双子のウワサ 9
昔からきょうだいが欲しいと思っていた。
欲を言えば、カッコ良くて頼りになって私のことを大事にしてくれる姉が欲しかった。
私・須崎彩花は一人っ子で、周囲の兄弟姉妹がいる友達が羨ましいと常々思っていた。友人たちは口を揃えて「毎日喧嘩ばかり」「騒がしくてしょうがない」「一人っ子の方が良かった」などと言うが、それでも毎日同じ家で一緒に過ごし、時に笑い合い、時に喧嘩して、時に励まし合える存在がとても羨ましかった。
小さい頃、一度だけ両親に「私にはきょうだいはできないの?」と聞いたことがある。軽い気持ちで他愛もない疑問を投げかけただけのつもりだったのだが、その言葉を聞いた両親は沈痛な面持ちで顔を見合わせていた。
予想外の反応に困惑する私に、父は穏やかな表情で
「ごめんね、彩花。残念だけど僕と母さんはお前一人を育てるのに精一杯だから、兄弟ができる予定はないんだ。わかっておくれよ」
と優しく頭を撫でながら諭すようにそう言った。
母はその様子を見て泣きそうな顔をしていて、私は「自分がいけないことを聞いてしまったせいで、母を悲しませてしまった」と強いショックを受けた。
それ以降、私は両親の前でそれを連想するような話を避けるようになった。
母が子どもを産めない体であることを知ったのはそれからだいぶ後のこと。私が両親の実子ではないと知らされた時だ。思えばあの日の私は母にとってとても残酷なことを言っていたのだろう。今更ながら、当時の何も知らなかった自分を叱りつけてやりたい気分だ。
それを知った日から、私は二度と両親を悲しませまいと心に誓った。
その後の私は両親のおかげで健やかに成長し、成人して、大学を卒業し、社会人になった。これからは自分の力でお金を稼いで、両親にこれまでの恩返しをするんだと奮起していた。
そうして子どもの頃に抱いていた憧れなど忘れかけていた頃。
突如としてそのひとは現れた。
私の姉だと名乗る北原麗華という女性は、確かに私と顔が瓜二つだった。同時に、すごく素敵な人だと思った。年齢や背格好も私と変わらないはずなのに、綺麗で凛々しくて大人っぽくて。私よりも数段「大人な女性だ」と感じた。「麗華」の名の通り、華がある美しい人だと思った。
同時に、まるで遠い昔に想像していた「格好良くて頼りになる理想の姉」のようだと感じ、私は十数年ぶりにきょうだいへの憧れを思い出していた。
麗華は自分のこれまでの生い立ちと、私たちが離れ離れになる原因となった両親の離婚について語った。彼女の手元には、私たちがかつて姉妹だったという記録もあるのだという。彼女の言葉を信じるなら、確かに彼女は私の血の繋がった姉なのだろう。
とはいえ「はいそうですか」と全て受け入れるワケにはいかない。
麗華の語る別れの経緯はある程度筋は通っていたものの、そもそも親に捨てられた私は本当の両親の名前も顔も知らない。彼女の話が本当だろうと嘘だろうと、それを判断する材料が一切ないのだ。
そのことを正直に話すと麗華は一瞬絶句していたが、その後「DNA鑑定をさせて欲しい」と申し出てきた。私としては断る理由もないので、その日は連絡先を交換し別れた。
1週間後、麗華から連絡があった。検査キットを取り寄せたので、検体を採取したいという申し出だった。私は職場の先輩を同席させることを条件に、その申し出を受けた。この先輩というのが、私に麗華を紹介してくれた秋本菜瑞さんだ。まだ新入社員の私の悩みを真摯に聞いて、協力するとまで言ってくれた先輩ならば信頼できると思った。同席の依頼も二つ返事で了承してくれた。
数日後に私と秋本先輩は、かつて祖母と父も一緒に住んでいたという麗華の生家に招かれ、そこで互いの検体を採取した。採取の後で秋本先輩は「公正を期すため、検体の送付と結果の受領を自分が請け負う」とまで言ってくれた。その言葉を信じ、私と麗華は検査結果を待つことにした。
それから検査結果が出るまでの約2週間、私の心は常にざわついていた。私は唐突に現れた肉親を名乗る存在を受け入れられるのか、ずっと悩んでいた。
しかし一方で、彼女が姉であるという結果を心待ちにしている自分もいた。幼い頃に想像していた理想の姉が、現実の存在になるなんて。もし本当に姉妹だったら、一緒にやりたいことがたくさんある。買い物にも行きたいし遊園地にも行きたいし旅行にも行きたいしそれからそれから―――と考え出したらキリがなかった。
そして運命のDNA検査の結果がやってきた。
再度麗華の家に集まった私たちは、秋本先輩の元へ届いた検査結果を開封した。
結果は「99.99%の確率で血縁関係があると判断する」。
つまり、私たちは本当に血の繋がった姉妹であると認められたのだ。
その結果を見た瞬間、私は泣きながら麗華に抱きつき「良かったね」と何度も繰り返した。初めは呆気にとられていた麗華だったが、しばらくして涙を流しながら「ありがとう、信じてくれて」と私をぎゅっと抱き返してきた。余談だが、同席していた秋本先輩も盛大にもらい泣きをしていた。
両親に麗華の話をする時はとても緊張した。
私と血の繋がりのない両親は、しかし私を実の娘のように大切に育ててくれた。愛情を持って接してくれていたと思うし、よその家と比べても大事にされていたと思う。
そんな両親に血の繋がった家族である麗華の話をするのは、酷い裏切りのように思えた。きっとすごく嫌な顔をされるだろう。もしかしたら親不孝者だと罵られたり、激高して家を追い出されるかもしれない。そんなことを考えながら、意を決して麗華のことを二人に話したのだが―――
「お姉さんが見つかった!? 本当か!! 良かったなぁ…!!」
父は私を抱きしめ、我がことのように喜んでくれた。
「良かったわ…あなた、子どもの頃に兄弟が欲しいって言っていたでしょう。私がこんな体だから、その願いは叶えてあげられなかったけど…まさかお姉さんが見つかるだなんて…」
母は私の肩を抱き、泣きながら祝ってくれた。
「どうして?」
私は貴方達に隠れて、貴方達を裏切るようなことをしていたのに。
なのに、なんでこんなにも優しいの…?
そのことを両親に問うと父は
「お前を捨てた母親には怒りを感じるが、まだ子どもだったお姉さんに非はないよ。それに手がかりのなかった肉親が奇跡的に見つかったんだ。こんなに喜ばしいことはないよ。もちろん人となりによっては縁を切ることを勧めるが…その口ぶりだと、優しいお姉さんなんだろう?」
そして母は
「誰がなんと言おうと私たちは本当の家族よ。娘が見つけた幸せを、嬉しく思わない母親はいないわ」
その言葉を聞いて、思わず涙が溢れた。
この人たちは本当に、心の底から私の幸せを願ってくれているんだ。
様々な感情が胸にこみ上げ、渦巻き、涙となって止めどなく溢れていく。
何も言えず泣き続ける私を、両親は優しく抱きしめてくれた。
その後の私はといえば、理想だった姉にべったり。
頻繁に連絡を取ったり、電話したり、一緒にお出かけしたり。とにかく麗華と繋がる時間を求めた。
麗華はちょっと面倒臭そうにしながらも私を突き放すようなことはしなかったし、私が甘えると「仕方ないなぁ」と受け入れてくれた。きっと恥ずかしがっているだけで、麗華も私との時間を大事に思ってくれているのだろう。
麗華とはお互いの家族の話もたくさんした。
私の両親に麗華を紹介したら、2人して麗華のことをいたく気に入って猫可愛がりしていた。ちょっと嫉妬心も湧いたが、両親が麗華を受け入れてくれたことが涙が出そうになるくらい嬉しかった。
麗華の紹介で彼女の叔父(私にとってもだが)にも会って、一緒に祖母や実父の墓参りに行ったりもした。私には血が繋がっていないとはいえ長年共に過ごした須崎家の父がいるので、実父と言われてもあまり実感が湧かなかったが「今更無理に実の父だなんて考えなくてもいい。麗華さんのお父さんだと思って接してあげてください」という叔父の言葉がストンと心に落ち着いた。確かに、そう考えれば私にとっても大事な人だと思える気がした。
そんな感じで、突然現れた姉との関係は今のところ良好そのものだ。
麗華は秋本先輩から私の話を聞いた時、会いたいけど会わない方がいいのではないか?とかなり悩んだらしい。でも、考え抜いた末に勇気を出して私に会いに来てくれた。そのおかげで私は今、素敵な姉とこんなにも素晴らしい日々を送れている。
―――だから、伝えないと。
あなたの勇気への感謝を。
あなたの優しさへの感謝を。
あなたの愛への感謝を。
幸いなことに、麗華と再会してからもうすぐ半年。再会の記念日なら、私の想いを伝えるにもピッタリだろう。
雰囲気の良いお店を探して、とびきりのプレゼントも用意して、麗華に私の気持ちを伝えるのだ。そう考え、方々に色々と相談してレストランとプレゼントの準備をバッチリ整えた。
あとは私が、自分で麗華にこの想いを直接伝えるだけ。
ディナーの前日は緊張してあまり寝付けなかったが、気合は十分。
身支度をして家を出る前、カバンの中のプレゼントを確認しながら一人呟く。
「…私の想いが、どうか麗華に伝わりますように―――」




