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「柊様、お待たせしました」

 十さんからの電話だった。

 すぐ側まで来ているそうで、詳細な場所を教えてくれとのことだった。

 俺は公園の場所を伝えた。


 俺の親父、……最近は会ってないけど、は学園都市の建築にもだいぶ関わっているようで、そのせいか、ある程度の地位・権力が行使できるようなんだ。だから通行規制や立ち入り規制のあるエリアでも自由に出入りできる。当然、彼の車も自由に出入りできる許可を得ている。だからこんな時間にもセキュリティなど関係なく入ってこれるんだ。


 数分のうちにまっ白い4ドアセダンが現れた。

 遠目にもその車が高級車であることがわかる。


 俺の親父の趣味が色濃くでている車。

 ……メルセデスベンツだ。

 それもノーマルじゃない。

 やたらとでかい6本スポークのホイールを履かせていて、タイヤの厚さはかなり薄い。

 ブラバスとかいったように思う。

 エンジンが低く唸っている。


 ライトがスモールになり運転席のドアが開く。


 背の高い人間が現れる。

「柊様……お待たせしました」

 俺の姿を見て一瞬だけ動揺したような顔をしたが、すぐに平静を取り戻した態度になる。


 素肌に学生服を着て、ズボンの右脚が千切れていてそれがずり落ちないように手で引っ張り上げている姿はとても異様で滑稽に見えただろうに。

 そして彼には俺が全身血まみれだということは、すでにばれているみたいだ。


 十さんはグレーのスーツを着こなし、髪を短く切りそろえ、おまけに顔はちょっと厳つい。目つきだって人を射るような感じなんだ。何も知らない人がみたらヤクザにしか見えない。特に凶暴な態度や威圧的な雰囲気なんてちっとも漂わさないけど、常にピンと張り詰めた何かを感じさせる人だった。

 まあ俺や妹の亜須葉にはとても優しい兄貴みたいなもんだったけど。


「十さん、スミマセン。こんな夜中に来てもらって……。見てわかると思うけど、まあこんな状態なんだ」


「はあ。電話の感じからまさかとは思いましたが、これほどの状態とは……。しまったな」

 なんだか申し訳なさそうに彼が言う。

 俺を見、隣に立っている王女を見、なにか不審気な顔をしたと思ったらまた困ったような顔をした。


「十さん? どうかしたの」


「いやその。……柊様、申し訳ありません」

 そう言って彼は車の方に目をやる。


 ガチャリ。


 突然、車の後部座席の扉が開いた。

 そしてそこには一人の少女が降り立つ。


 あ……。


 そこには、少しつり上がり気味の大きな瞳をした、長い真っ黒な髪の少女が立っていた。


「にいさん! ……どうしたんですか。どうしてそんなことに」

 俺が何かを言い返そうとする間も与えず、俺の側に駆け寄って来る。


 妹の亜須葉あすはだ。


 なんてこった。こんな時によりによってこいつが来るなんて……。

 俺は恨めしそうな目で十さんを見る。


「すみません。亜須葉様に見つかってしまって、何かあったのかと聞かれ、誤魔化そうと思ったのですがそれもうまく行かず……。話を聞くとどうしても連れて行けというもんですから……。まさか柊様がこんな状態だとは思わなかったもので、つい」

 頭をかきながらすまなそうな顔をするけど、ちっとも反省しているようには見えないのは気のせいか?


 亜須葉は泣きそうな顔で俺の顔を見上げる。瞳は涙で潤んでいる。



 一年ぶりくらいかな? こいつとまともに顔を合わせるのは。ちょっと見ない間にまた色っぽくなっちゃったなあ……と思ってしまう。まだ中学生なのに大人びた顔をしているからなあ。


 感慨深げにしている俺に構わず、亜須葉は俺の体を叩いたり触ったり撫でたりしている。

「にいさん、大丈夫なの? こんなに服がボロボロになって……、これ血じゃないんですか? 怪我をしたんですか? すぐに病院に行かなくっちゃ。十、お願い!! 」

 腕を取ると無理矢理車に押し込もうとする。


「あ、亜須葉。うん、俺は大丈夫だよ。全然平気だから」

 本当に大丈夫なんだけど、常識的には全然そうは見えない感じなんだろうな、うん。そんなことを考える。

「ほら、全然痛くもないし、血も出ていないよ」

 そういって俺は手を振ったり、腕をグルグルと回してみたり、体を揺すったりしてみせる。


「でも、何でこんなにボロボロになってるの? 何をしたらこんな格好になるというんですか? こんなの、誰かに暴力を振るわれたりしないとならないはずです。一体、誰が? まさか……、にいさん、学校で誰かに虐められているんですか」

 妹の瞳からは涙がこぼれ落ち始めている。

「わたし、ずっとにいさんの事が心配だったの。家を飛び出して行ってから、ずっと連絡もくれないんだもの。……お願い、本当の事を言ってください。もし学校で虐められたりしているんなら、わたしにだけは話してください」


「いや、そんなことなんてないよ。これはちょっとした事故みたいなもんで……」


「にいさん。わたしにだけは隠し事はしないで。真夜中にこんな格好でいるなんて普通あり得ないわ。一体どうなっているというんですか」

 真剣な目で俺を見る亜須葉。本当にマジな目だ。本気で俺の身を案じてくれているんだから嬉しいことではあるんだけれど。


 やばいなあ。こまったなあ。


「もし俺が誰かに虐められてたらどうするんだ? 」


「もちろん、ただではすませません。十に命じてそれ相応の償いをしてもらいます。そうよね、十? 」


「亜須葉様のご命令とあらば」

 十さんは、ごくごくあっさりと言う。


 彼にどんなことがあったのかは知らないけど、彼にとっては娘といってもおかしくない年齢差のある妹に対して絶対的な忠誠を誓ってるみたいなんだ。親父に命じられてそうなっているのか、本当に妹に帰依しているのかは知らないしわからない。何か絶対的な恩義でもあるのかな。

 でも本当に亜須葉が命じれば彼は躊躇なく、自分の肉親さえも殺しかねないんだな。シャレになんないと思うぞ。


「大丈夫だよ、亜須葉。本当にちょっとした事故があっただけで、俺は無傷だ。ただ、なんだかんだでこんな時間まで学区エリアにいることになっちゃって、身動きが取れなくなったんだ。お前だって中等部に通っているからわかるだろ? こんな格好で誰にも見つからず、カメラにも写らずにここからは出られないからね。そんで、こんなところを見つかったりしたら、とっても厄介なことになるからね。だから十さんに助けを求めたんだよ」

 ちょっとした事件が何かは言えないんだけどね。

 本当のこと知ったら、半狂乱になっちゃうだろから。


 どういうわけかそれについては亜須葉は聞いてこなかった。納得はしてないだろうけど。



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