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 王女が落ち着いたの確認してから、俺は部屋を後にすることにした。

 玄関を出る時には、いつもの王女に戻っていた。

 そして、俺も、いつものように「行ってきます」と彼女に言うんだ。

 バイトに出かける時と同じように。いつもどおり、帰って来ることが当たり前のことのように。

 ———帰って来られる保障なんて、何一つ無い。

 それでも王女は、いつもと同じく笑顔で送り出してくれたんだ。




 時間の約束なんてしていないけれど、漆多は俺の到着を心待ちにしているのだろうか?

 そんなことを思いながら、駅へと歩いて行くんだ。

 時間は、まだ午後9時を少し回ったところでしかない。まだまだ宵の口だっていうのに、駅周辺には人がまばらにしかいない。それもみんな足早に立ち去っていく。駅前の店もいくつかは開いているが、ほとんど開店休業状態。飲食店ですら、外から見るかぎりでは店員が暇そうに外を見ているだけだ。

 俺はポケットから定期券を取り出すと自動改札へと向かう。

 視線を感じる……。

 何気なく顔を上げると……何故かそこに柳紫音が立っていたんだ。


「紫音……どうしたんだ? こんなところで。あれ、この辺に塾とかあったっけ? 」

 俺はあまりに唐突な彼女の登場に少し動揺した。

 彼女は寮に住んでいるから俺の住むアパートとは全然方向が違うはずなんだ。それにこの辺りに学習塾は無かったと思う。そして、紫音が塾に通っているって事も聞いてなかった。


「ううん、こんな時だから塾も休校よ。……ちょっとこっちに用事があったから来てたの。今から帰るところよ」

 見ると彼女は制服のままだ。学校からそのまま来たのか? 寮なのに門限とか大丈夫なんだろうか? いろんな疑問が沸く。


「殺人鬼が徘徊してるって時に、女の子がこんな時間に一人でふらついているなんて危ないよ。それにお前、寮に住んでいるよな。大丈夫なのか? 門限あるんじゃないの」


「門限は10時だからまだ大丈夫よ。それに寮母さんには、今日、両親と食事に行くって話しているから多分大丈夫よ」

 と、笑顔を見せる。

「それより、シュウ君こそ、こんな時間にどこに出かけるの? モノレールに乗ろうとしてたみたいだけど……」


「いや、ちょっと用事がね。……そうだ、漆多に授業のノートを持っていってやろうって思ってね。電話したら今からなら大丈夫だからって言うからさ」


「そう? 漆多君って【おたふくかぜ】で休んでいるんじゃなかった? 腫れはもうひいたのかしら。確か先生がしばらくは休むって言ってなかったかしら。でも、そんな状態の時なのにわざわざ行くんだね。おまけに学校から不必要な外出は避けるようにって指示されているのに。ねえ……こんな時間に行かなきゃならないの」

 想定外の紫音の登場に咄嗟に言い訳が浮かばず、墓穴を掘ってしまったようだ。確かに紫音の言うとおり不自然な言い訳でしかないな。


「う、うん。まあそうだけど、そうなんだな。ああ、あれだよ、あれあれ」

 としどろもどろになってしまう。

 何一つ答えになってないじゃん。


「シュウ君……」

 突然。真剣な顔になって、彼女が俺をじっと見つめる。

 その視線に耐え切れず俺は目を逸らしてしまう。痛いんだよな。

「いつも、いつもそうだよね。シュウ君は本当に嘘を付くのが下手だよ。誤魔化してるつもりかもしれないけど、判ってしまうんだから。ねえ……お願い。何か困っていることがあるんでしょ? 私にだけは教えて。一人で抱え込まないで。私が相談に乗るから。だからお願い」

 言葉は丁寧だけど、その声質からも彼女が怒っているのが判る。どうして本当の事を話してくれないのかと。

 いつもそうだった。紫音は俺が困っていると必ず現れて声をかけてくれた。そして助けてくれた。幼馴染の俺がどうしようもなく弱っちい奴だったからだろうな……。俺がいじめられていたりしたら、逆にいじめていた連中に殴りかかって行った。男が女に助けられるなんて格好悪かったけど。いつもは大人しい紫音が俺のことになったら、まるで自分のことのように怒ったり泣いたりしてくれた。小さいときから、俺は彼女に助けてもらってばかりで何もしてあげられなかった。その度に「ごめん」って謝ったら、彼女は「シュウ君のことを放っておけないだけだから」と笑ってくれた。

 感謝している。そしていつか強くなって、俺が彼女を護ってやれるようになるんだって誓ったんだ。 


「ありがとう、紫音。でも大丈夫だよ。俺は、もう大丈夫だ」

 

「でも……」


「ごめんな。詳しいことは話せない。でも……俺がこれからしようとしていることは、俺がやらなけりゃ、俺でなければ駄目なんだ。決して誰かが代わりにやれることじゃないんだ」

 親友の漆多が寄生根に取り込まれ、殺された寧々の復讐のために俺を呼び出したんだ。俺はあいつを倒すために、いや、殺すために戦いに行かなくちゃならないんだ。こんなことを説明できるわけない。……ただ、紫音なら全てを聞いても「だったら、私が行く」って言いそうなんだけれど。


「そこまで思いつめなくちゃならないことなのかな? 何をするのかわからないけど、シュウ君がそこまでしなくちゃならないことなの? まさか、危ないことじゃないでしょうね。だったら、ますますシュウ君に行かせることなんてできない。相手は誰なの? 教えて」

 彼女は俺が喧嘩にでも行くって思ったんだろうか? 強硬に反対する。……まあそれくらいに思ってくれているんならまだ安心なんだけど。


「ごめん。理由は話せないんだよ。でも、紫音を心配させるようなことじゃない。全然大丈夫だから。ちょっと用事があるだけなんだから。だから、紫音は、もう帰ったほうがいい。危ないから送っていくよ」

 これ以上の会話を続けるときっとぼろが出る。彼女にばれてしまうだろう。

 だから、これ以上の話は打ち切りだ。


「……私にも話してくれないんだ」

 とポツリと彼女がつぶやく。そして寂しそうに笑う。

「お願い。もう一度訊くから教えて。……これからどこに、何をしに行くの? 」


「……」

 俺は沈黙をもって答える。


「……これが最後。お願い、私には本当の事を教えて」


「……紫音、ごめん。言えない。心配しないで、としか言えない」


「ねえ、本当に後悔しない? 」

 どういうわけか彼女の瞳が潤んでいるように見える。何か、相当に思いつめたような表情になる。

 何故、そこまでこだわるんだ? そう訊こうと思ったけど、言葉にまではならなかった。


 そして俺は頷く。


「わかったわ。……シュウ君が決めたことだから、これ以上は訊かない」

 そして笑った。

 その笑顔は悲しげだった。

 ———あまりに。


「送っていくよ」

 俺は彼女に一歩踏み出す。


「来ないで! 」

 ピシャリと言われ、俺は動けなくなった。

 紫音は俺に背を向けると、

「だ、大丈夫だから。……私は一人で帰られるから。……大丈夫」

 その声は少し震えている。

「わ、私、行くね」

 俺が声をかける暇も与えず、彼女は改札を抜けて走り去って言った。


 紫音がこんな時間に何故現れ、俺に尋ねたか……。

 その真意を図ることはできなかった。

 後を追って問いただすこともできたかもしれない。

 でも、それができないでいたんだ。

 予感めいたものがあったんだ。訊いたら何かが壊れてしまいそうな気がした。

 どうしてそんなことを思ったのか判らない。でも、これ以上は踏み込んではならないと思った。


 ただ言えることは、今、何かが変わってしまったと感じていたということだ。

 きっと、……もう取り返しの付かないことなんだろうと。


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