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 ごく一般的な一枚ガラスの自動ドアに隙間があったので、そこに手を引っかけて扉を開く。

 高さは2メートルほど幅は1.8メートル、厚さは1センチメートルほどのガラスの扉は、重さをまるで感じさせず、ほとんど抵抗なく開いた。有る意味拍子抜けした。何年も前から人の手が入っていない建物なんだから立て付けもガタが来ていて玄関ドアも開きにくいのかと思っていたんだ。

 玄関ホールにはまだわずかに月の光が届いているため、肉眼でも何かあったらぼんやりと輪郭が見えるんだろう。しかしそれ以上奥へと進むともはや完全なる闇が支配していた。

 建物内には隙間風が吹き込んでいるのかカタカタという音が時折聞こえる。


「地下室って言ってたわね。さっさと行きましょうよ」

 俺は彼女を制し、小声で囁く。


「こんな真っ暗な中にライトも無しで平気で入っていくなんてどう考えてもおかしいでしょ? 【普通の人間】なら何も見えないはずだよ」


「そうなんだ。おまえたちは……なんか、うん、めんどくさいわね。手続きをいちいちふまなくたって、さっさと行ってさっさと片付けちゃえばいいのに」

 ブツブツ文句を言う王女は置いておいて、ポケットから携帯電話を取り出す。

 黒いボディに4インチディスプレイ。そしてタッチパネルだ。

 これは学校から支給されているもので、大きな液晶画面が自慢の最新型だ。学校の出入りや各教室の電子キーの解除、本の貸し出し、購買や食堂での支払いも可能。当然、学校の内外では学生証という身分証明書にもなるし、学校からの様々な連絡もすべてこの端末に送られてきてペーパーレス化に大貢献している機器なんだ。通話・通信料は激安で、当たり前だけどネット閲覧も快適で、当然ながら学校側がセキュリティ権限を持ち閲覧の制限をかけることもできるんだ。噂ではGPS機能もついているからその気になれば生徒の所在地も検索できるそうだ。おまけに通話通信履歴もすべて学校が把握しているとかしないとか言われている。

 ちょっとよろしくない機械なんだけど、これが無ければ学校での生活はできない仕組みになっているから全生徒は所持せざるを得なくなっている。

 なんせ、学校や教室に入れないんじゃ話にならないからね。買い物だってキャッシュレス。もちろん上限は生徒の銀行口座の預金額が上限となるから使いすぎも無くて安心。ちなみに銀行は指定されていて、学校の出資社でもある。


「この携帯はライト機能や防犯ブザー機能がついているから、こんな暗闇もへっちゃらさ。おまけに10気圧防水だから風呂に落としても大丈夫。対ショック機能もあるから、落としたってそう簡単には壊れないタフさなんだ」

 誰かが聞いているのを前提で王女に状況説明する。


「へえ、……何がすごいのかはわからないけど、まあいいわ。さっさと行きましょう」

 二人は玄関通路を抜け、ホールへと出た。

 そこは建物1階の半分近くを使用した巨大な待合いとなっていて、かつては高価な調度品とかが置かれていたんだろうと推測できる。中央付近には受付があり、向かって左隣に2台のエレベータの扉がある。

 当然、電気が来ていないから、それは使用できない。

 携帯のライトを照らし、その隣にある階段へと歩いていく。床は基本的には埃っぽいけど、何人もの人の出入りがあったのがその埃の積もり具合でよくわかる。人の出入りのあった場所だけ、埃が無くなっているんだ。

 最近も地下へと行っている人間がそこそこいるようだ。


「さて、階段を下りていきますか」

 そういうと王女の手を握り、階段をゆっくりと下り始める。王女もおとなしく付いてきている。わざと蹌踉けて俺にしがみついてきたりもした。

 むむん……。

 階段はライトを消せば完全な闇に包まれるほど濃い黒色だ。

 今のところ、先ほどまであった人の気配がもはや感じ取れなくなっている。

 意識集中し辺りに探りを入れてみる。

 ……先ほどまであった気配はどうやら無くなっている。ただの気のせいか、もしくは既にどこかに去っていったのか? 

 連中は息を潜めて部屋で待っているのかもしれないな。

 そんなことを考えながら階段を下りると、すぐに地下一階のフロアに降り立った。

 

 中央にエレベータと階段があるこの建物の地下は、階段を中心に扇形に部屋が構成されているかのようだ。

 階段を出たすぐのフロアを取り囲むように、同じようなドアが円を描いてずらりと並んでいるのが見える。扉の向こうはさらにいくつもの小部屋に分かれていたりするんだろうけど、それをいちいち見て回る暇もないし、あまり興味もない。


「ウルシダという奴はどこにいるの? 」


「ちょっとまって。電話してみるから」

 といって携帯の画面をみると【圏外】表示が出ていた。……地下だから当然か。それに一応は病院なのだから電波を遮断する措置がとられているのかもしれない。

 電話が使えないんなら仕方ないな。とれる方法っていえば音声による呼びかけしかないだろう。


「おーい、漆多ぁー。俺だ、月人だ。どこにいるんだ」

 声を張り上げて叫ぶ。

 建物に声が反響する。わんわんわん。

 

 少し間をおいて反応があった。

 コツコツと地下に響く足音がかすかに聞こえる。


 ガチャリ……。

 俺たちが立つ場所から左手のほうにある扉が、金属が擦れる耳障りな音とともにゆっくりと開く。同時に明かりが漏れてくる。

 ドアの向こう側から手が伸びてきて、こちらに手招きをする。

「こっちだ、こっち」


 ライトの光で向こう側がよく見えない。誰かが立って手招きしているのだけはわかる。

 くぐもった弱々しい声ではあるけれど、声の主が漆多であることは間違いない。

 俺は扉の中へと入っていった。

 携帯のライトで照らしてみる。部屋の奥にはいくつもの扉付きのが並んでいて視界を遮る。

 どうやら倉庫だったようだな……。

 部屋の全体像を見るために俺たちは部屋の中央へと歩む。




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