残念美女の柏木さん
柏木麗子さんはとても美人だ。
ビー玉のような大きな瞳に高く整った鼻、シャープな輪郭と口角の上がった唇。
女優のような雰囲気を纏った彼女の美貌は女性も振り返るほどである。
美人はモテるイメージがあるが、彼女は“高嶺の花”過ぎて逆に誰も摘みに行こうとしない存在だった。
そんな柏木さんはちょっと残念な人だ。
何が残念かと言うと、良く言えば天然な不思議ちゃん。
悪く言えば何も考えていないお馬鹿な子である。
柏木さんの残念エピソードは沢山ある。
上司が激昂して静まり返った空間でも容赦なくクシャミをするし、本社から視察に来たお偉いさんを会社見学だと勘違いしてフランクに話し掛けてみんなの肝を冷やすし、色々とやらかしているのだ。
そして物の言い間違いも多くてドライフラワーをカリフラワーと言ったりリニアをシニアと言ったり、特に衝撃的だったのは長崎ちゃんぽんのチェーン店の話題が持ち上がった時だ。
柏木さんが言い放ったのは「スモールちんぽん」だった。
食堂に居た全員が一斉にお茶を噴き出すというコントに僕も参加してしまった。
“ゃ”が無いだけでこんなにも意味合いを変えてしまうとは。
彼女の残念エピソードはそれだけに留まらない。
僕達の会社は『地域貢献』と称して会社の周辺をみんなで巡回してゴミ拾いをする行事があるのだが、その際にゴミ袋を持つ者はエプロンを着用する。
その日はとても寒い日で、柏木さんはフードのついた分厚いアウターの上にエプロンを着ていた。
側から見れば変なファッションだが、彼女が着ると可愛く見えてしまうから、不思議である。
作業が終了してエプロンを脱ぐ際、柏木さんは手こずっていた。
首掛けタイプのエプロンに分厚いフードを通してしまったが故に、引っ掛かって上手く頭が抜けなくなったのだ。
必死に脱ごうとする彼女の顔はリードを引っ張られた犬のようになってしまい、焦りから顔が赤くなり、最終的には浮世絵の歌舞伎役者みたいな顔になっていた。
あれほど笑いを堪えた事はない。
耐えた自分を褒めたいくらいだ。
だが、彼女のせいでふとした時にその顔を思い出してしまい、僕を悶絶させる。
彼女のせいで僕は良く笑うようになった。
彼女のせいで僕の日常が鮮やかに弾み始めた。
僕は、高嶺の花に触れてみたいと思ってしまった。
ある時、柏木さんが心を無くした。
表向きは笑顔なのだが、ボーとする事が増え、無理をしている感じがするのだ。
センサーライトのようにぱっと周りを明るく照らす柏木さんの笑顔は日に日に掠れていく。
そして僕は彼女が男に騙されたと言う噂を耳にする。
「相手の男、妻子持ちだったんだって」
「レイちゃん、初めてだったらしいよ」
「うわぁ、最低、そいつ」
相手の男はかつて柏木さんが会社見学だと勘違いした本社のお偉いさんだった。
「色んな意味で忘れられない男になったわね」
そんな言葉が聞こえて僕は拳を強く握り締めた。
イケメン、高身長、高収入な男が独身でいる確率は低いのに、何で気づかなかったんだろう。
本当に、柏木さんは残念な人だ。
なんて、思いながらも、本当は彼女の気持ちを考えると心が抉られるようだった。
彼女の傷を癒したい、彼女の笑顔を取り戻したい、そんな想いが膨らんでいく。
そして彼女を僕のものにしたい。
これも本音だ。
僕なら柏木さんを幸せに出来る。
イケメンでも無いし取り柄も個性もない、全てが平均点以下の僕だけど、でも柏木さんを幸せにする自信はあるんだ。
単純だけど、プレゼント作戦で彼女にアピールをする事を思いついた。
そしてそのプレゼントが形になってきたので彼女を僕の家に招待した。
プレゼントを見た彼女は予想通り、凄く驚いた顔をしていて、これは僕しか知らない“顔”なのだと思うと嬉しくて、彼女を手に入れた気がしたんだ。
柏木さんが僕の部屋に居て、いつでも彼女を視界に入れる事が出来る。
あぁ、凄く幸せだ。
柏木さんもそうだろ?
ずっと2人で居られたらいいのにね。
それなのに外では大きな蚊の鳴き声みたいな耳障りな音がしているんだ。
点滅する赤いライトもうるさくて、僕達の部屋まで侵入してきている。
でも、そろそろ潮時だったのかもね、柏木さんに用意したプレゼントも色が悪くなってきたし。
「…泣いているの?」
柏木さんの宝石みたいに美しい瞳から涙が流れている。
その涙はハンカチに吸い込まれていく。
用意したプレゼントにびっくりして大きな声を出してしまわないように僕が縛ったハンカチだ。
「僕も離れたくないよ」
そう言って彼女の涙を拭う。
僕は忘れられない男になれただろうか。
揺れる瞳から流れる温かい涙が爪の間に入り込む。
僕達が一つに溶け合ったみたいだ。
震える彼女の顔を両手で包むと、そっとおでこにキスをした。
甘美なこの瞬間が永遠なら良いのに。
残念だね。




