第一話 ―歪みの始まり―
いよいよ本編開始です!
東雲漣が目覚めた謎の街で、最初の脅威“魔獣”と遭遇します。
彼がこの世界で何を見て、どう選ぶのか――その始まりの物語。
「……嘘だろ」
石畳の上に倒れたまま、東雲 漣は声にならない呻きを漏らした。
目の前に広がっていたのは、まるで“崩れかけのヨーロッパ中世都市”のような景色だった。
ただし、すべてが朽ちかけている。
壁は崩れ、空には黒い亀裂が走り、風は血と錆の匂いを運んでいた。
人の気配はない。
「ここは……どこなんだよ……っ」
現実感がない。だが、痛覚だけははっきりしていた。
右腕には擦り傷、服も破れている。
そして胸元には、あの黒い紋章。円環のような模様がじんわりと皮膚に焼き付いている。
(これは、夢じゃない。……現実だ)
立ち上がった瞬間、風が止んだ。
――いや、止まったのではない。
音が、すべて消えた。
「……?」
漣が周囲を見回したその時。
背後から、ずるりと何かが這う音が聞こえた。
振り返ると、そこにいた。
黒く膨れ上がった異形の獣。
背丈は二メートルを超え、全身が毛ではなく、記憶の断片のような光と影で構成されている。
顔の中央に、目が三つ。
その目が、漣を見た瞬間――
「――“記録喰らい”か……!」
その言葉が何故か口をついて出た。
魔獣の名。それは、「記録喰らい(アーカイブ・イーター)」
記憶、出来事、体験――過去という“存在の記録”を喰らう魔獣。
(なんで知ってる……!?)
困惑する暇もなく、魔獣が飛びかかってくる。
その動きは重く、しかし予測を裏切る速さだった。
漣はとっさに体を捻って避けたが、肩をかすめられ、熱を持った衝撃が走る。
視界がぐらりと傾く。
「このままじゃ、殺される……!」
逃げなければ。だが足が動かない。
その時、彼の脳裏に選択肢が浮かんだ。
⸻
《選択:存在を再構築しますか?》
■ はい
■ いいえ
⸻
(……なんだこれ)
選ぶのか。いや、選ばされているのか。
逡巡の末、漣は震える指で――「はい」を、選んだ。
世界が、一度“巻き戻った”。
――そして、再び魔獣の前に立つ漣。だが今度は、動けた。
「……っ、こっちの方がマシか!」
記憶の断片を喰らう魔獣に、瓦礫を投げつけて時間を稼ぎ、細い路地へと飛び込む。
呼吸は荒く、喉が焼けるようだ。
それでも、身体は「今の選択」のおかげで、命を繋いでいた。
ただ――
彼はまだ気づいていなかった。
先ほどまで覚えていた、通学路の途中で見かけた親友の顔も、名前も、今の彼の中から消えていた。
それが、『存在再構築』の代償。
選びなおすたびに、彼の“現実の記憶”は削られていくのだ。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました!
今回は、漣が初めて“魔獣”と接触し、自身の能力『存在再構築』を使うところまで描きました。
ただし、代償は“記憶の喪失”。
この力は便利であると同時に、彼の人間性すら削りかねない諸刃の剣です。
次回は、謎の少女エルナとの出会いと、彼女が語る“この世界の成り立ち”について。
お楽しみに!
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