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 ……でも、かつてそうだった存在、としか言えないな。

 もう人間としての形態をとっていない。


 尻の穴から生えた5本の奇怪な触手のうち4本を脚にして、奴は浮かび上がった状態でこちらに走り寄ってきたんだ。遠目にはアメンボか蜘蛛のようにさえ見えた。触手に支えられた彼の体はフワフワと浮かんでいるように見える。複数の足音と感じたのは奴が4足歩行をしていたからだったんだな。


 そして宙に浮いたのこり1本の触手の先端は何かを貫いていた。

 それは全裸の人のようだった。逃げようともがいているのか手足をバタバタさせている。まるで空を走っているようにさえ見える。激しく動いているためにハッキリと誰とかはわからない。でも妙につるつるした肌色の体だ。酷いことに顔や体の皮を一部引きはがされているようだ。どうみても皮膚とは思えない部分が右半身に集中して見える。

 誰かが捕まったのか? 


「くそ、助けないと」

 俺は口走る。これ以上の犠牲者なんて見たくないぜ。


「こんなモンで、よくも僕をだましやがったな、このクソガキ! クソチビ! 」

 如月は俺の腕に抱かれたままの少女に対して汚くののしった。両目をつり上げ、鋭い眼光で睨みつける。


「ハハン! 下等生物は騙すのが簡単だわ。実にたわいもなくひっかかったわ。本当に単細胞の馬鹿なのね」

 負けじと金髪の少女が切り返す。

 騙した? ……俺はなんだかわからず二人を見、そして気づいた。

 なんと如月のケツ触手が貫いていたモノはよく見れば、いや普通に見ればすぐわかる。人間じゃなかった。動揺していたせいか、こんなのもわかんなくなるんだ。


 ……人形だ。


 それも学校でよく見かけたあの人体模型だった。

 違う点は頭にシルバーのティアラがのっかっているところだな。

 左半身は全裸、右半身は内臓をむき出し状態のアレだ。どういうわけか模型が命を吹き込まれたように動いていて、それを如月は少女と間違えたのだ。頭に載せていたティアラの影響なのかな。……そして嬉しげに捕まえると触手の一本で少女を犯したつもりになってたんだな。


……こりゃ本当に馬鹿だ。


「クソ、クソ、クソー!! みんなでよってたかって、僕を馬鹿にしやがってぇ。こんなもんで僕をよくも騙すなんて許さない! 絶対に許さないよ、……こ、このクソガキャアッ」

 ブンと音がし、人体模型を串刺しにした触手が、模型を俺たちのほうに叩き付けてきた。目測を誤ったのか俺たちの数メートル左の壁に派手な音をたてて激突し、手足があちこちに千切れ飛ぶ。

 模型は体をくの字に曲がって転がった。頭と右手と左足は胴体にくっついたままだった。はずれて飛んでいったのは左手と右足だ。どっちも付け根から飛んで行ってる。

 やはり学校の(この校舎ではない)理科室にあった人体模型だった。誰かが落書きしたチョビ髭がしっかりとその顔にあったから。おそらく人間の雌なら性器があるであろう場所に深い大きな穴がポッカリと口を開けている。

 そいつの頭部に載っけられたティアラには、沢山の宝石が埋め込まれているのがわかる。キラキラ光っていて、すげえ高そう。


「シュウ、下ろして」

 言われるままに彼女を下ろす。

 彼女は模型の処まで歩くと、頭のティアラをはずし、自分の頭につけた。

「まあ時間稼ぎにはなったけど、時間が足りなかったかしら。もう少し時間があれば、もっと騙せたのに。……あーあ、それにしても、状況はあまり芳しくないようね」

 そう言って振り返る。


 本来の持ち主の元に戻ったティアラはより輝きを増したようだ。テレビで見た王族がつけているのとそっくり。そしてそのティアラを得た事により、少女からもオーラが漂う雰囲気さえある。

「さて、どうしたものかしら……ね」 

 腕を組み、何かを考えるかのように呟く。


「うへうへゆへ。お前、もう逃がさないもんね。お前、捕まえたも同然。絶対許さないもんね。めちゃめっちゃのグッチャグッチャでヒーヒーにしてやるな。中に俺のモノ突っ込んでかき回してやるよ。……ふたりめ、ふたりめ。僕ってモテモテ」

 如月が嬉しそうな笑みを浮かべて「キャッキャキャッキャ」と触手の上で揺れている。すでに衣服は全て脱ぎ捨てたのか千切れてなくなったのか全裸になっている。股間で扇風機の羽根のようにグルグル回る、三つ叉のドス黒い一物がテラテラ光って気持ち悪い。


 俺は学ランの胸ポケットに携帯を入れたままだったことを思い出した。こんなバケモノどうにかできるかはわからないけど、とりあえずこんな時は警察だ。素早く取り出そうとする。しかし、ストラップが引っかかってモゴモゴしてしまう。そういや寧々に無理矢理つけられたポ○モンのストラップをつけたままだった。取り出した携帯電話にはピンポン球大の2体のモンスターがぶら下がり、ゆらゆら揺れている。


「シュウ、それを貸しなさい」

 俺の携帯に気づいた少女が命令する。


「ちょっと待って、警察を呼ぶからその後な」 

 素早く110をプッシュする。


 ……プー、プー。

 間抜けな話し中の音。

 110番が話し中なんてある?!


 そんな俺を無視して、少女は携帯電話をひったくる。二匹のポ○モンを握ると思いっきり引っ張った。ぷちりって音がしてストラップからちぎれた。


「あー、なにすんだよ」

 情けない声を上げてしまう。あのストラップは寧々からのプレゼントだから、乱暴に扱われショックだ。


「すまないわね、シュウ。……大事なものなのはわかるけど、命には代えられないでしょ。だから我慢しなさい」


「何を我慢するんだい? 」

 俺の問いに答える事無く、少女は二個のぬいぐるみをそれぞれの手に握り、口の側へと持って行くと、目を閉じた。


 微かな光が両手から漏れてくる。青白い光だ。小さいキャンドルが灯ったようだ。

 少女は炎に向けてゆっくりと息を吹きかける。まるで火をおこすようにその呼気にあおられて炎まその勢いを増す。瞬く間に青白い炎はバレーボールくらいの大きさになり、辺りを白く照らす。


「行け! 」

 少女が両手を振り、炎が飛び出す。

 炎は二つに分かれ、炎をまといながら如月流星を囲むように移動した。二つの炎は次第に勢いを無くし、消え去る。そしてそこに2体の生物らしきものが現れている。


「まじかよ」

 俺は思わず叫ぶ。


 さっきまで携帯のストラップとしてぶら下がっていた2匹のポ○モンが戦闘態勢で如月に対峙していたんだから。


 一匹はハムスターみたいなぽっちゃりした体型で黄色い体毛、背中に茶色い縦縞。耳の先っぽだけ黒い。そして尻尾は誇らしげに天を貫くようなギザギザ稲妻型。

 もう一匹はほっそりとした体型の猫みたいな奴。白い体だけれどこいつも耳は黒。頭に小判みたいなのを載せてる。

 二匹のモンスターはお互い合図するでもなく、それでもピッタリと呼吸は合っているようだ。

ジリジリと如月との間隔をつめている。


「なめてんのか、チビちゃん。こんなおもちゃで僕をやっつけようとしてるの? ったく、ありえないよねえ」

 奴からはいつの間にか笑顔が消えていた。真剣になったのか、馬鹿にされたので本気で怒ったのか。どちらにしても良い状態ではないな。

 そんな奴をおちょくるように、二匹のモンスターはアニメでおなじみの声で威嚇している。


「さあ、奴を斃しなさい! 」

 少女が命令すると、二匹は攻撃態勢に入る。体から消えていた青白い炎が二匹の体から立ち上り、まるでオーラのように包み込んでいる。


 ハムスター型が体をプルプル震わせる。空気が焼けるような臭いが漂う。何かがはじける様な音も聞こえてくる。発信源はそのハムスターだ。電気を起こしているようだ。

 まるでアニメと同じように発光すると、可愛いうなり声をあげて飛びかかっていく。

 空中で体勢を整えると、全身から放電する。

 空気が引き裂かれるような雷鳴がとどろき、ほとんど目で追うことはできなかったがハムスターからら放たれた電撃は稲妻のように空気を切り裂き、如月の体を直撃したようだった。


「ほんげー」

 間抜けな悲鳴が響いた。それは如月が発したものだった。電撃が結構効いたようで、周囲に肉が焼ける臭いが漂う。

 ハムスターが着地すると同時に、反対方向にいた猫が二本足で立ち上がり両手のツメを鋭く立てているのが見えた。次の刹那、そいつは背後から如月に飛びかかり、そのツメで奴の背中を一直線に切り裂いた。

「うぎゃー」

 これまた情けない悲鳴。


 二匹のモンスターは如月から飛び退き、距離を置く。

 次の攻撃に備えて体勢を整えているんだ。


 案外やるじゃないか。

 俺は少し感動していた。


 あんな小さな、ほとんど実物大のポ○モンが触手お化けに善戦している。いやむしろ押しているくらいだ。いけ、このまま押し切るんだ。一気にいっちゃえー! そんな想いで彼らを操る少女を見た。


 そして驚愕した。


 少女は膝をつき、肩で息をしていた。額からは汗がしたたり落ち、異常なほど困憊している。

 ただでさえ白かった彼女の顔はいまや蒼白になっている。ふらついて立っているのがやっとの様にさえ見える。

 俺は慌てて彼女に駆け寄り、体を支える。


「おい、大丈夫なのか? 」


「ハハハ、思った以上に消耗が激しいみたい……。3体しか起動させていないのにこの有様とは……、情けないものね」


 喋るのもやっとの状態の少女に、俺はどうしていいかわからなかった。ただわかることはこのままでは少女の体が保たないということ。とにかく、ここから彼女を連れて逃げなければならない。

 教室の中では二匹のモンスターと触手の化け物が対峙している。ファーストアタックで二匹のポ○モンが与えたダメージはすでに回復しているようで、雷撃や居合い切りといったワザはすでに見切られ、以降何度か行った攻撃は、まったく奴にダメージを与えなくなっていた。

 ポ○モン達を覆っていた青白いオーラは次第に光を弱めている。

 まるでエネルギーが切れるかのように。

「そうだ、与えた命がもうすぐ尽きる……。やはり、今のわたしではこれが限界みたいね」

 悟りきったような表情で少女が呟く。その瞳には諦めの色が浮かんでいる。


 触手が乱れ飛び二匹に命中する。派手に吹っ飛ばされ、壁に激しく打ち付けられる。

「たいして面白い遊びじゃなかったね。こんなおもちゃで僕を倒そうなんて計画からして無理があったね」

 余裕の笑みで2mの高みから如月が見下ろす。


 勝負あった感じだ。

 壁に打ち付けられた二匹はよろよろと立ち上がる。もはや勝敗は決しているがその瞳には諦めはない。まるで意志でももつように二匹はお互いを見つめあい、そして頷いた。消えかけた青白い炎が再び燃え上がる。

 かけ声らしきものをあげ、二匹は駆け出す。如月に向かって。


「今更! 笑止! フハッ」

 複数の触手が彼らを襲う。

 彼らは左右に回避行動を取りながら触手の攻撃をかわし、如月の本体に飛びついた。

「なにすんじゃあ、このクソ虫」

 如月が叫ぶ。


 二匹はこちらを見た。

 ……そして笑ったように見えた。

 その真意を悟った俺は、少女を庇うように地面に倒れ込む。


 刹那、二匹の体が激しい光を放つと同時に、爆発が起こった。

 轟音が響き、突風が吹き抜ける。

 教室のガラスや蛍光灯が吹き飛ぶ音。壁板が捲れあがり吹き飛ぶ音。

 

 必死で少女を爆発から護るだけで精一杯だった。埃が舞い落ち、辺りが煙る……。爆音で耳がキンキンする。


 俺は少女の無事を確認すると、辺りを確認する。

 舞い上がった大量の埃が落ち着くにつれ、次第に状況が把握できるようになる。

 教室の窓ガラスはほぼ吹き飛び、窓枠があり得ない形にねじ曲がっている。床には残骸やら割れた蛍光灯が散らばり、酷い有様だ。

 結構派手な爆発だ。モンスター達は主人である少女に爆風の影響を与えないように細心の注意を払ったようで、俺たちにはダメージはなかった。しかし、教室の他の部分への破壊は相当なものでこれだとあの如月も無事では済まないだろう……。

 そう思い、再び教室の中央を見る。


「嘘だろ……」

 俺は思わず声を上げる。

 爆心地にいたはずの如月はまるでダメージを受けていないかのようにヘラヘラした笑みを浮かべて宙に浮いたままだった。

 彼の触手でできた足下には黄色と白の布きれが転がっているだけだった。



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