くぅ?!
遅くなりましたっ!
こんなくぅはどぅでしょう…
チチチチチっ…
日の光がカーテンの隙間から、優しくもれてくる。
「もぅ朝か…。何か寝た気がしないや…。」
そう呟きながら、隣で丸くなっている黒猫を見る。
昨晩は人の姿でベッドに潜り込んできた。
流石に、俺の精神上よろしくないので、“狭いから”という理由で、何とか猫の姿に戻ってもらった。
俺の理性がもう少ししっかりしていれば…もう少し女性に慣れていれば、そんなに問題には成らなかったのかな…
まぁそんなことを今更考えても仕方がないので、さっさと支度をして、まだ眠ってるくぅを抱き抱えて、1階に降りて行った。
「よう、健っ!よく寝れたか?」
朝から元気な師匠が右手を挙げて、ニカっと笑う。
「まぁね…相変わらずガルムは朝から元気だね…」
欠伸を噛み殺しながら答える。
「なんか眠そうだな…なんかあったのか?」
「なんでもないよ。」
そう言いながら、欠伸をしてしまった。
ガルムを見ると苦笑いしていた。
「おはようございます。ガルム様、健っ!」
リーンが近付いて来て朝の挨拶をする。
「おぅ。昨日の嬢ちゃんか。おはよう。」
「おはよう。リーン。」
「にゃ〜っ!」
くぅも起きたみたいだ。
「嬢ちゃん。健がかなり眠そうなんだが、なんか知ってるかい?」
ガルムがリーンに尋ねる。
「その件に関係があるか分かりませんが、少々別室でお話させて頂いてもよろしいですか?」
くぅの話をするのだろう。
遅かれ早かれ、ガルムにはバレるのだから、構わないか…
俺は頷いた。
「少しなら構わないぜ。」
ガルムもそう返事を返し、リーンに別室に案内してもらう。
2階にある一室にて、リーンからくぅについて、ガルムに説明があった。
「成る程な。くぅ、人の姿になってくれないか?」
ガルムは案外すんなりと受け入れた。
「にゃ〜っ!」
くぅは一鳴きして、人の姿になった。
一瞬だが、人の姿になったくぅを見て、ガルムは鋭い目をした。
気配読みをする間もなく、いつも通りのガルムに戻っていたが…
「ガルムっ!人の姿では初めましてっ!」
「おぅ。くぅ。中々可愛いじゃねぇか。健が寝不足になる訳だ。」
ニヤニヤしながら、ガルムが言う。
くぅもリーンも訳が分からない顔をしているが、俺は苦笑してしまう。
「いきなりだが、くぅ。お前はこれからどうしたい?人の姿なら、やりたいことをして、普通に暮らすことが出来る。まぁ一般人には一般人なりの苦労はあるが。」
ガルムは本当にいきなりの質問をした。
当の本人であるくぅは、考える素振りも見せず、即答する。
「ずっと健と一緒にいるっ!」
なんか聞いてるこっちが照れそうな応えだ。
ガルムは真剣な顔でくぅに言う。
「そうか。じゃー、3つ程約束してくれ。1つ目は、健の前以外で、猫の姿にならないこと。くぅが猫にも人にもなれるということは、絶対に秘密にしなければならない。詳しい理由は今は話せないが、その事実が広まれば、大変なことになる。もし、既に俺達以外に知ってる人がいるなら、上手く誤魔化すか、口止めをしておけ。
2つ目は、強くなれ。健は旅をするみたいだから、健を困らせない為にも強くなれ。
俺が色々教えてやる。
3つ目。これだけは絶対に守れ。
如何なる理由であれ、健の命を奪うな。」
1つ目も2つ目もわかるが、3つ目には少々驚いた。いやかなり驚いた。
わざわざそんなことを言わなくても、くぅが俺を殺そうとするなんて思えないから。
リーンも目を丸くしている。
しかし、ガルムもくぅも真剣な顔で向かい合っている。
するとくぅが今までのニコニコ顔から、目をスッと細め、口には不適切な笑みを浮かべ、鋭い犬歯を見せながら…
「良いぜ。ガルム。その約束は必ず守ってやる。俺は健の相棒だからな。でもよう、あんたに戦い方を教えられるのか?」
あまりの変わり様に俺もリーンも言葉が出ない。
「ふん。何を…まだまだ小娘には負けねえよ。それに平和ボケして、腕が鈍ってるんじゃねえの?」
ガルムもニヤリと獰猛な笑みを浮かべて言葉を返す。
「…くぅ…?!」
思わず口から言葉がもれた。
今の状況に付いていけない。
「健っ!びっくりしちゃったっ?私自身のことは、必ず話すから、少し時間を頂戴っ!まだ私自身、整理がついてないからっ!でも絶対に健を裏切らないから、今はそれを信じて…」
またいつものくぅに戻った。
最後に一瞬、悲しそうな寂しそうな顔をした。くぅの気持ちに悪意は勿論感じないし、くぅの真っ直ぐな気持ちが伝わってくる。
急に雰囲気や表情や言葉遣いが変わるが、くぅの根っこの部分が揺るがない様だ。
くぅはくぅ。
これだけは変わらない。
だから…
「分かったよ。くぅを信じる。いつかくぅが自分の話をする時、俺も俺の話が出来ると良いな。」
俺の話…
今は記憶喪失としてあるが、いつかくぅには話さないとな…
「よし。こっちはOKっと。嬢ちゃん、くぅのことは、ここの奴らは知ってるのか?」
ガルムは未だに唖然としているリーンに聞いた。
「……っいえ。まだ誰も知りません。私はただ、人の姿になれるのなら、ここの登録をしてみてはどうかと思いまして…。」
リーンは気を取り直し、答えた。
「旅をするなら、その方が良いな。じゃーくぅの登録手続き頼むわ。あと、くぅのことは絶対に秘密だ。もし誰かに故意に漏らしたら、嬢ちゃんには悪いが…」
「ぜ、絶対に誰にも言いませんっ!」
慌てて答えるリーン。
そりゃあんなおっかない雰囲気で言われれば、何されるかは、言わなくても分かるよな…
やり過ぎな気はしないでもないけど…
そもそもリーンは、俺達が困る様な事態になるって教えられれば、誰にも言わないだろう。
「じゃー手続きよろしく。俺達はここで待ってるからよ。」
ガルムはそう言って、彼女達を追い出した。
「健。くぅのことは、くぅが話をすると言っていたから、ここで何も言わないが、1つだけ。
くぅはかなり強い。だが、かなり弱いくもある。
ただの戦闘だけなら、確実に今の健の数千倍は強いだろう。
だが、精神的には、本当に脆い。
だから、絶対に守り通せ。
くぅの心を。
くぅは今非常に“危うい”。
約束出来るか?」
ガルムは非情な顔で聞く。気配読みで読みとれるのは、“くぅの死”だ。
「ガルム…くぅを守れるかは分からない。だけどな…例えあんたが相手でも、俺は…俺はくぅを守る。」
ガルムにくぅを殺させはしない。
俺がガルムと戦っても、歯が立たない。
それでもくぅを連れ出して逃げることが、万に一つでも可能性があるかもしれない。
可能性がある限り諦めない。
「健。その言葉忘れるな。いやー良かったよ。健が腹括ってくれて。中途半端な答えだったら、くぅに戦闘の手ほどきで、死んでもらおうと考えていたからな。」
そう言っていつものガルムに戻る。
ガルムは何をどこまで知っているのだろうか。
気配読みでガルムが嘘を付いていないことは分かるが、ガルムのこともくぅのことも、分からないことが多過ぎる。
とは言っても、俺のこともみんな知らないんだから、お互い様か。それに今俺が見ている彼等がリアルなんだし…