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 振り向いた俺の鼻先ほどの距離まで変形を遂げた蛭町の蛇顔があったんだ。


 ———俺は奴が嗤ったように見えた。


 次の刹那、蛇は口を大きく開けたと思うと、生えた巨大な牙を剥きだした。カッと何かを吐くような音がすると同時に、その牙からスプレーのように液体を飛ばすのが分かった。

 咄嗟に漆多を突き飛ばすのが精一杯だった。

 同時に俺は蛭町の吐き出した毒液をもろに顔面に浴びてしまっていた。眼を閉じたつもりだったが間に合わなかったのか。ものすごい痛みが両目に走る。焼けるような痛みだ。

 俺は必死になって両目を擦って毒を落とそうとするが、当たり前だけど、そんなの全く効果がなかった。眼球が抉りとられるような感覚。そして何よりも敵前で視力を完全に奪われた事で動揺してしまい、どうしていいかわからない。

 そして続けて衝撃を感じた。

 首筋から肩口にかけて、何か鋭いものが打ち込まれた。不気味な肌触りと、気色の悪い呼吸音。

 それで俺は蛭町の毒牙に噛まれたのだと分かった

 ……同時に最初は冷たく、でも直ぐに燃えるように熱くなる。

 まずい、これは毒液だ。振り切るんだ!! そんなことわかりきっているのに、体が動かなかった。首付近にしびれるような感覚だったそれは、急速に全身へと広がり、俺の体の機能を麻痺させていった。

 体を動かそうとしても思うように動かせない。

 おまけに毒液をかけられたことで目は潰れて何も見えない。どこになにがあるかなんて分かるはずもない。


 全身が振り回されるような感覚がしたと思うと、次の瞬間には宙を舞っていた。

 漆多の悲鳴が響いている。


 くるんくるん。

 体が宙を舞い、意志に反してくるくると回っているのを感じた。そして直ぐに壁に叩きつけられた衝撃が襲ってきた。

「ぐはっ」

 体は麻痺して動きが封じられているのに、痛みだけはまともに感じる。いや、むしろ鋭敏になっている感じだ。とてもじゃないが、我慢できる痛みではなかった。まるで皮膚をすべて剥がされた状態のようだ。わずかな空気の揺らぎさえ感じてしまう。強く背中を打ったせいで、一時的に呼吸もできなくなる。

 どう考えても肋骨が何本か折れている。

 もちろん、毒液を浴びた瞳だっていまだに痛みは続いている。 

 俺は何処にいるか分からない蛭町を探して立ち上がろうとするが、うまく立ち上がれない。おまけに靴やズボン、服に体がこすれるだけで飛び上がりそうな痛みが襲ってくる。

 これは奴の毒のせいなのか? だったらなんてえげつない毒液なんだ。

 必死になって立ち上がろうとする俺の両股に抉るような痛みと衝撃が襲ってきた。予想だにできない攻撃だったため俺はまともに倒れこみ、地面に手を突くことすらできずに顔面から床に倒れ込む。鼻が潰れる感覚。顎と歯が石畳に叩きつけられ鈍い音を立てる。

 鼻から大量の血があふれ出る。口内にさびた鉄のような味が広がる。

 歯が何本か逝かれたかもしれない。

 太股に奴の発射したトゲが突き刺さったんだ。それだけは分かった。そしてそれはさっきと同じくさらに俺の体にめり込むべく回転する。今度は動くことが出来ない。耐え難い痛みを感じるのにどうすることもできないんだ。


 ドン!


 爆発音がしたと思うと、衝撃とともに両足の付け根が焼けるような痛みを発する。

「うがっ」

 思わず口からでる悲鳴。


 王女の悲鳴が聞こえた。


 トゲはある一定まで目標物の体内に入り込むと爆発する。激痛の中、俺はそれを知った。気を失わなかったのは俺の精神力の強さなのか、それとも蛭町が体内に打ち込んだ毒物の効力か。

 ぎりぎりのところで俺は踏みとどまった。いや踏みとどまされたんだろうか?

 両足の感覚は無い。……動かそうとしても、重い? 感覚がない? 無い?

 先ほどの爆発から想像するまでもなく、両足がぶっ飛んだのは間違いない。

 まずい。これは本気でまずい。

 ただでさえ、劣勢だというのに、両足を吹き飛ばされるような重傷を負ってしまったら、回復が間に合わない。


 焦りの中、直ぐ側に蛭町の気配があることに俺は気づけなかった。

「はーい、大丈夫」

 聞き慣れた蛭町の声が直ぐ耳元で響いた。

 俺はこの場から離れようと藻掻くが、右腕を万力のような力で押さえ込まれて動きが取れない。

 目が見えないこの状況がどれほど不利か思い知らされる。

 何が起こっているか分からないんだ。ただ、どんどん劣勢になっていることだけは分かるんだけど……。

「姫、……逃げろ……。漆多と逃げてくれ。頼む」

 情けないほど小さな、消えそうな声しかでない。

 哀れな肉塊になりつつある俺にできることはもはや、王女の逃走を促すことしかできないんだ。

 彼女に肉団子状態の自分を見せるのは二度目だな。……そんなことを考えたりしている自分に、ああ、もう俺は負けるんだ、死ぬんだなという実感が沸いてくる。

 突然、右腕を何かに鷲づかみにされたような感覚。直ぐにそれは蛭町の蛇面の口に噛まれたのだと分かった。もの凄い力で俺の腕を物理的に曲がるはずもない方向へと捻る。

 耐え難い痛みにうめき声を上げ、必死に抵抗しようとするが体は言うことを聞いてくれない。


 ぶちり。


 右腕から奇妙な音。そしておなじみの激痛。

 誰の声か分からないような悲鳴が聞こえている。それが自分の声だとはしばらく気づかなかった。

 痛みが起こり、さらにそれに被さるように更なる痛みが襲ってくる。もう気が狂いそうだ。

 できたら狂ってしまったほうが幸せなんだろうな。でもそうはさせてくれない。意識はより一層クリアになる。そしてさらなる痛みを与えられる。

 

 右腕を引きちぎられたのが分かった。

 くちゃくちゃの噛む音が聞こえる。

 くそっ。俺の右腕喰ってる。

 吐き気が襲ってくる。しかし逃げることはできないんだ。


 もう死んでしまいたい。


 唐突に俺の頭の中にその言葉が浮かんできた。

 うん、そりゃ死んだら楽になるだろうな。何でこんな酷い目に逢わないといけないんだ? 俺が何をしたっていうんだ。こんな痛い思い、苦しい思いをどうして耐え続けなきゃなんないの? もうさっさと楽にしてくれ。本気で祈った。この地獄から逃れたい一心だった。


 ……王女を残してか? 親友を残してか? 見殺しにするのか? 寧々のようにまた罪を重ねるというのか。出来ることを全てやり尽くしたわけでもなく、ただ劣勢で苦しいからといって楽な方向に逃げようとするのか? 卑怯者の所行を繰り返すのか?

 そんな批判が俺の奥底にわき上がる。


 それに蛭町は俺を殺したら、あの二人も生かしては置かないだろう。どんな残虐な殺し方をされるか考えるだけで気が狂いそうだ。


 王女は俺を助けてくれたんだ。なのにまた俺はへまをやらかせて死にかかっている。彼女に恩返しをすることなく死んでしまうのか?

 そして親友の漆多。俺はあいつを裏切り、寧々とキスをした。そして彼女を守ることさえ出来ずに死なせてしまった。そしてさらに親友まで死なせてしまうのか? 親友を裏切ったままで、俺は死んでいくのか?

 考えてみれば、いつも俺の人生ってうまいこと行かなかった気がする。

 何かを手にしようとしたときには必ず邪魔が入ってしまう。自らの手に届きかけたものが霧散する。そんなことばかりの繰り返しだった。いつも何かに邪魔をされ、いつも空しさ悔しさだけが残っていたんだ。

 今度も圧倒的な力を手に入れたつもりだった。何もかも思い通りになるような気がしていた。だけど現実はどうだ。俺はボコボコにやられ、瀕死状態だ。瀕死状態なんてこれで2度目だ。僅か数日でこんな目に二度も会うなんてよっぽど運が悪い。……そんな俺の運の悪さなんてどうでもいい。今はそれどころじゃない。

 絶体絶命の状態。もはや逆転のチャンスはなさそうだ。両目は光を失い、どうやら両足は千切れているようだ。両手だってどうなっているかわからない。全然力が入らないんだから……。

 俺が立ち上がらなければ、王女は護れない。漆多も見殺しにしてしまう。

 俺が負けること、それは俺の周りの人間が皆殺しにあってしまうことなんだ。妹の亜須葉も、幼なじみの紫音も、奴はなぶり殺しにするって宣言していた。きっとこいつはそれを実行するだろう。俺は彼女たちを助けることも、それどころか危険を知らせることさえできない。無力に苛まれたまま、惨めに死んでいかなきゃならないのか?

 助けてくれ。

 助けてくれ。

 僅かでいい、俺に力を貸してくれ。

 この危機的状況から救い出してくれ。王女と漆多を。

 俺はどうなっても構わない。蛭町を倒す力をくれとは言わない。せめて二人をこの状況から救い出してくれ。

 誰とはなく祈った。

 それは神への祈りか? 悪魔への契約か? 

 とにかく、この絶望的な現実を打破してくれたらそれで構わないんだ。

 なんとか、なんとかしてくれ。

 誰か、誰か助けてくれ。


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