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第7話 空白の記憶

 セファイドが追って来ているのは、気付いていた。

 暗い海の中で、彼の姿は一条の光のように、ラズベリーの前に射し込んだ。白い肌に銀髪、灰色の軍服の彼は、闇の中で浮き上がるような光を放っている。

 それはまるで絵画のようで、ラズベリーはどこか夢心地で、彼から差し伸べられる手を見つめていた。

 しかし、夢のような時間は、実際は一瞬だけだった。

 あと少しで手が触れあいそうなタイミングで、セファイドは苦しそうに顔をゆがめる。それでラズベリーは、彼が溺れていると気付いた。


「助けに来て、自分が溺れるとはのぅ」


 いや、助けに来た、のは間違いか。

 たぶん、遠くに行こうとしたラズベリーを、命がけで引き止めに来た、が正しい。

 目の前で溺れられたら、自称冷血な魔女のラズベリーも、あきらめざるをえない。

 ラズベリーは力を失ったセファイドの腕をつかみ、海面を目指して水を蹴った。

 泳いでいる間に波が押し寄せ、元いた場所から遠く流されている。

 立ち泳ぎをして、海面に顔を出すと、船は遥か遠くになっていた。


「ウミガメに島まで送っていってもらうか」


 ラズベリーは、近くを通ったウミガメに頼んで、引っ張っていってもらうことにした。

 ぐったりしているセファイドを抱きかかえ、ウミガメの引率で海を渡る。

 砂浜に辿り着いたときには、夕方になっていた。


「セファイド、セファイド。生きておるか」


 動かない男の頬を、ぺちぺち叩く。


「……また、あなたに助けられてしまいましたね」


 目を開けたセファイドが、ぼんやりした様子でつぶやく。

 また?


「故郷の森での生活を、思い出したくないほど、つらい思いをしたのですか。私のことも、思い出せないほど……」

「セファイド?」


 うわごとのように言うセファイドに、ラズベリーの動悸が激しくなる。

 確かに、故郷の森に住んでいた頃、見習い魔女だった時期の記憶は、あいまいになってしまっている。昔、セファイドと会っていた? ありえない。あれは百年以上も前のことだ。

 詳しく聞きたかったが、セファイドは海水で体力を奪われてしまったらしく昏倒してしまい、揺さぶっても起きなかった。

 仕方なくラズベリーは、流れ着いた先の砂浜で、セファイドと休める場所を探すことにした。




 どうやらラズベリーたちは、グレイス島に近い、小さな無人島に漂着したらしい。ウミガメには「人のいるところに近い島に連れて行って欲しい」と頼んでいたのだが、グレイス本島までは運んでくれなかったようだ。

 ラズベリーは島を探索して、遠くにグレイス島が見えることに気付き、現在位置を悟った。

 もう日が暮れているし、グレイス島に戻るのは、明日で良いだろう。今夜は、この島で休憩だ。

 薪を拾って元いた砂浜に戻り、火を起こす。

 しばらくすると、やっとセファイドが目覚めた。


「……ここは」

「目が覚めたか。すまぬが、自分で服を脱いで乾かしてくれんかのぅ」


 ラズベリーはセファイドが寝ている間に、自分の服を乾かしはじめていた。着替え中の裸を見られずに済んだから、セファイドが寝ていて良かったかもしれない。

 状況を見てとったセファイドは「あちらの岩陰で服を絞ってきます」と立ち上がった。

 

「すみません、あなたの手をわずらわせてしまいました」


 戻ってきたセファイドは、ラズベリーと火を挟んだ向こう側に座り込む。


「構わんが……そなた、泳げないのか」

「全く泳げないという訳ではありませんが、水は苦手です」


 水は苦手なのに船長とは、これいかに。

 セファイドは不機嫌そうだが、それは水が苦手だとばれて恥ずかしいからのようだった。

 ここから会話をどう繋げようか。

 静かな無人島で、二人きり。何か話をしないと間が保たない。いつも朝食の席では、セファイドから話しかけてくるのだが。


「セファイド、そなたは何歳じゃ?」


 唐突なラズベリーの質問に、セファイドは戸惑った顔になる。


「あなたより年下だと思いますが……どうしたんですか」


 島に流れついてすぐ、セファイドが言っていたことが気になっている。

 昔、彼と自分は会ったことがある……?


「何歳かと聞いておる」


 百歳以上なら、計算が合うのだが。

 二十代後半に見えるセファイドをじっと見つめる。


「私は、いつ生まれたか分からないのです。なので、正確な年齢はちょっと」

「帝国の貴族なら、生まれた年を帳簿で管理しておるのではないか」

「残念ながら、帝国の生まれではないのですよ。いろいろあって、グレイス公の爵位を頂戴していますが。ラズベリーが私のことを聞いてくるなんて、初めてですね」

 

 セファイドは何故か喜んでいる。

 微妙に聞きたい答えではなかったので、ラズベリーは焦れったい気持ちだ。

 しかし、確かにセファイドと向かい合い、きちんと話したのは、彼の言う通りこれが初めてかもしれない。いつか離れると思い込んで、彼に興味を持たないようにしていた。


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