038_治癒魔法
カンカンカン。
夜の町には災害時の鐘が鳴り響いている。
ところどころ火の手が上がっている。
俺の泊まっていた宿も、もれなく炎上中。
俺たちは『あんこ』に起こされ既に宿の前に待避済みだ。
火災に早期気が付いた者はおらず。宿泊客は建物が崩れ落ちる大きな音を聞き、やっと火事が発生していることに気が付く事になる。
俺たちはパニックにはならなかったが、宿泊客は相当あせったのだろう。
宿の前にはパンイチ男や全裸シーツ女など。様々な格好の人が見える。
俺とナタリーは魔法が使えるからと、急いでだが身支度は整えて宿から避難している。
俺たちが宿泊していた宿は二階建て。
運悪く、火に巻き込まれた人が居ないか気になるが。宿の前にたたずむ人々の顔を見るに、逃げ遅れた人は居なそうだ。
しかし腑に落ちない。
火事が発生して、建物の一部が崩れ落ちるまで、誰も気が付かず眠っていた事象には『あんこ』も含まれている。
あんこなら、火の手が大きくなる前に気が付きそうだからだ。
「あんこは、気が付かなかったの?少し燃えただけで気がつきそうだよね」
『なぜか爆睡してたっす。わっちは寝る必要なくて、いつも目をつぶってるだけなんすが』
「睡眠の必要が無いってのは気になるけど。強制的に眠らされた?」
『わからんす。爆睡していたのは事実っす』
客と憲兵に見守られ。宿は火の勢いが増し、全焼の見込み。
殆どの建物は石造りで、建物と建物の間には、ある程度間隔が設けられていて、延焼を防ぐ防火対策されているっぽい。
「あっちも燃えてるし。不審火だよね」
野次馬も結構集まってきており、イベント会場そのものである。
俺たちも一応寝床を奪われた当事者なんだが。お気楽に考えている。
大きな炎を見ると血が騒ぐのは、男の本能なのだろうか?
「まだ暗いのに、寝床が無くなったね」
「そうね。このまま見ていても仕方ないし。どこか休めるところ探さないと」
その時である。背後からナタリーさんが刺された。
「はははっ。これでもう汚れることはない!永遠におれの物だ!」
周囲から悲鳴が響く。
あんこが刺した男を体当たりで跳ね飛ばす。
近くにいた憲兵が男を地面に押さえつける。
ナタリーはその場に崩れ落ちる。
その一連の動きを呆然と見ている事しかできなかった。
倒れたナタリーの腰のあたりから血が噴き出て、血だまりが広がる。
やばい。
気を取り直した俺は、傷が上を向くように体の向きを変え。手を当てる。
こんな事になるなら、自傷して治癒魔法を試しておくんだった。
皮膚の刀傷が治るイメージだけじゃなく内臓や筋肉も縫合しなきゃだめだ。
刀傷が癒合するイメージ。
今までは、大雑把なイメージでも魔法の行使は出来た。
今回も医学知識なんて持ち合わせておらず。詳細にイメージすることは出来ない。
頼む!成功してくれ!
とてつもなく体がだるくなり、体が支えられなくなり倒れる。
意識ははっきりしているんだけど、体が動かない。
体内マナの枯渇だ。治癒魔法が行使出来たって事なのか?
『マナ切れっすか?』
あんこ!悠長な事言ってる場合か!
『ナタリーの傷は治ったみたいっす』
ん?ナタリーに覆いかぶさってるので確認できない。
「おい君。どいてくれ。早く治療院に運ばないと!」
宿の客だろうか。パンイチの男が俺の体をナタリーから引き離す。
「ああ。私死んじゃったんですね。どこも痛くないし。ふわふわしてます」
ナタリーは横たわったまま、状況説明している。
あ。治療魔法は成功したのか。良かった。
「ナ、タリー。治した、から。死ん、でない、よ」
だるくて、うまく話せない。
『主が治療したっすよ』
「本当ですか?なんだか、ふわふわしてますけど」
『貧血じゃないっすか?結構血が出ましたし』
パンイチの男がどこから持ってきたのか担架にナタリーを載せ。運んで行った。
俺は放置なのか?これ。
ナタリーの血だまりに転がされたままである。
「あん、こ。こっ、ちに、来て」
何とか『あんこ』によじ登り。ナタリーの後を追うように指示する。
騎乗さえできれば、あんこから落ちることは無いので、恐らくナタリーが運ばれたであろう治療院を目指す。
あんこの嗅覚で、道を間違えることは無いだろう。
ちょっと離れた所にあったらしく、治療院に着くころには、少しだるさが落ち着いてきた。
まだだるいが自分で歩くことが出来るようになっていた。
あんこを待たせて治療院に入ると、人が集まってきて大騒ぎだ。
そりゃ。ナタリーの血で染まった服を見たらね。
俺は修道女に説明する。
先に来ている女性の連れで、俺は無傷。彼女の血でこうなっていると。
修道女に説明している間にも、続々と火事の被害者が運び込まれている。
急ぎ修道女に案内され。ナタリーとご対面。
そこには、パンイチ男と憲兵。修道士がいた。
説明タイムだな。サクッと誤魔化そう。
身振り手振り大げさに説明する。
「ポーションを咄嗟に使ったので、大丈夫かと思いますが」
「なるほど。傷が無かったのはそういう事ですか」
修道士が納得の顔で頷いている。
どうやら魔法の事は誤魔化せたっぽい。
憲兵はと言うと、落ち着いたら調書を取りたいとのこと。
落ち着いたら、詰め所に来てくれと言って、パンイチ男と共に出て行った。
ナタリーは寝台で眠っている。
夜明け前で疲れてるし。寝落ちかな?
血が足りないだろうし、朝食は牛レバー食べてもらうか。
「あのー。彼女このまま寝かせてもらっていいですか?」
「火事で火傷した患者が大勢で。追い出す様で申し訳ありません」
「わかりました。仕方ないですよ緊急時ですから」
俺は修道士に礼をして、ナタリーを起こし部屋を後にした。
どこか着替えるところ探さないとな。
ナタリーの血で染まった服のままって訳にはいかない。かなり目立つ。
その辺に居た修道女を捕まえ。着替えが出来る部屋をお願いすると。空き部屋に案内された。
俺は、とりあえず体を拭いて服を着替える。
ナタリーも、ふらふらして辛そうだけど、頑張って着替えさせる。
インベントリに血で汚れた服を入れ。
洗濯は上手くできるのでは?と気が付いた。
服の繊維や皮などと、汚れである物質を分離すれば良いことに。
物は試しでやってみる。・・・上手くいった!
インベントリ万能すぎる。これでいつでも、きれいな服が着れる。
後は体を洗浄する魔法あれば完璧なんだが。全くイメージできないので、素直に水浴びと体を拭くことで納得しよう。
湯船の風呂が無いんだよね悲しいことに。
サウナっぽい風呂は在るらしいが、今のところ見かけていない。
とりあえず。このまま治療院に居ても邪魔になるだけなので、あんこに落ち合い。ナタリーを騎乗させる。
神具の鞍からは、落ちることは無いので、寝落ちしても平気だ。




