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沢山、勉強で勝負したけれど、負けまくった。本来ならもっと沢山買わなければならなかった。……でも、なんだかんだで「教科ごとに一つでOK」というルールにしてくれた香奈さんの優しさに、まんまと嵌められている気がする。
体操服から制服に着替え、生徒玄関近くの購買に向かう。
――あぁもう、今日だけで感情のアップダウンがジェットコースターすぎる。だけど香奈さんの楽しそうな笑顔が見られるなら、ちょっとくらいなら……負けるのも悪くない、かも。
購買でイチゴミルクと小さなチュロス、焼きそばパンを購入。百円から一五〇円の品で、出費は最低限に収めた。彼女の摂取カロリーなど、考える必要はないだろう。
昼休みの時間が三〇分程度しかないため、早足で教室まで戻る。服を着替えた女子たちが教室に戻ってきており、男女に分かれて持参した品で食事していた。
「あ、きたきた。神村くん、早く早くー」
香奈さんが手を上げ、手招きしてきた。何の躊躇もなく近づき、彼女に戦利品を渡す。この場面だけ見ると、僕がパシリに見えてしまうな。
「いいじゃんいいじゃん。いやー、昼食代が浮いて助かるー」
購買で昼食を買う予定だったらしく、弁当を持って来ていなかった。体育あとという状況も重なり、お腹が空いていたのかすぐに戦利品に手を付け始める。
僕も自分の席に座り、だれかと弁当を食べる時間もないので、ボッチ飯。
いや、よく見たら香奈さんが集めたであろう女子たちが数名固まって会話しながら食事していた。
まるで、僕までこのメンバーの一員のよう……。ただ、僕は女子ではないので彼女たちの会話に入れるわけもない。妹や姉がいれば真面な対応ができていたかもしれないなぁ。
「部活と勉強を両立させるのって難しいし、やっぱり楽な部活に入るのが吉っしょ」
「でもでも、楽な部活にいる男子ってみんな軽そうじゃんか。やっぱりしっかり者の男子がいるちょっと厳しめのマネージャーが一番の穴場だと思うんだよね」
香奈さんの周りに集まるのは、日の元に照らされているような女子ばかり。という訳でもなく……。
「昨日の深夜アニメ見た? もう、イケメンたちの総合戦でリアタイ不可避だったよ」
「見た、見た。もうね、ほんとなぜあんなイケメンが現実にいないのか。まあ、現実にいても話しかけられないんだが……」
少し日陰で咲いていそうな女子も集まっている。皆、香奈さんが集めたのだろう。
彼女は聖徳太子を思わせる対応力を見せ、話題を完全に網羅していた。本当に頭がいいんだなと思いながら、僕は弁当を食べ進める。
三〇分という短い昼休み時間が終わり、午後の授業が始まった。
運動と食事により、睡魔が襲ってくる時間帯。高校生は昼夜逆転しやすいらしいのだが、僕はまだ耐えられた。最初から勉強で遅れてしまえば追いつくのが難しくなってしまう。
「じゃあ、次は何を掛けようかなー。ひりひりしないと、眠くなっちゃうよね」
「お金を使わなければ受けて立つよ」
これ以上、財布が寒くなるのは困る。ただ、僕は彼女にゆだねてしまったのを今になって失敗した。
「負けた方が勝った方に好きっていうのはどうかな。目が冷めそうじゃない?」
「く……、お金がかかっていないのに、妙にヒリヒリする。でも、それは……」
「なになにー、神村くん、私に負けっぱなしで終わってもいいのー」
物凄い余裕の表情で、僕の熱くなった頬を見つめてくる。僕だって負けっぱなしは男としてやはり悔しい。一勝でも出来れば、彼女にも同じ気持ちを味合わせられる。
了承し、化学の問題を解きあう。問題が一問一答形式が多く、彼女は一問ずつ勝負を仕掛けてくる。今日の授業範囲と言えど、まだ暗記できていない部分が多く、完全に打ちのめされる。
「く、くぅ……」
「じゃあ、一九回、好きって言ってね。ちゃーんと目を見ながらじゃないと駄目だよ」
負けてしまったのだから仕方がない。好きではない相手に好きというのは、少し心苦しい所がある。でも、言い訳しようもないほど惨敗した。甘んじてバツを受ける。
僕は香奈さんの目をしっかりと見る。「好き」と一言。彼女の視線が一瞬で明後日の方向に向いた。
「も、もう、いい、大丈夫。今の一回で、一九回分にしておいてあげる」
「でも……」
「そ、想像していたのと違うから、もういいって。それ以上されると、こっちがどうにかなりそうだから……」
香奈さんは僕の頬に手を当て、ぐいぐいと押し返してくる。彼女がそういうのなら、仕方がない。ありがたく一回だけで終わらせてもらった。
「この罰ゲームは駄目だな……、封印しておこう」
誰もいない場所を向いたまま、彼女は聞きとりにくいほど小さな声でぼそぼそと呟き、耳外をじんわりと赤らめた。余裕しゃくしゃくとしていた彼女がとまどっている姿にギャップがあり、非常に可愛く見えてしまう。
午後、二教科の授業を終え、掃除の時間。女子は履いていたスカートを脱ぎ、体操服の短パンとカッターシャツ姿で掃除中。
男子は上着を脱ぎ、掃除。中学校と大して変わらない所もあると思うと、ちょっと安心した。ただ、内履きがスリッパなので脱げやすい。天気占いで遊ぶ生徒もおり、まだ中学生の雰囲気が抜けていなかった。
そんな中、僕はもくもくと掃除を続ける。内申点稼ぎというと聞こえが悪いが、日ごろの行いで大学進学の足がかりになるなら、頑張った方がいいだろう。さぼり癖がつくと直すのが大変なのは部活でよく知っている。
香奈さんの視線がよく僕の方に向いている気がするものの、そっちを向けば彼女は黙々と掃除中。逆に僕が彼女を何度も見ているような気がして、勝手に胸が熱くなった。
なぜ、気になるのか。それは、やっぱり彼女が星野さんと雰囲気が似ているから。
こういう男が将来ストーカーになったりするのかな……。き、気を付けないと、彼女に気持ち悪がられかねない。せっかく、話しかけてくれる優しい女子に嫌われたら、その後の高校生活は何色に変わってしまうか、想像に容易かった。
「こ、小日向さん、放課後にちょっと話があるんだけど」
掃除終わり、バケツの水を捨てに行っている最中、廊下にいた香奈さんにおそらく粟野中学校出身の生徒が話かけていた。別クラスの男子だった。香奈さんは気軽にOKを出し、短い会話が終わる。
僕はバケツの水の重さを忘れるほど、意識が彼女たちに向いていた。




