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「いや、さっき特別な人の話したからさ。神村くんはどんなタイプが好きなのか、ちょっと気になって」
「か、香奈さんはどうなの……。好きな人とか、いるの」
僕は自分の口から好きな人の話を言い出すのは勇気が出なかった。だから、彼女にも同じようなことを聞いてしまった。自分でもずるいと思う。
少し間をおいて、香奈さんは潮風に揺れる短い髪を耳に掛ける。閉じていた瞳を開き、僕の目をしっかりと見ながら答える。
「……私、男って苦手なんだよね。なんていうか外ヅラだけ見て、好きになってくる感じがどうもダメで、真面に好きになった人がいないの」
「なるほど……」
からかうのが好きで、ちょっとほら吹きで、妙に掴みどころがない彼女にしては、表情や瞳に淀みがなく、心の内を言っているように聞こえた。
好きな人がいるけど言いたくないだけかもしれない。本当にいないのかもしれない。でも、質問に答えられてしまったからか、僕の口も自然に開く。
「えっと、中学の時に好きな子に告白して、失敗しちゃって……。今、どこにいるかわからないんだけど、まだ好きなんだ」
「へ、へぇー、そ、そうなんだ……」
僕が女々しく恥ずかしがっていたからか、彼女も視線を反らし耳が赤くなった。
「あの時、なんて言えばよかったのか、今でもわからない。三年間好きだったのは確かだし、外面的な部分しか知らなかった。ここで何も言わなかったら一生後悔すると思っていた。だから勢いで告白しちゃって。その後のことは何も考えてなくて。でも、一つ確かなのはあの告白はただの思い出にしたかったわけじゃない」
香奈さんの方を見ると、耳どころか頬や首まで赤くなっているように見えた。体から湯気が出てしまうんじゃないかと思うほど熱そう。
「い、今は付き合ってみたいって思っているの?」
「僕は、星野さんについて全然知らないんだ。進学先すらわからない……。だから、付き合って上手くいくのか自信がないし、そもそも、今からじゃもう手遅れとしか思えない」
「神村くんの言うことを纏めると、外ずらも内側も知っている女の子だったら付き合って上手くいく自信があるってこと? じゃあ、私と付き合っても上手くいくってことかな?」
「い、いや、香奈さんは学校の人気者だし、美人だし、可愛いし、面白いし、僕なんかじゃ、全然つり合いが取れないよ……」
「神村くんって、ちょっと変わっているよね」
「ど、どこが? 僕としては普通よりだと思っているんだけど」
「超女たらしみたいになったと思えば、超男らしくなる時もあって、でも超なさけなーくなる時もある。多分、神村くんが思っている以上に普通じゃない。というか、普通の人間なんかいない。皆、それぞれ個性を持っている」
「色々言いたいことはあるけれど、まあ、普通の人がいない話は何となくわかる……」
アイスも食べ終わり、この場にいる理由も特にない。ただ、波の音を聞きながら香奈さんと会話が続く。
「神村くんは凄いのに、どうして自信がないの?」
「どうしてと言われても。僕にもわからない。見た目が男らしくないからかな……。自信を持てる経験がないからか。いつも、本番になると緊張して、上手くいかなくなっちゃう」
部活の練習中ではうまくいっていても本番になるとお腹が痛くなったり相手の方がずっと強そうに見えてしまったり、ここぞという時に緊張と自信のなさが組み合わさって失敗してしまう。
「ほんと、どうしたら逆に香奈さんみたいに自信満々でいられるのか知りたいよ」
「私が自信満々に見えるんだ。なるほどね。何となく合点がいった」
香奈さんは一人で盛り上がって、僕には全然教えてくれない。難しい問題を先に解かれて答えを教えてくれない状況に似ている。
「神村くんが好きになった女の子は、堂々としてた?」
「うーん、あんまり目立つタイプじゃなかったかな。地味めで、でも目が離せなくて……」
「ふーん。きっと、神村くんが持ってないものを、その子が持ってたんだね」
「え、それってどういう……」
「深い意味はありませ〜ん♡」
手をヒラヒラと軽く振って、香奈さんがにっこり笑う。その笑顔に、ちょっとドキッとする。なんだよそれ、反則じゃない?
「ねえ、神村くんの好きな女の子の名前を教えてよ」
「えっ、い、今っ……?」
「一人じゃ探せなくても、二人なら案外早く見つけられるかもしれないよ。ほら、誰にも聞こえないような小さな声でもいいから」
香奈さんはグーっと近くに寄って来て、耳を傾けてきた。ものすごく距離が近い。なぜかずっといいにおいがする。意識しすぎると心臓がどうにかなってしまいそうだ。
好きな女の子の名前を言うのは恥ずかしい。でも、彼女は情報収集能力が物凄く高い。もしかしたら、本当に見つかるんじゃなかろうか。ここで、恥ずかしがっていたら前に進めない。
謝るなら早い方がいい。名前すら忘れられてしまいかねない。
「ほ、星野香奈さん……って言うんだ」
「へー、私と名前がいっしょだね」
香奈さんがわざとらしく目を丸くする。その顔が、ちょっとだけ赤い気がしたのは気のせいか?
「でも、なんかなー。私もすっごく可愛いと思うんだけど、神村くんは星野香奈さんって子の方が好きなんだー。やっぱり、男の子はミステリアスな子の方に惹かれるのかな」
「お、思い出補正とか、時間の長さとか、サンクコスト効果が働いちゃっているのかも……」
「思い出の数なら、もう私の方が多いと思うし、話している時間も私の方が長いでしょ」
「そ、そうかもしれない」
「私、神村くんとなら、付き合ってもいいかなってちょっと思ってるんだよね……。私じゃ、駄目なのかな?」
香奈さんは指先をつつき合わせながら、上目遣いでこっちを見つめてくる。その表情は、あまりにも可愛すぎて、まるでハニートラップを仕掛けられているような気分になってくる。
――本気で言っているのか? それとも、また僕をからかっているだけなのか?
「その……、僕は、まだ星野さんから真面な返事を貰っていない。勝ち負けがわかっていないのに、諦めるのは難しいよ。そんな状態で他の人を好きになるのも難しい。それに、香奈さんは僕のことが好きってわけじゃないでしょ」
香奈さんは「うん」とあっさり認めた。でも、どこか清々しい表情で、おちょくられていたのに彼女を憎たらしいと思えない。きっと、悪意があっていっているわけじゃないんだ。




