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 橋の長さは300メートル程度。歩いてもたいした距離じゃない。

 渡りきった堤防の向こう側にショッピングセンターがあるんだけれど、こんな時間だから当然ながら照明も落ちていて真っ暗だ。とは行っても、あちら側は周辺に24時間営業の店があるから車の出入りも結構ある。それらの明かりでショッピングセンターの建物の輪郭が浮かび上がって見えている。

 3階建てで、建物が二つあるように見えるのは一つが立体駐車場だ。


 橋の手前と向こうでは住宅街と商業エリアの違いがあるためか、夜の賑わいにはかなりの差がある。

 振り返れば住宅エリアは明かりがまばらにしか見えず、ほとんど真っ暗といってもいいくらいだ。向こうは騒音もほとんど無い世界なんだろう。それに引き替え、橋の向こうの商業エリアは学園都市の郊外に位置するとはいえ、結構賑やかな感じがする。

 住宅街と商業エリアを結ぶこの橋を走る車は無い。なのににぎわっているのは違う住宅街からの客が来ているからだ。住宅街は居住者の経済的な階層によって完全に分けられている。俺がさっきまでいたエリアは学校関係者が住むエリアだけど、どうやらそこに住む人たちは研究の為にまだ学校に張り付いているか、もう明日に備えて寝ているかのどちらかしかいないようだ。 

 夜中にファミレスなんて利用しない階層の人間しか住んでいないってことだね。


 これが学園都市ということだ。


 ……そういえば空腹を感じている。

 王女さえ元気なら、ファミレスで軽く食べてから帰ってもいいんだけど、そういうわけにもいかないしな。

 ふと見ると、王女はかすかな寝息を立てていた。


 俺はかすかに微笑んだ。

 ……否、ニヤけた。

 うん。結構可愛いんだよよな、やっぱり。

 王女の寝顔をみてニヤニヤしているところを誰かに見られたら、確実にロリコンと判断されそうだ。


 そんな、どうでもいいことをを考えながら歩いていく。

 それはしばしの時間。


 ショッピングセンターが近づいてくるにつれ、俺は全身に何か、……嫌な雰囲気を感じ始めていた。

 その感覚、これまでも何度か感じたことのあるその感覚。

 生暖かく、しかしいやな感じで湿ったものが背中を這いまわるようなな感じ……。

 これまでは、その感覚を感じた時には、すでに危険な状態に巻き込まれていた。あとはコテンパンにやられて襤褸雑巾ぼろぞうきんにされていた。

 王女がいなければ、何度も解体ショーの餌食になっていただろう。


 しかし、今回は違う。

 まだ俺は巻き込まれていない。巻き込まれがたの危機ではない。

 そう、こちらからその脅威に立ち向かえる立場にいるんだ。


 ……でも、できれば逃げたいな。

 王女も弱っているし、この状態でわざわざ危険を冒すのは賢明ではない。それが妥当。

 そう思いながらも、俺は歩みを止めることはなかった。


 ショッピングセンターが近づくにつれ、その脅威の正体が何か分かってきた。

 

 建物を取り囲むように立ち上る紫の煙。

 時折、雷のような瞬きが走る。

 紫の煙は闇を従え、竜巻のように渦巻いている。その速度はとてもゆっくりとしている。


 これが結界?


 今までは先に取り込まれていたから、その存在を見ることはなかった。

 初めて見る結界の姿だ。

 でもこれは普通の人間には見えないんだよな。


「寄生根ね……」

 背後で王女が目覚めたようだ。

「シュウ、急ぎなさい。奴が捕食活動を始めているわよ」


 俺は頷くと、王女を背負ったまま駆け出す。

 駆け出すと背中の王女の重さなど全く関係ない。瞬時に結界の渦の近くまで来る。

 橋はショッピングセンターの駐車場を越えて向こう側の道路に接している。だから、店に行くためにはもうしばらく走らなければならない。

 橋とショッピングセンターとの高低差は20メートル近くある。

「姫、しっかり捕まって」

 同時に俺は歩道の柵に左足をかけると、そのまま橋の下へと飛び降りた。


 落下の最中にはもみ上げ付近を下から上へと風が撫でるのを感じた。

 尾てい骨に痺れるような寒気。

 ビルの5階程度の高さからの着地は極力衝撃を和らげるようにした。猫のようにうまくできたようで、俺は音も立てずに着地した。王女はほとんど衝撃を感じなかったようだ。

 

 さて……。


 結界はショッピングセンターの店舗全域と駐車場の一部を取り込んだ状態で施されている。

 側まで歩いて行くと王女に促され、俺は彼女を下ろした。


「なあ、姫。この結界をどうやって抜けるんだ」

 手を触れてみると、それはぐにゃぐにゃしたゴムボールのような感覚が返ってくる。破れそうで破れない感じがするけど、思い切ってやってみたらいけるかもしれない。結界自体はかなり薄いように感じられる。


「無理に力を入れないで。力任せに抜けようとしたらどういった反応が返ってくるか分からないわよ。場合によっては大怪我するかもしれない」

 と、王女は脅しをかけてくる。


「マジですか? でも、どうにかする方法があるんだね」


「もちろん。それに力任せに侵入なんかしたら、寄生根に気づかれるわ。逃がすわけにはいかないんだから。なんとしても捕まえて抹殺しないといけないんだから」

 まあそのとおりだな。俺たちが来たと分かれば逃走する恐れもある。偶然とはいえ、思ったより早く遭遇できたんだからこのチャンスを有効利用しないといけない。


 王女は両方の手のひらで結界に触れると何かの呪文らしい文言を唱えた。

 刹那、結界面と王女の手のひらの間で眩い火花が散り、結界の一部に穴が空く。溶けるように穴が広がり始める。ものの数秒のうちに人一人が出入りできるほどの大きさの出入り口となった。


「急ぎましょう」

 そう言うと、彼女は結界の奥へと踏み出した。俺も続く。

 しかし、寄生根から受けたダメージは回復したんだろうかと心配になる。声をかけようと思ったけど、歩く姿を見る限りは大丈夫そうにみえる。

 

 結界の中は完全な暗闇。

 まあ夜だから当たり前なんだけど。

 ただ、違うところは世界がモノクロ化しているってこと。

 色の無い世界。

 それが寄生根の作り出した結界の中の世界なんだ。


 外からは普通に、なんらいつもと変わりなく見える風景なのに、中に入ってみるとぜんぜん違う世界となってしまっているんだ。そしてそれに気づくことのできる人間は、おそらく存在しない。


 店舗のおそらくは正面入り口の近くに1台の白ワゴン車が止まっている。

 ただ、様子がおかしい……気がする。

 閉店してから何時間も経っているし、駐車枠でもない店舗入口前に無造作に止められているのは違和感がある。自販機も何も置いていないんだから。

 周辺の居住者が駐車しているにしてもあまりに不自然だな。普通なら隅っこに止めるだろう。


「行ってみましょう、シュウ」

 促され、俺たちはその車の側へと歩いて行く。


 遠めにはよく分からなかったが、近づいてみると運転手側の窓は粉々に砕け散っていた。

 運転席と助手席のエアバックが派手に広がっている。

 中を覗くとそこには血まみれの男がハンドルに覆いかぶさるように倒れている。

 外見から20代くらいに見える。黒のジャージを着用している。

 見るとフロンとガラスには大きな蜘蛛の巣状のひび割れが入っていた。シートベルトをしていなかったから、エアバックですらフロントガラスへの運転手の直撃を防げなかったのか?

 車の右フロントには何かに思い切りぶつかったような痕跡がある。電柱か何かのように見える。

 どうやらその事故の影響でへこみとフロントガラスの割れが生じたようだ。


 王女はドアを開けてすでに事切れている男の状態を確認している。

「事故のせいで死んだわけじゃないようね」


「うん、そうだね。これはどう考えても事故じゃないよね」

 顔面血まみれの男の首には強く圧迫された跡がくっきりと残されており、そしてその頭部は通常では考えられない方向へ捻じ曲げられていた。

 圧迫痕は人間の手でつけられたものであることが、その痣のようなものから見て取れる。

 片手でやっている。

 間違いなく寄生根だ。

 この車のフロント部分の衝突跡も寄生根に乗っ取られた人間にぶつかったものだろう。


 遠くで何かが割れるような音が聞こえた。

「どうやら、まだ他に人間がいたようね。……寄生根もまだいる。急ぎましょう」


 店舗の入り口のドアは壊されている。 

 俺たちは難なく中へと入ることができた。

(開いてなかったら、どっちにしても叩き割るつもりだったんだけどね)


 緊張感を保て。

 敵は直ぐ側にいるかもしれない。

 探索を怠るな。

 俺は全神経を集中させる。



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