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「もし、ここで可愛い可愛い私の誘いに乗っていたら、その程度の男なんだなーって、思ったけど、やっぱり神村くんはいい男みたいだね」
「女の子から見たら、男子はみんなバカに見えるかもしれないけど、みんながみんな腑抜けというわけじゃない。僕だって、男らしくありたいと思っているから……」
ベンチから立ち上がり、大きく伸びる。男らしいと自分で言っていてもよくわからない。きっと自分の中の男らしさを持たないといけないんだ。それが自信なのかな。
「じゃあ、学校に戻ろうか」
「えぇー、せっかく海に来たんだから、ちょっと遊んで行こうよ」
「遊ぶって……、遊ぶところはないよ」
「じゃあ、追いかけっこ」
「香奈さん、走れないでしょ」
「神村くんが背負ってくれればいいじゃん」
「それ、誰を追いかけるのさ……。もう、捕まってるじゃん」
僕たちは砂浜に足を踏み入れ、波打ち際までやってくる。握りやすい石を持って、海に向って投げ入れても、広大な日本海は何も変わらない。
香奈さんはへたっぴな投げ方で、石が五メートルも飛んでいなかった。逆に才能なのではなかろうか。
遠くから僕たちの姿を見たら、男子と女子が砂浜で遊んでいるように見えるのかな。はたまた、お姉さんと弟が遊んでいると思われるだろうか。
――僕は香奈さんにとって、何なんだろう。クラスメイトで、ただとなりの席にいる男なのかな。逆に僕にとって香奈さんは何なんだろう。友達、彼女、そんな繋がりはないけれど、彼女と一緒にいると心が躍る。
「私、何気に家族いがいと海に来たの、初めてなんだー」
「えぇ、こんな近くに海があるのに……」
「言ったでしょ。私、根は陰キャなんだって」
明るい日差しを反射する水面みたいにキラキラした笑顔で、陰キャと言う人がいるだろうか。僕は見た覚えがない。
砂浜をきゅっきゅっと踏みながら歩いていると足下が安定しにくく、香奈さんの左足首に負担がかかり、砂浜に倒れ込みそうになった。
慌てて細い腕を掴み、引き寄せる。ただ、思っていた以上に強く引っ張ってしまい、重心がブレブレになった。彼女を抱きかかえるように転んで、砂浜に寝転がる。
砂がクッションになってくれたので、痛みはない。痛みはないが、香奈さんの顔がもう拳一つ分もない距離にあった。彼女の大きな瞳に映る僕の力んだ顔がわかってしまうほど近い。視線と視線がぶつかり合い、固まった。抱き合ったまま時間が止まったように感じる。
声を出すことも、視線をそらすことも、ままならない。きっと、一秒、二秒くらいしか経っていないのに、ずっと長い間見つめ合っていたような気分だ。
「香奈さんはやっぱりドジだよね」
「い、今のは、ドジとか関係ないでしょ……。神村くんが強く引っ張ったからバランスが崩れちゃっただけだもん」
早く離れないと、彼女に何を思われるかわからない。
男が苦手なんだったら今までももっと他の方法で助けてあげればよかった。でも、本当に男が苦手なら、そもそも僕に拘わってこないのでは?
でも、嘘を言っている雰囲気じゃなかった。つまり、僕は男として見られていない。僕が男っぽくないから、付き合ってみてもいいって思えると言ったのかな。
「か、神村くん、もう、放してもらっても大丈夫だから」
「あ、あぁ、ごめん」
僕は力を緩めると、香奈さんよりも先に立ち上がり、彼女を引っ張り起こす。
「足首を痛めると不便だね」
「ほんと、二足歩行の欠点よね」
香奈さんは砂浜からコンクリート舗装された場所まで僕の腕を抱きしめながら歩いた。
背負おうかとも思ったが、すぐそこだ。足場の安定しない砂浜なら背負うのも危険だった。
腕を組んだまま、砂浜を出た後、なぜかずっと腕を組まれたまま、歩いた。やめ時を見失ってしまったのかもしれない。
ただもう、支えはいらないんじゃないのと言うのも、ちょっと薄情な気がする。僕が思っている以上に足首が痛むのかもしれないし……。
この時期、この時間帯に海に来る者は少ない。車の通りもない。静かな松原は独特な雰囲気を纏っていた。決して遭難する広さでもなければ、絶対に安心と思えるほど狭くもない。お化けの出てこないお化け屋敷のような感覚。
そんな中、彼女と腕を組んで歩くなど、ここに来るまで想像もしていなかった。
松原を抜けると、前方に松原交番、右手に松陵中学校、その奥に敦賀高校が見える。まだ部活動が行われているため、下校している生徒は見当たらなかった。
何事もなかったように香奈さんは腕を放し、スタスタと早足で歩いていく。信号機が青だったから早くわたりたかったのかもしれない。
さっきまでの甘々モードは幻だったのかと自問自答しながら、僕もそのあとを追いかけた。
教室に戻ると午後六時ごろになっていた。三十分だけ勉強した。
「じゃあ、そろそろ帰るね」
「わかった。あぁ、もうすぐゴールデンウィークだけど、何か予定ってある?」
「いや、特にないけど……」
「んー、了解」
香奈さんはそれだけ聞くと文庫本に向き合っていた。もう、そろそろ下校時間だが、まだ残るようだった。親の迎えが来るのかもしれない。
僕は質問の意味を気にすることはなく、ただの会話として聞き流す。薄暗くなった廊下を歩き、西日すら暗くなり始めた時間帯。部活の音がようやく止み、学校という生物が寝静まったように感じる。
下校を始める生徒も増え、張り詰めた緊張感のない、穏やかな時間。多分、今が学生たちにとって一番自然体でいられるころだ。
ほど良い疲労と夜の静けさが荒立った気持ちを静めてくれる。
僕としては、なぜ香奈さんに星野さんのことを言ってしまったのかと今更羞恥心にかられまくり、誰もいない所で「くっ!」と息詰まる。全然穏やかじゃない。
生徒玄関を出ると吹奏楽部の練習はまだ続いていた。さすがブラック部活。
最近は午後七時に全員帰らなければならなくなったため、多少緩和されたらしいが一昔前ならもっと残って練習していたころもあるらしい。時代が変われば、部活や勉強の対応も変わっていく。でも、恋の対応は今も昔も変わらないのではなかろうか……。
「あれ、神村じゃん。部活終わり?」
薄暗い場所にいると幽霊を思わせる色白な肌と覇気のない雰囲気を持つ楽間さんが立っていた。ニューバランスのスニーカーをタイルの床に投げ、内履きを下駄箱に入れていた。




