ。それにしても、若女将は命を狙われてることでもあったのかなぁ…?)
ありさは血文字で書かれた文章の続きが気になっていた。
「なぁ、ありさ…」
考え込んでいるありさに呼びかける暢一。
「何よ?」
「事件のこと考えてる時に悪いんだけど、オレのこともう一度考え直してくれねーか? オレ、ありさのことばかり考えてしまって…」
「何度聞いても同じよ。私の気持ちは変わらないんだから…」
あっさりと答えてしまうありさ。
そんなありさの答えを聞いて黙り込んでしまう暢一。
「さっき言ったじゃない? 私のこと諦めるって…」
ありさは明るく言う。
「やっぱりオレ、ありさのこと諦められそうにないや」
「え…?」
ありさは一瞬、自分の耳を疑った。
「どういうことよ?」
「ありさが石川県から来るまでは、‘絶対に諦める’って考えてたし、当然いつかは諦めなきゃいけねーんだって思ってた。でも、実際は無理だってわかったんだ」
暢一は今の素直な自分のありさに伝えた。
「暢一…」
「口ではなんとでも言えるよな。自分の気持ちにウソはつけねーよ」
目を伏せながらありさに言った暢一。
暢一の気持ちを聞いて困惑してしまうありさ。
「そ、そんなの勝手すぎるよ! 私の気持ちは…私の気持ちはどうなるのよ!?」
「ありさ…」
「どうしたら私を諦めてくれるっていうのよ!? そりゃあ、簡単に好きな気持ちを諦めろっていうのは無理だけど、暢一が諦めるって言ったんだよ!?」
ありさは大きな声で涙をこらえながら言う。
「ありさに好きな男が出来たら諦められるかもしれない」
「もういい! 宿に戻るっ!」
暢一にそう言い残すと、踵を返して走っていってしまった。
翌日、フロント近くの部屋で事情聴取が行われていた。
石井刑事と山元刑事、特別に参加したありさの三人は、事件関係者の前に座っていた。
「みなさんも知っていると思いますが、昨日若女将である横田正代さんが殺害されました。そのことでみなさんにお話をお伺いしたいと思っています。最初に大川智さん、あなたにお聞きします。昨日の午後六時前後何をしていましたか?」
石井刑事は全員に言った後、事件関係者の一人目、大川智のほうを見て聞いた。
「オレは部屋で原稿を書いていたよ」
低い声で答えた智。
智はフリーライターで、夏なのに黒ずくめの服を着ていたなんだか怖くて近寄りがたい感じだ。
ありさはなぜこの人がいるのかわからずにいた。
「それを証明してくれる人はいますか?」
「いねーよ。部屋で一人で掻いてたんだから…」
智はまるでナメた口調で答える。
これには二人の刑事もムッときたらしい。
「そうですか。大川さんはもういいですよ。次に野本さんにお聞きします」
ありさ達は向きを変える。
次に聞くのが、野本静奈。
物静かで殺人なんて出来そうにないタイプの女性だ。
「野本さんは昨日の午後六時頃、何をしていましたか?」
山元刑事が聞く。
「土産物店にいました」
静奈はゆっくりとした口調で答える。
「山元、確認してこい!」
石井刑事は山本刑事に指示する。
「わかりました!」
山元刑事は返事をすると、部屋を出て行く。
「次は福山さん、あなたは…?」
次は料理長の福山健一。
話によると、三十代後半で凄腕の料理長に抜擢されたらしい。
この若さでの抜擢は異例だそうだ。
「夕食時だったので料理を作っていました。部下達に聞いてもらえればわかります」
「そうですか」
「福山さん、後ろにいる女の子は…?」
ありさは健一の後ろにいる自分と同じ女の子に気付き聞いた。
「この子は娘の美沙です」
「美沙さん…?」
「あ、はい…」
美沙は恥ずかしそうに返事をする。
「午後六時って何してたのかな? 勉強かな?」
「ううん。お父さんの仕事の手伝い。ホンマはお父さんの職場に行ったら アカンねんけど…」
「へぇ…えらいね」
感心するありさ。
「時々、手伝いするねん」
「そうなんだ。ありがとう」
ありさが礼を言ったのと同時に、山元刑事が部屋に戻ってきた。
「どうだった?」
石井刑事は山本刑事を見るなり聞いた。
「確かに野本さんは土産物店にいると店員が証言しました」
「そうだったか…」
石井刑事はしばし沈黙になると、
「アリバイがないのは、大野さんだけのようですな」
智に向かって言った。
「なんで、オレが…?」
アリバイがないと言われた智は、オロオロしてしまう。
「犯人はアンタやろ?」
オロオロしている智を見た山元刑事は決め付けるように言う。
「あのなー、なんでオレが若女将を殺さなきゃいけねーんだよ? 若女将はこの宿に来て初めて見たんだよ。初対面を殺すわけねーだろ?」
山本刑事に決め付けられた智はムキになって二人の刑事に弁解する。
「ありさっ!」
急に春佳が息を切らせて部屋に入ってきた。
「どうしたのよ?」
「暢一が帰ろうとしてるんの!!」
「え!? ごめん!! 私、抜ける!」
ありさは部屋も戻ることにした。