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 しかし……。

 何かしっくりしないままの俺は、しばし佇んでしまう。


 さっきまでワイワイと漫談をやっていた二人の警官は、それまでのことがまるで何事もなかったかのようにもとの場所に戻り、退屈そうに立ちんぼしている。


「……どうかしたのか? シュウ。馬鹿みたいにぼーっとして。そんなんじゃ馬鹿が目立つわよ」


 俺は王女の口撃を軽く流しながら、

「いや、思ったんだけど……」


「なによ? 」


「姫の能力を知らなかったんだからアレなんだけどね。……えっと、あれは催眠術なんだよね。二人の警官を操ることができたのって」


「ふむ。そうね、簡単に言うとそう言うことになるわね」

 と、あっさりと答える王女。


「だったらさ、姫がそういった能力持っているんなら、わざわざあんなことなんかしないでさっさと催眠術をかけちゃえば良かったんじゃないかなって思ったんだ。うーん……まあ、俺をからかいたかったから、わざわざあんな迂遠なことをしたって言われればそれまでなんだけれど、ね」

 ぶっちゃけていうと、少し俺は怒っていたんだ。

 馬鹿にされているというか、からかわれているというか、とにかく何かにつけて王女の遊びの対象とされることが少し不満だったんだよね。

 普段の時なら、……まあ子供のやることだから仕方ないかって我慢もできるんだけど、今は非常時なんだ。寄生根に乗っ取られた何者かの手によって、次々と人が殺されているんだ。しかもその犯人の最終目標は王女を殺すことなんだ。それに時が経てば経つほど、人の能力を吸収して強くなるような奴なんだ。僅かな時間さえ惜しんでやらないといけないのに、何なんだ? この脳天気さは。


「ああ、怒っているのか、お前は。私がお前をからかうだけであんな事をしたって思ってるのね。……それは私の説明不足だった。そこについては謝ろう。ごめんなさい」


 珍しく素直な態度に出るんで、俺は怒りの矛先の持って行き場を失ってしまった。

「いや、そのそんな風に謝られると、あれなんだけど。……まあいいや。どうしてか教えてくれよ」


「いいわ、教えてあげる。本来なら即、あの警官達を操れば良かったの。当然、私もそうしたわ。……でもね、やっぱり力が相当に衰えているみたいなの。たった二人の人間相手にさえ、私の能力は全く効果がなかったのよ」

 と、寂しそうに言う。


「でも、彼らは今催眠状態にあるじゃない? 」


「そう。だからさっきの茶番を演じたんじゃない。私の今の能力では直接、彼らに働きかけて支配することができない。だから、彼らの意識を一度揺さぶってショックを与え、その隙間を狙うしかなかったの。だから一芝居打って彼らを騙してあげたの。自分たちが私に騙されたと知ったその時、彼らは驚きと怒りと恥ずかしさで混乱したわ。そこに心の隙ができた。あとは比較的簡単だったわね」


「それで成功したってわけなのか」


「身構えている人間を操るのは難しいけど、油断していたりびっくりしている状態だと驚くほど心に入り込みやすいのよ。……彼らからはもはや、私たちのことは見えないわ。私たちが存在しているのは認識しているし、話しかければ答えるけど、その記憶は全く残らない。例え後で彼らが拷問を受けたところで、全く知らないことだから話すことはできないわ。たとえいかなる能力者が出てきて、逆行催眠にかけることができたとしても、私たちの存在の記憶を探ることは不可能なのよ」


「すごいんだね。姫の力って」

 俺は感嘆してしまった。

 異世界の王族の力は一体どれくらいのものなんだろう。今は力をほとんど失っているといいながら、それでも王女のその能力はあらゆる生物を超越している。


「本来なら、あいつらに全部調べされればいいんだけれど、そこまではできないから調べるのは私達の仕事になるわ。……わかったかしら、シュウ」


「うん。なんとか」


「じゃあ行くわよ」

 というと王女はさっさと公園の敷地へと歩を進めた。



 俺たちが公園の敷地に近づくと、入り口で立ちはだかっていた警官の一人、これは田中って人だったな、は直ぐに道を空けてくれた。何故か敬礼までしたりしてた。


 50m×20m程度の広さの公園の奥に、何本も柱を立て、そこにブルーシート引っかけることで周囲を囲み視界を遮られた空間があった。高さは2mを超えていてその中をうかがい知ることはできない。近くにこれといって高い建物も無いから、昼間もマスコミがほしがる中の映像を撮ることはできなかったんだろうな。脚立を立ててといっても敷地内に入らないと隠された空間を撮影することはできそうもない。

 公園の街頭に照らされた青いその屋根の無いテントは、微風に吹かれてカサカサと音を立てている。

 俺たちはブルーシートの壁を平行に重ね、片方を紐で引っかけることで扉としている中へと入っていった。

 周囲を囲まれているとはいえ、天井が無いから、外灯の明かりが結構見える。まあ、俺たちにとっては全くの暗闇であっても問題は無いんだけれど。

 中は10m四方の空間しかない。

 まだ、原状回復は行われておらず、昼間警察が検証を行ったままの状態に近い状態のままのようだ。

 もっともその時の状況を知らないから、推測でしかないんだけれど。


 ブルーシートで仕切られた空間の中央には滑り台があり、その階段の付近にまだ生々しく大量の血痕らしきものがどす黒く残されていた。  

 中に入ったとき、変な臭いがしたのは、血の臭いだったのかな。

 

 とはいっても遺体があるわけでもないし、何か証拠となるような物件があるわけでもない。足跡などの痕跡もすでに撮影済みに違いない。なぜならたくさんの足跡があちこちに残されていて、とても現場保全されているというわけでもなさそうだからだった。

「当たり前といえば当たり前だけど、証拠らしいものは何も残されていないね。ま、こういう場所で事件が起こったっていうマニア的な趣味がないとあまり意味はないかなあ」

 俺は軽く伸びをしながら王女を見る。

 彼女は辺りを見回したかと思うと、滑り台の前にしゃがみ込む。

「うん? どうかしたの? 」

 俺の問いには答えず、地面に手をかざすと目を閉じて黙り込んだ。

 何かの宗教的な儀式なのか? そんなことを思いながらも、なんだか声をかけちゃいけないという気配だけは感じたので、しばらく黙っておくことにした。

 王女をよく見ると、その長い髪の毛先が僅かながらも浮き上がっているように見える。それだけじゃない、明らかに彼女の周囲の空気感が変動している。大気が小波立つというのかな? なんかわからないけど、彼女の体から何かの気が発せられ、それによって空気が揺らいでいるような気がした。

 王女の周囲はより深みがかった暗さになり、逆にその光を吸収して王女の体から微光が発せられているように見える。

 何らかの超常現象が俺の前で展開されているんだ。


「ふう……」

 唐突に目を開けた王女が、大きく息を吐いた。その瞬間にあたりの緊張感が一気に弛緩するのがわかった。本当に空気が緊張するってあるんだね。

 王女の額からは幾筋の汗が落ちている。

 俺はポケットからハンカチを取りだして彼女に渡した。

 彼女は無言でそれを受け取ると額の汗をぬぐう。

「ねえねえ、姫。今何やってたの? 」

 好奇心丸出しで彼女に聞く。


 少し間が開いたが、王女が答えてくれる。

「この空間に残された気、……気配、残留思念、淀み、生霊その他いろいろなものを感じ取っていたのよ。それらから読み取れる情報は多い。例えたくさんの人間達に踏み荒らされたといっても完全に消える事はないわ」


「感じ取ることができるってこと? つまりサイコメトリーか何かみたいな能力なのかな、姫が使った力は! 」


 Psychometry


 モノに残された人間や動物の残留思念や記憶を読み取る能力らしいけれど、ものによってはさらにはモノそのものの記憶さえ読み取ることも可能なんていう凄い能力者も存在するらしい。

 ……つまり、オカルトだ。SFだ。ちょっと前の俺なら信じることさえなかった。所詮、漫画や映画の中でのみ存在する力だと思っていた。

 でも、オカルトなんて概念を遥かに超越した王女と出会い、寄生根に寄生された化け物に襲われ殺されかけたたこと、そして自分さえもがそのオカルト世界の住人なみの力を持ってしまったことから、今じゃあなんの違和感も無く受け入れられるようになっている自分がいる。


 ———あるものは存在あるるんだから仕方ない。

 まあ、そんな感じ。

 どういう原理か分からないけど、飛行機は空を飛ぶし、携帯で遠くの人と話ができる。その程度のもんなんだよね。



「うん、そう思ってもらっていいわ。本来はシュウが考えているようなそんな低レベルなものじゃないけれど、今の私の力ではそれにすら劣る力しか使えない。だから、今の私が感じ取れとれるものは、ほんの僅かなものでしかない。でも、今回みたいに大きな悪意による人殺し現象は、そこに残される犯人の悪意・殺意だけじゃなく、殺される物の恐怖や恨みといった念もこの場に残されるわけだから、残される痕跡は大きいの。……だから今の私でもある程度は感じ取れたわけなんだけれどね」


「じゃあ何か掴めたんだね! 」


「ええ、もちろん。……この犯人は特別よ。通常の人間のレベルでは計り知れない、とてつもなく大きな破壊衝動を持って人を殺しまくってるからね。コイツの残留思念はこの現場のあちこちにコールタールのようにへばりついて気持ち悪いくらいに残されているわ。臭いまでともなっていてとても臭いわ」


「臭いまで感じ取れるのか? 俺にはぜんぜんわからないけど」

 感じ取れるのは篭った空気の淀み。そしてここで作業した人間達のひといきれ、その汗とかの体臭の残り香のみ。

 残留思念やその臭いなんて考えもつかない。


「ここまであからさまに臭いを残しているなんて。……吐きそうよ」

 王女はそういうとその場から離れる。


「大丈夫か? 」


「ええ、大丈夫。もう能力は解除したから。……これは、犯人は馬鹿のように行動しているわけではないわね」


「というと? どういうことなんだい」


「あからさまに自分の行動の痕跡を残してはいるけど、それは人間が検知できるレベルでのことだけ。私の能力でなければ探索できない事柄については、それを邪魔するようなものを残しているってこと。お前には分からないでしょうけど、この臭いがそうよ。……力で犯人の残したものを探るためにはその臭いを伴う残留思念を調べなければならないわ。そうなるとこの臭いが私の内部に入り込んでくるようになっているみたいね。どんなものか分からないけど、長時間続ければ何か影響がでると私の体が警告しているわ。それもかなり危険なものだと思う」


 王女はしゃがみこんでしまっている。少し呼吸も乱れている。

 痕跡に罠を仕掛けているとは……。

 探すためには調べなければならないけれど、のめりこみすぎると寝首をかかれるかもしれないとは。

 

「厄介だな……」


「そう、厄介だ。だけどもう大体の調べはできたから安心して。ここにいてもこれ以上の成果は得られないと思うから。実際、これ以上いると頭がおかしくなりそうよ。出ましょう」

 そういうと王女が先にこの空間から立ち去る。


 俺はもう一度現場を見回し、この雰囲気を記憶に焼き付ける。



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