14
時間もないので、それぞれが持参した弁当やおにぎり、カロリーメイトなどの携帯食料を食べる。
僕はグチャグチャになりにくいおにぎりを保冷剤で冷やしながら持って来ていた。福井県産コシヒカリだから冷めても美味しい。福井梅を使った肉厚で塩味の強い梅干しが疲れた身体に染み渡る。
断然、パンより米派。長い間歩き、爽やかな風に吹かれながら、辺りを女の子に……じゃなくて山に囲まれた状況で食べるおにぎりの味は格別だった。
「神村くんのおにぎり……、美味しそう」
香奈さんが、ちょっとだけこちらを覗き込む。肩がぶつかり、花のいいにおいがする。沢山汗をかいたはずなのに、どうしてそんなに良いにおいがするのか謎だった。
「一口、もらっていい?」
「え、別にいいけど……、食べ懸けじゃない品もあるよ」
「ううん、一口でいいの。だって、神村くんが食べているおにぎりが美味しそうなんだもん」
なんだよそれ。彼女は僕が持っていたおにぎりを一口かじって、にんまり笑った。
他の山に向って「可愛いいぃいっ!」っと叫んでやりたい。なぜ、彼女はここまで僕に絡んでくるのだろう。隣の席だからといって普通、ここまで積極的にかかわってくる?
女の子という生き物は男子とまるっきり別だ。だから、彼女たちが考えていることが一切わからない。彼女が関わってくる理由を考えても頭の中が疑問符で埋め尽くされてしまうため、考えるのをやめた。
「ん、んんっ、んんっ、ぷはぁ~、気持ちいいっ~!」
香奈さんはアクエリアスを豪快に飲む。コマーシャルに仕えそうなほど爽やかな雰囲気を纏っているのに、どこかおっさん臭い。この場にいる者で、僕だけがアクエリアスを貰っていなかった。そう思っていると、彼女の顔がにやけた。
「おにぎりのお礼ってことで神村くんも飲む? あぁ、でも一口だけだよ、一口だけ」
香奈さんは飲みかけのペットボトルを僕に差し出してきた。持ってきた飲料は登山中にほとんど飲んでしまっていたため、ありがたく受け取る。だが、一口だけとなると、何かに移し替えて飲むのも面倒臭い。
ペットボトルに口を付け、一口だけ飲んだ。その後、香奈さんにすぐに返す。
だが、彼女は頬が赤くなり、口があわあわと震える。
「ぜ、全部、あげる。口を付けちゃったらもう、飲めないじゃん……」
「あ……、ご、ごめん! 僕、そういうの気にしない方だったから」
香奈さんの怒りを買いそうな愚行を犯してしまった。だが、思っていた以上に何も言われなかった。そんな時、ふと疑問が浮かぶ。
「ねえ、香奈さん。ペットボトルに口を付けてしまったから飲めなくなってしまったなら、僕が食べていたおにぎりが食べられたのは、なんで?」
彼女は肩を跳ねさせる。表情が引きつり、木々が日光に照らされ、輝いている景色に視線を向ける。
「さ、さーて、写真でもとってこよっかなー」
僕の質問から逃げるように、彼女は立ち上がり、靴を履いた。
「……神村くんってド天然なんじゃない?」
「うちもそう思う、あれがリアル天然か。強烈だな」
嵐山さんと楽間さんがこそこそ話しており、なにか心外なことを口走っていたように聞こえた。
各自、昼食を終え、山々が見渡せる位置に立つ。高所からの景色はどうして人の心を震わせるのだろうか。
見た覚えがないからか、ここに来るまでの苦労の影響か、どちらにしても頑張って上ってよかったと思えるだけのご褒美なのは間違いない。
「いえ~いっ、仲間と登頂なう!」
香奈さんが西山先生に携帯電話を渡し、さっきまで一緒に昼食を取っていた面々と写真撮影した。その中に、僕もちゃっかり混ざっている。
「体操服姿だと、神村くんも女の子に見えるー、面白っ」
携帯電話を返してもらった香奈さんは写真の出来栄えを皆に見せびらかす。確かに、制服で何となく見分けがついていた性別が、皆同じ体操服になると僕は女子に紛れていた。
この写真をまったく知らない誰かに見せて、誰が男子でしょうと質問したら多くの者がわからないというだろう。
僕も、遠目から見たら判断がつかないかも。いや、自分の顔はわかっているけどさ。
僕も自分の携帯電話を出し、頂上からの写真を数枚撮った。女子のように、何でもかんでも写真に収めたい欲求はないが、この溢れんばかりの心地いい気持ちを残しておきたいという考えは共感できる。
「ちょっとちょっとー、神村くん、ただ景色を残すだけじゃつまらないでしょ」
香奈さんは携帯電話の前に飛び出してくる。ダブルピースしながら笑顔。最新式の携帯電話は一瞬で彼女の顔にピントを合わせ、撮りたかった景色がぼんやりと掠れた背景に変わる。パシャリと乾いた音が鳴ると、その瞬間が切り取られた。
「ほれほれ、ハイ、チーズの固焼きっ!」
彼女は飛び出してきたと思ったら、肩を組んできて、僕とツーショット写真の自撮りをこなす。
彼女が多くの者と写真を撮っていたから、僕は大して気に留めていなかったのだけれど、僕以外の男子と写真を撮っている様子はなかった。
他の女子と同じように、僕は彼女に男として見られていない可能性が高いのでは。そう思い、自分の細い腕や体、つるつるの顔に触れる。男らしさが感じられない。
別にマッチョになりたいとか、そういう願望ではなく、頼りになる存在というか、一緒にいて安心できるような男になりたい。
今の僕は女子から弟みたいに思われても仕方がないくらい中学生感が抜けていないのだろう。どうやったら抜けるのかな。そういうのを世間は垢抜けしていないといったりするのか。
「一組、写真撮影するから集まれ」
西山先生の声を聞き、僕たちは整列。山頂で集合写真を撮った。ほんの二から三分で終了。
流れ作業のようで行事的だった。そう考えると個人で写真を撮っておくのは大切なのかもしれない。
「集合写真を撮り終えた者は各自、下山するように。出来る限り、クラスでまとまって降りろ」
一組の僕たちは荷物を纏め、登ってきた道を引き返すように降りる。
「登山って、登頂した時が最高潮で、そこから気持ちがだだ下がりになるのに、なんで人気なんだろう……」
「逆V字に気分が変わっていくって、山と同じだな……」
嵐山さんと楽間さんだけではなく、他の女子や男子たちも上りと同じ距離を歩かなければならない事実を受け止めきれない模様。
上りがあるなら下りもある、まるで人生……。僕もヘリコプターやロープウェイで降りられたら楽なのにと思わなくもない。




