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 う、……うん。


 寒い……。


 横になっているのが分かる。

 ベッドで寝ているんだろうか? いや、ベッドは最近王女に独占されて、俺はソファーで寝ているんだった。……でもベッドにしてはなんだか固い気がする。いや、固すぎる。おまけ冷たいんだ。まじで外にいるんじゃないかって思うほどの寒さ。底冷えするんだけど。

「うむむむん」

 俺は寝返りをうった。

 ガチャンと音がして、頭部に激痛が走る。

「いってぇ」

 何か固い物に頭をぶつけたみたいだ。痛みで目が覚めた。


 辺りを見回す……。

 白い大きな室外機。水垢がだらりと垂れた線をいくつも作っている。

 上を見ると洗濯ロープにぶら下がったままのシャツが二枚。

 横をみたら掃きだし窓。反対側を見たらアルミ製の柵ごしに夜の街が見えた。

 手を床に置いてみる。ただのコンクリートじゃん。

 はい、どうも俺は自分のアパートのベランダに寝ていた訳ですな。

 

 ふと気付くと、何か臭ってくる。すごく臭い。何か腐ったような臭いが漂ってくる。

 そして、それは俺の体から発される臭いだと気づくまでそれほどの時間を必要としなかった。。血と体液と糞便が混じった異常なまでの異臭だ。

 うん、こんな状態の俺は外に放り出されたんだな。うん。


 頭がガンガンする……。これは王女にぶん殴られたせいだろうな。なんか一発殴られたところまでは意識があったけど、それ以降は完全に記憶が無い。痛みがある箇所はどうも一カ所だけじゃない。あちこちが痛いってことは、王女にタコ殴りされたってことだ。

 たしかに、意図していなかったとはいえ、王女にキスしまくったもんな。

 しかも2回目だから完全に切れてしまったようだ。あの怒りに燃えた王女の瞳。殺されなかっただけましかも。

 携帯電話をポケットから取り出す。

 血まみれになっているけど、防水防塵機能のおかけでとりあえずは生きているみたいだ。

 ディスプレイをタッチすると画面が光る。

 時間は2:20。

 その時間に焦りを感じた。

 今からシャワーを浴びて着替えてなんとか3:00だ。

 バイトにはぎりぎりの時間。


 俺は慌てて起き上がり、部屋の中を覗く。 

 部屋の中は電気が点いていて、中でソファーに腰掛けた王女の姿が見えた。

 俺は扉を開こうとするが、鍵が掛かっている。

 トントンと窓を叩くと、王女が気付いてこちらを見る。

「窓を開けてくれ」

 俺と目が合ったのに、彼女はフンと鼻で笑うと視線を逸らした。

「おいおい、姫。開けてくれ」

 バイトまで時間が無いんだ。焦りから強く窓を叩く。こんな時間に近所迷惑だし苦情が来そうだけど仕方がない。バイトに穴を開けるわけにはいかないんだから。

 しかし、彼女はわざと聞こえないふりをしている。テレビを見ているみたいだ。やっぱりだいぶ怒っているんだろうな。

 仕方ないので更に窓ガラスを強く叩いた。深夜だということもあるから結構響く。非常識この上ないのは分かっているけど、今は緊急事態なんだ。ごめんね、ご近所さん。


 少しすると王女がやってきてベランダの窓の鍵を開けた。

 俺は開けると飛び込むように部屋へと入る。


「シュウ、五月蠅いわよ。近所迷惑じゃないの」

 その声には明らかな怒りが含まれている。

「だいたい、どういうつもりなの? 他の人間達は寝ている時間なんでしょう? 非常識この上ないんじゃないの。……まあそんなことはどうでもいいわ。でもね、私が言いたいことが分かるわよね? バッタの脳みそくらいしかないお前でも分かるわよね、私がどうして怒っているかわかる? さっきの事よ! 一度ならず二度までもあんなことして」


「すまん、ごめん。言いたいことはわかるけど、後にしてくれないか? バイトの時間があるんだよ。もたもたしてられないんだ」

 そう言いながら俺は下着を押し入れの3段ボックスから取り出し風呂へと急ぐ。

 ここで話がぶりかえると長くなりそうだ。


「バイトって? 」

 少し興味ありげに尋ねる。


「姫にはまず理解できない事だけどね。俺の生活費は全部自分で稼がないといけないんだよ。……でも高校生だからできるバイトって決まってるんだよ。今から新聞配達の仕事があるんだよ。そんで3時には店に行かないといけないんだ。時計を見てみて。今の時間、わかるよね。もう時間があんまり無いだろ? ……だから、じゃ」

 姫に理解をしてもらうにはアルバイトとは何かから説明しなくちゃわからないだろう。そして、どうして生活の為に俺がアルバイトをしなければならないかの理由を説明しなくちゃならない。これにはかなり時間がかかる。

 しかし、今の俺には時間がないんだ。

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! 」

 王女が叫ぶが無視。

 大あわてで服を脱ぎ捨てると、シャワーを出す。どす黒い水が俺の体から流れ落ちていく。

 髪の毛や体に張り付いた血液や化け物や人間の体液がお湯で一気に流されていく。

 石けんをたっぷりつけて体を擦る。擦る擦る。髪も3回洗い直す。

 血の臭い、動物の臭いを完全に落としておかないと大変なことになりそうだからな。それでも臭いを全部落としたかというと自信が無い。


 風呂から出ると髪を乾かし、ジーンズとシャツを着た。

 王女は何か言いたげに近づいてきた。俺に文句を言いたいのは間違いない。


「ごめんね、姫。話さないといけないことがあるのは分かっているんだけど、時間が無いんだ。バイト遅れちゃうと他の人に迷惑かけるんだ。帰ってから聞くから……ごめん。それから、子供は早く寝ないといけないだろ? 」

 そういうとブルゾンを羽織って部屋を飛び出していった。

 

 謝っておくべきなんだろうけど、寒空の中、ベランダに転がされていたことが少しむかついていてたこともある。何か謝る気にならなかった。大人気ないよな、相手は子供だっていうのに。

 バイトが終わって学校に行く前に謝ろう。

 俺はそう思いながら自転車をこぎ出したんだ。



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