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星が綺麗だとか、ベランダで風に吹かれながら飲む缶ジュースが美味いだとか、たまに無償にお酒を飲んでみたくなる時があるとか、ほんと大した話ではない。
でも、彼女が生き生きと話してくれるから、僕も聞いてしまう。
「神村くんって、何かやってみたいことってあるの?」
「やってみたいことか。犬や猫を飼ってみたいし、富士山に登ってみたいし、東京とか沖縄、北海道にもいきたい」
「もー、そういう意味じゃなくて。彼女ができたらやってみたいことだよ」
「か、彼女って……」
――香奈さん、し、深夜テンションが過ぎるよ。
「キ、キスとか……?」
「へぇー、神村くんはキスだけで満足なんだー。意外に草食なのかな? 神村くんなら、ヤリチンの才能があると思うけどなー」
「も、もうっ。香奈さんが飲んでの本当にジュースだよね。ビールとか缶酎ハイとか飲んでいるわけじゃないよね?」
「ふふふっ、もし、私が飲酒や喫煙していたらどうする~?」
「めっちゃ叱る!」
「きゃぁ~、暴力反対。神村くんのいけず~」
ピロンと携帯電話が鳴ると、香奈さんの手元が映された写真が送られてくる。真っ赤なコカ・コーラの缶だった。デザインのプリント部分だけではなく、飲み口部分のアップ写真も送られてくる。意図はわからないが、少なくとも彼女が飲酒しているわけではないとわかった。
「夜中にジュースを飲んだら太っちゃうよ」
「大丈夫、大丈夫。私、太りにくい体質だから。栄養はね~、ぜーんぶ胸に行っちゃうの」
またもや、ピロンと携帯電話が鳴ると缶ジュースの飲み口にストローを刺し、胸もとにおいて飲んでいる彼女の写真が送られてくる。意図がよくわからない。でも、おそらく胸が大きいということを主張したいのだろう。確かに大きい。だからなんだと思うけれど……。
「ジュース零れちゃった。最悪なんだけどー。胸、ベタベター」
「お菓子で遊んじゃいけません」
「はぁ~い。反省してまーす」
絶対していない……。
三十分ほど電話して、今日は寝落ちすることなくちゃんとお休みの挨拶ができた。ちょっと勉強して、眠くなってきた。ベッドに横たわり、眠る。
次の日、今日はやけに早く目が覚めた。午前五時頃。まだ、外は暗く、人の気配は微塵もない。
ベッドの上で寝返りを打ち、もう一度目を瞑って眠ろうと思っても、すっかり冴えている。
中学のころは朝早くに起きて外を走っていた。
三年間も続けていたら体の体内時計がその生活に合わさってしまい、ホメオスタシスが速く走りに行けと急かしてくる。
ジャージに着替え、ランニングシューズを履き、首掛けのライトを身に着けて夢街道という道を走る。
薄暗い空がだんだん白んでいき、東から日が現れ始めるのは六時ぐらい。野坂山の表面が照らされ赤白く輝いていた。田んぼに張られた水に反射する日光が眩しい。
右手に光合成を始めた稲の緑色が一面に広がり、前方は赤色に舗装させた地面が続いている。
左手を見れば住宅が立ち並び、ところどころ田んぼが混じっている。走り慣れた道。ああ、朝の空気って、やっぱりいいな。
午前六時を過ぎると、朝が早いお年寄りや犬の散歩に出てくる人がちらほら現れる。
走っている者はあまり見かけない。それがちょっとした優越感だったりもする。逆に走っている人を見つけると、辺にライバル意識が現れ、ちょっと早く走ったりする。
まだ、まだ、子供っぽいなと思いながら家に戻った。
家を八時前に出れば朝のホームルームに余裕で間に合う。でも、それまで家で特にすることもなかった。
ゲームやらマンガやら、父親が全く興味がなく、僕も何世代も前のゲーム機器しか持っていない。今の時代、そういう子の方が少なそう。
でも、携帯電話でゲームができる時代なのに、やっていないから、そもそも僕はゲームに興味がないのかな……。多分、ゲームの面白さを知らないだけだと思う。陽翔くんの家でゲームした時は楽しかったから、たぶん嫌いじゃない。
ゲームや漫画の話についていけなかったから、男子と馬が合わなかったのかな。そんな気がしなくもなかった。
小学校の時は朝早く起きる習慣が特になかった。中学校の頃は部活のために走った後も体を鍛えようと筋トレしていたけれど、今、やる必要があるのだろうか。
そんなことを考えている間に、腹筋やスクワット、背筋などが終わっていた。それでも、午前七時前。
母親が作った味噌汁と炊き立ての白米、弁当に入れあぶれた残り物をおかずに朝食を済ませる。朝早めに家を出て、敦賀高校に向かった。
午前六時頃からすでに開いているので、問題ない。
午前七時一五分、教室に来るとパーッという甲高い音が聞こえた。笛のような音色だが、安っぽさがない。金管楽器の音と気づき、教室の廊下側の窓に空いた隙間から中を覗く。
すると、ボロボロと泣きながらトランペットの口の部分に息を吹きこんでいる嵐山さんがいた。
苦しさ、悲しさ、悔しさ、嬉しさ、など、泣くのも様々な要因があれど、彼女は何を思って吹き続けているのか表情からは読み取れない。
ただひたすら音を鳴らし、一定の長さと高さを出せるように練習している。その音色は力強かった。悲しさや嬉しさではなさそう。苦しさ、悔しさ、怒り、そんなところか。音楽に正通していた経験はなく、ただの僕の主観でしかない。
――ど、どうしよう、入りづらい。
僕は教室と廊下を区切る壁にもたれ、その場で座り込んだ。いつの間にか音が止み、廊下側のスリガラスの窓がガラリと開け放たれた。
嵐山さんは鉄製のサッシを飛び越える勢いで手を乗せ、覗き込んでくる。ツインテールがポニーテールになっていて、顔周りがすっきりして見える。
「もう、なんで入ってこないの?」
そう言って笑う彼女は、泣いていたさっきの姿とはまるで別人。けれど、よく見ると目がちょっと赤いままだった。




