みんなと再会
「ありさ、元気?」
「うん、元気!」
手帳を手にしながら山下ありさが元気よく答える。
「手紙の件だけど…大丈夫?」
ありさの友達の山口理恵子が恐る恐るありさに聞いた。
「大丈夫よ。おじいちゃんの了承得たし…」
「良かったぁ…。私、心配してたんだ」
理恵子はホッとした声を出した。
「日にちはいつだっけ?」
「えっと…八月二十日から二十三日までよ」
手帳を見ながら答えているのがよくわかる。
ありさも手帳の八月を見て二十日から二十三日までペンを引く。
「あのさ、暢一はどうしてる?」
「ありさがいないから元気ないよ」
「やっぱり…?」
「でも、ありさが来るってわかったら、暢一、喜ぶと思うよ」
「喜ばないってー」
ありさは苦笑しながら言う。
「まっ、いいけど。明後日の午後二時に私の家に来てよ」
「了解!」
ありさは返事をすると携帯を切る。
(懐かしいな…。そういっても半年振りだけどね。ホントにみんなと会えるのが楽しみだな)
ありさはバタンとベッドに寝転ぶ。
ありさは石川県に住んでいる高二の女の子だ。
半年前まで東京に住んでいて、父の仕事の都合で石川県に引越ししてきたのだ。
東京では学生以外にも探偵をしている。
探偵をしているのは、親と友達しか知らない。
学校の先生は知らない。
東京にいた時の仲良かった友達は、三人の女友達と二人の男友達の計五人。
今回、夏休みを利用してその友達と一緒に京都に旅行を行くことになったのだ。
八月二十日、ありさは一路、東京の理恵子の家に着いた。
「ありさ、元気だった?」
ショートヘアでボーイッシュな川原春佳の質問に、
「うん! 元気、元気!」
ありさは笑顔で答える。
「今日は嬉しいな~♪」
急に玄関から走りながら何やら嬉しいそうな声が聞こえてきた。
(この声はっっっっ!?)
すぐにわかった。暢一の声だ。
「お、ありさ! 来てたのか? 元気にしてたか? 向こうの学校は楽しいか? 付き合ってる男なんていねーよなっ!?」
お調子者でクラスのみんなの人気者である鈴木暢一はありさに聞く。
質問の多い奴だ。
しかも、暢一の口から‘付き合ってる男’という言葉が出たのは意外だった。
「元気にしてるし、学校も楽しいよ。付き合ってる彼もいないって!」
「そうか…」
暢一は安心しきった表情で胸を撫で下ろす。
「トリスタン、さっきから何してんのよ?」
癖毛をポニーテールにしている長崎千恵が、後ろを向いている日本人の父とアメリカ人の母のハーフのロミ・トリスタンに近付いて聞く。
「久しぶりにミス・ありさの似顔絵を描いてんだよ」
トリスタンは鉛筆を走らせながら答える。
「あ、そう…」
みんな呆れ返ってる。
「じゃあ、そろそろ行こうか?」
春佳が声をかける。
「ありさ、今度ゆっくり東京においでよ」
理恵子がジュースの缶を渡しながら言った。
「うん、そうするつもり」
「今回、京都に旅行するのはなんでかわかる? 名探偵ありさ君?」
春佳がおもしろく聞いてくる。
「うーん…京都の歴史にふれてみたいから?」
「ブーッ! 違うよ」
「え? 何?」
「千恵に理由があるのよ。ねっ? 千恵」
春佳は千恵にウインクする。
「うん。実はね、二ヶ月前に盲腸で入院したのね。その時、私の隣に入院していた年配の女性によくしてもらって…。その女性が退院した日に、‘七月下旬に京都に引越しする’って言ってたの。私、ちゃんとしたお礼が出来ないままだったから、一度会ってお礼がしたいって思ったんだ」
「そうなんだ…。でも、住所は知ってるの?」
「それが聞いてないのよ」
千恵は途方に暮れた表情をする。
「えーっ! どうするのよ?」
「なんとかなる、きっと…」
「行き当たりばったりだね」
ありさに言葉に、笑ってごまかす千恵。
「彼氏、欲しいな」
「私もよ」
急に理恵子と春佳がしみじみ言う。
「何言ってんのよ?」
呆れるありさ。
「ありさはそろそろ潮時なんじゃない?」
「え…?」
「暢一のことよ」
「私と暢一は潮時なんかじゃないってば」
ありさは即、否定する。
「今時、あんな一途な男の子いないよ?」
理恵子はありさに暢一と付き合えと言わんばかりだ。
「そうそう。ありさと暢一、お似合いだと思うな」
千恵も同感している。
(まったく…お気楽なんだから…)
「もしかして、私と付き合うように…って暢一から何か言われてるんでしょ? なーんか、変なんだよね」
ありさは三人をイタズラな目で見て言う。
「言われてないよ」
「ホントにホントよ」
三人共、焦っていて怪しく見える。
「トリスタン、ジュースあげる」
理恵子は何か隠してるのがバレバレである。
(私と暢一かぁ…。そんなにお似合いかなぁ…? 私、暢一のこと、そんなふうに見たことないのに…)
ありさは軽くため息をつき、暢一を見ながら思う。
「とにかく、私は暢一と付き合う気なんてないの」
ありさはきっぱりと言う。
「またまたぁ…。そんなこと言っちゃってー」
「ホントは暢一と付き合いたいと思ってるんでしょ?」
「思ってないってば」
「頑固に否定するのね」
「別に…」
ありさはそう言うと、暢一を再び見た。
暢一はトリスタンとゲームをしている。
暢一の横顔は、男の子にしては意外と整っている。
「暢一に見とれちゃってー」
千恵はニヤリと笑いながら言うから、
「ち、違うっ!」
強く否定するありさ。
「ありさがその気になるまで暢一は待つらしいよ」
春佳の一言に、
「…ウソ…」
ポツリと呟くありさ。
「ウソじゃないって。本人が言ってたんだから…」
ありさはため息をついた後、千恵の肩にもたれかかる。
「あ、ありさっ!?」
「もぅダメ…。なんで待つの? 待たなくてもいいのに…。私…死ぬかも…」
「もー、しっかりしてよ、ありさ」
「なぁんて、ウソよ、ウソ」
「何よ、もぅ…」
千恵は頬を膨らませる。
暢一がありさと付き合おうとする思い当たる節は、東京にいた時にたくさんあったのだ。
それを伝えたのがあの時。
ある芸能人のデビュー祝いのパーティーに出席した時、事件が起こった最中の出来事。
ある歌手の楽屋に、事件の話を聞きに行った時のこと。
そう、あの日こそが…。
人気グループのメンバーの一人、木高篤史がギュッとありさを強く抱き寄せた。
「え…?」
「オレ、お前のことが好きだ」
突然、木高に告白されたありさ。
「ちょっとやめてよ!」
ありさが木高から離れて立ち上がった瞬間、バンッ!と大きな音を立ててドアが開いた。
ドアの向こうから聞いていた暢一が、我慢出来ずに入ってきたのだ。
「お前、ありさに何やってんだっ!?」
暢一はとても怒っていた。
「誰だ? お前は?」
不機嫌そうに木高が暢一に聞いた。
「オレは…ありさの恋人だっ!」
木高にそう叫んだ。
(え…? 私が暢一の恋人…?)
「お前、彼氏いるなら言えよ…」
木高は諦めたように言った。
そして、淋しそうに楽屋を出て行った。
少し間を取って、ありさは暢一を見て、
「ちょっとー! 暢一、あんた何言ってんのよー!!!」
ビックリしたように大声になるありさ。
「いいじゃん、いいじゃん」
さっきとはうって変わって笑顔の暢一。
「よくねーよ」
ありさは頬を膨らませる。
泣きたい気分のありさだった。
(ビックリしたというよりか、とても嫌だった。嬉しいなんて気持ち、これっぽちもない。確かに助けてくれたのはありがたいけど…)
ありさは窓の外を見て、あの時のことを思い出していた。
「ありさ…?」
「ん…?」
「どうかした? ボーッとしちゃって…」
「ううん、なんでもない」
ありさはすぐに笑顔になった。
京都に着いたのは、午後六時半過ぎだった。
ありさ達は急いで宿に向かうことにした。
そう、その宿で事件が起こるとも知らずに…。
ありさ達が泊まる宿は、とても綺麗で木造造りが古風な感じだ。
古風だといっても古くはない。
さすが京都っていう宿でもある。
「部屋二つ取ってあるんだけど、男女で別れよっか」
理恵子が五人に向かって言う。
「そうだね。そのほうがいい。荷物置いたら夕食にしよう」
ありさは一日の移動で疲れた声で言った。
夕食が終えた六人は、宿の中にある土産物店に向かった。
「ねぇ、お土産どうするの?」
千恵が呼びかけるように聞いた。
「ここでは買わない。明日、色んな場所見学するから、そこで気に入ったの買うよ」
春佳は宿で土産物を買わないことを明言した。
「みんなは…?」
春佳の答えを聞いた千恵は頷いて、残りの四人にも聞く。
「私もそうしようかな…」
ありさは春佳がそうするなら…というふうに土産物を見ながら呟くように言う。
理恵子も同じようだ。
「男二人は…?」
千恵の問いかけを無視して、
「暢一、こっちのほうが京都らしいぜ」
「そうだな」
土産物で盛り上がっている暢一とトリスタン。
「もー、私の話、無視しないでよ!」
「千恵、落ち着いてよ」
怒る千恵に、なだめる理恵子。
(まったくあの二人は…)
呆れるありさは、暢一に目を向けた。
その瞬間、ありさと暢一の目線がピタッと合ったのだ。
ありさは何事もなかったかのように、暢一から目を反らして土産物に見入った。