双子のウワサ 8
例のショッピングモールでの出来事から3週間ほど経った今日、私・北原麗華は駅前のベンチに腰掛けながら道行く人々を眺めていた。
現在の時刻は16半時を少し過ぎた頃。既に12月に入ったということもあって早くも太陽はほぼ沈み空は濃紺に染まりかけているが、代わりにクリスマスのイルミネーションが街と人々を照らしている。
周囲を見回してみると、クリスマスが近いからかカップルが連れ立って歩く姿がよく目に入る。皆幸せそうに手を繋いだり腕を組んだりして、笑い合いながらイルミネーションの明かりの下を歩いて行く。そんな風に男女が仲睦まじく歩いている姿を見ると、不意に半年前の記憶を思い出し胸が苦しくなる。
(まだ引きずってるのかな…もう随分と昔のことような気もするのに)
人生で初めての、本気の恋だった。けれど相手にとってはただの遊びに過ぎなかった。その事実がただただ悲しかった。
あんなクズ男、早々に切れて正解だった…と強がってみても、ふと幸せだった時間を思い出して胸が締め付けられたように痛む。この痛みも、いつかは忘れられる日が来るのだろうか…。
そうして複雑な気分で街並みを眺める私に、駅の出入口から真っすぐ駆け寄って来る影が一つ。
「お姉ちゃん、お待たせー!」
声と共に表れたのは満面の笑みを浮かべる1人の女性。
我が妹、須崎彩花がそこにいた。
「っていうかお姉ちゃん着くの早すぎ! まだ約束の20分前だよ!?」
「彩花も今日は随分早いじゃない。お互い様よ」
邂逅一番、不満を漏らす彩花を軽くいなす。いつもは約束の時間ギリギリに現れる彼女だが、今日は随分と早い到着だ。これから雪でもふるのだろうか…なんてことを考えていたら
「…いちおう聞くけど、いつから待ってたの?」
と彩花が怪しむような目でこちらを見てくる。
「私もさっき着いたばかりよ。彩花とそう変わらないわ」
「うわ出た。デートでずっと早くから待ってたのに『私も今来たとこ♪』って言うヤツだ。そういう人ってだいたい約束の1時間くらい前から待ってるよね~」
失礼な。私が着いたのは今から約10分前。つまり待ち合わせの17時から見て30分前だ。このくらいは大して騒ぐようなことじゃないだろう。
「それよりも早く行きましょ。早くお店に入って温まりたいわ」
今日は彩花の誘いで、2人でちょっと良いディナーに行くことになっている。まだ予約の時間には早いかもしれないが、店に頼めば中で待たせて貰うこともできるだろう。この12月の寒空の下で時間を潰すのはなかなかに堪える。
「そうだね。じゃあ、ハイ」
そう言うと彩花はなんともなしに自分の左手を私に向けて差し出してくる。寒いのにわざわざ手袋を外した状態で、だ。
「…はいはい」
やれやれという気分で私も右手の手袋を外してその手を取ると、彩花は顔をほころばせながら私の手を引き歩きだした。
目的地には徒歩十分ほどで到着した。
そこは大通りから一本路地に入ったところにある、こぢんまりとしたレストランだった。事前に店の名前を聞いて下調べした際に知ったのだが、同じ場所で30年以上営業している知る人ぞ知る名店でレビューサイトでの評価もけっこう高いらしい。ディナーの予約なんかは1ヵ月待ちが当たり前なんだとか。よくそんな店の予約が取れたものだ。
いざ入店してみると、シックな調度品と温かみのある落ち着いた照明の光が私たちを迎えてくれる。クリスマスを意識してかキャンドルライトも設置されており、何ともお洒落な大人の雰囲気だ。
「へぇ、いい雰囲気のお店じゃない。よくこんなところ見つけたわね」
私が素直に関心していると、彩花は得意げな顔で無邪気に答える。
「秋本先輩に聞いたんだ~。前に旦那さんが連れてきてくれたんだって!」
「…そ、そう」
微妙な顔を浮かべる私を余所に、カウンターで予約確認を行う彩花。席の準備は既にできていたのか、ほどなくして私たちは小さめの個室に通された。
「…2人なのに個室?」
「えへへ、驚いた?」
彩花は悪戯っぽく笑っているが、私は内心困惑していた。
今日は彩花から「クリスマスだし、2人で話したいこともあるからちょっと良いディナーに行かない?」と誘われて来たのだ。それでレストランの個室というのは…。
(相手が男なら、プロポーズでもされるかと勘繰ってしまうけれど…)
相手は同じ女性、どころか実の妹である。
彩花にそっちのケがあるなら話は別だが、生憎とそんな話は聞いたことがない。
(…ということは、まさか―――)
―――彩花が、結婚?
にわかには信じられない話だが、ありえないと言い切ることもできなかった。私はつい先日、男性と楽しそうにデートをする彩花を見ている。
既に彼とは彼氏以上の親密な仲で、もう婚約まで話が進んでいるとしたら―――
「お姉ちゃん?」
声を掛けられ、ハッと我に返る。
気付けば彩花が私の顔をまじまじと覗き込んでおり、私たちを案内してきた店員も怪訝そうにこちらの様子を伺っている。私が上着も脱がずに突っ立っていたせいで要らぬ心配をかけたようだ。
「…ごめんなさい、なんでもないわ」
動揺を悟られぬよう、何食わぬ顔でコートを脱ぎコートハンガーに掛けてから席へ着く。
私たちが椅子に腰掛けると店員が今日のコース料理の説明をし、その後恭しくドリンク類のメニュー表を手渡してきた。
彩花は「どれにしよっかなー」なんて楽しそうにメニューを眺めているが、こちらは心臓がうるさいくらいに早鐘を打ちそれどころではなかった。精一杯表情を取り繕い話を合わせ、どうにかワインを注文すると店員は下がっていった。
扉が閉められてすぐ、彩花が私を気遣って言葉をかけてくる。
「どうかしたの? どこか調子悪い?」
心配そうな顔を浮かべる彩花に、私は無理矢理笑顔を作って答えた。
「大丈夫よ。今日のディナーを楽しむためにお昼抜いて来ちゃったから、ちょっとふらついちゃったのかも」
もちろんこれは嘘だ。だが彩花はそれを信じたのか「えー、気を付けてよー」と笑顔を浮かべている。その顔を見て罪悪感がチクリと胸を刺した。
その後は色とりどりのコース料理が次々と供され、彩花は楽しそうにスマホで写真を撮りながら食事を楽しんでいた。一方の私はというと、この状況と彩花の「話したいこと」に思考が持っていかれ、料理の味など碌に楽しむことができなかった。それでも彩花の笑顔には私も笑顔で返し、なんとか動揺を見せないようにしながらコースの最終メニューとなるデザートのチーズケーキを平らげた。
そして―――
「ねぇ、お姉ちゃん」
食後の紅茶が提供され、2人きりになったタイミング。
そこで彩花は神妙な面持ちで話を切り出してきた。
「…何?」
この先の展開に内心身構えながらも、努めて平静を装いながら答える。
「今日は話したいことがあるって言ったでしょ?」
「…ええ、そうだったわね」
何を言われても取り乱すまいと決心していたが、既に逃げ出したい気分だ。
それでも姉として、精一杯の強がりでいつも通りの笑顔を作り続ける。
「先にね、渡したいものがあるの。…はい、これ」
そう言いながら彩花は自分のカバンから小さめな手提げの紙袋を取り出し、私に手渡してきた。困惑しながらもそれを受け取ると、予想よりもしっかりとした重みを感じ少し驚く。中を覗くと、入っていたのはスケジュール帳くらいのサイズのギフト用ラッピングがされた包みが一つ。
「ええと…これは?」
「開けてみてよ」
彩花の言葉に戸惑いながらも包みを取り出しラッピングを丁寧に剥がしていくと、中から現れたのは赤みのある木材で作られた光沢のある小箱。所々に装飾もされており、見た目は上品な小物入れのようだった。
ますます訳が分からなくなる私に、彩花はただ穏やかな笑みを向けている。
「…開けるわよ?」
戸惑いながらそう確認する私に彩花はゆっくりと頷く。果たして何があるのというのか。覚悟を決めて箱の留め金を外し、上開きの蓋を持ち上げると―――
(えっ?)
その瞬間、私は思わず息を飲んだ。
箱を開くと軽やかな音楽が周囲に鳴り響く。どうやら小物入れに見えた小箱はオルゴールだったらしい。箱の内部は半分がシリンダー、もう半分が小物入れになっているタイプだったが、驚いたのはそこではない。
箱を開いた私の目に飛び込んできたのは、蓋の内側に取り付けられた小さなフォトフレーム。その中には1枚の写真が納められていた。写真には2人の赤ちゃんが並んですやすやと寝息を立てる姿が映っている。そして私は、その写真に見覚えがあった。
(これ、まさか…)
「その写真ね、叔父さんに貰ったんだ」
私の考えを読み取ったように彩花が話し出す。
「おばあちゃんが亡くなった時、実家にあったアルバムとかは全部叔父さんが引き取ったって聞いてたから、私たちが一緒に写ってる写真はないか探してもらったんだ。叔父さん頑張って調べてくれたみたいで、なんとかその写真を見つけてくれたの」
その言葉で思い出した。かつて祖母から妹の存在を聞かされた時、一冊のアルバムを広げこの写真を見せてくれたことを。祖母が亡くなってからアルバムのことなんて存在ごと忘れていたが…15年以上経った今、またこうして目にすることになるなんて。
「ねぇ、覚えてる?」
そう言いながら彩花は両手を伸ばし、持っていたオルゴールごと私の両手を上から包み込んだ。
「私達が再会できたあの日から、今日でちょうど半年なんだよ」
「…あ」
そうだ。もう随分昔のことのように感じていたが、彩花と再会したのは今年の6月。ちょうど6か月前の今日と同じ日付だ。
「私、半年前まで自分にきょうだいがいること自体知りもしなかった。でもお姉ちゃんは、私のことずっと覚えていてくれたんだよね。そのお陰で今、私はこうしてお姉ちゃんと一緒にいられるの。だからこれは、そのお礼」
その言葉に、目頭が熱くなるのを感じる。
再会してからのまだ短い付き合いの中でも、表裏の無い性格の彩花が私との再会を喜ばしく思ってくれていることを疑うことは無かった。でも、私に感謝しているなんて話は初耳だった。
こみ上げてくるものをなんとか我慢しようと必死な私だったが、そんなのお構いなしに彩花は続ける。
「お姉ちゃん、私を見つけてくれてありがとう」
「…っ」
その一言がとどめだった。
不意に視界がぼやけ、すぐにそれが自分の涙のせいだと分かった。両目からは堰を切ったように涙が溢れ、頬を伝いとめどなく流れ落ちていく。
突然の私の涙に、彩花は慌てた様子でおろおろしている。
(お前のせいだぞ、バカ)
心の中で悪態をつくものの、涙は一向に止まることを知らない。涙で声が上ずり、上手く言葉を発することも出来ない。
それでも―――
「…私、こそ」
―――それでも、どうしても今、彼女に伝えたいことがあった。
息を詰まらせながらも、枯れそうなか細い声で何とか言葉を絞り出す。
「…私の、方こそ…お礼を、言い、たい」
私に大事なことを伝えてくれたあなたに。
私にとってかけがえのないあなたに。
偽りない、心からの、私の本心を伝えたい。
「私とまた出会ってくれて、ありがとう」
私の言葉に、不意を突かれたように目を大きく見開く彩花。
「元気に育ってくれてありがとう。優しく育ってくれてありがとう。…私を信じて、受け入れて、愛してくれて、ありがとう」
ぼろぼろ泣きながら、嗚咽交じりに自分の想いを伝える。
それを聞いた彩花は最初こそ「もーなにそれー」とか「お母さんみたーい」なんて笑い飛ばしていたけれど、そのうち嗚咽を漏らし、終いには私と同様に顔をぐしゃぐしゃに歪ませながらぼろぼろと大粒の涙を零していた。
(…涙もろいところも、双子だから似たのかしら)
彩花の泣きじゃくる姿を見て、私はそんなくだらないことを考えていた。でも、今はそんなくだらない共通点でも愛おしく思えた。長く離れて過ごしていたとしても私たちは間違いなく姉妹なのだと、血の繋がりが教えてくれている気がしたから。




