双子のウワサ 7
私・北原麗華は物心ついた頃から父と祖母と3人で暮らしていた。それが普通の家庭と違うことは保育園で母親に送迎される子ども達を見て何となく察してはいたが、当時から冷めていたからか私はそれを見ても羨ましいと思うことはなかった。
3人で暮らしていたとは言ったものの、父は仕事の都合で毎日朝早く家を出て夜遅くに帰宅する生活が続いていたため実際はほとんど祖母と2人で暮らしているようなものだった。父が元々寡黙だったこともあり、ほとんど会話のない私と父との繋がりは希薄なものだった。
そんな中、ある土曜日の昼頃に家に一本の電話が入った。電話に出た祖母は最初顔を青くして大声を上げていたが、電話を終えると泣きながらその場に崩れ落ちた。心配して駆け寄る私に、祖母は消え入りそうな声で「お父さんが、死んだって…」と告げた。
数日後、私は真っ黒なワンピースを着て父の亡骸が納められた棺が炎の中へ飲み込まれていく様を眺めていた。祖母は「最後のお別れしようね」と言って手を合わせていたが、私には何故そんなことをするのかよく分からなかった。でも、何となく父とはもう二度と会えないのだろうということだけは理解出来た。
その日の夜、帰宅してすぐに祖母は一冊のアルバムを取り出し、私にある写真を見せてくれた。
「これが1歳の時の麗華だよ。隣にいるのは、あなたの妹」
その時、私は初めて私の家族について聞かされた。私に母がいないのは幼い頃に離婚して離れ離れになったからだということ。そしてその際に母は私の双子の妹を連れて行ったこと。
それまで疑問に思っていて、それでも聞くことができなかった「私にお母さんはいないの?」という疑問はこうして解決された。同時に私には『彩花』という名の実の妹がいることを知った。とは言え今更母親や妹がいると言われても現実味がなく、これからの祖母との2人の生活に意識が向いていたのもあって、私にはそれらの事を気にしている余裕はなかった。
父が亡くなって以降、私は家のことを積極的にやるようになった。小学生になった私は祖母だけに負担をかけないようにと掃除や洗濯を率先して行うようになったし、料理も祖母に教わりながら日々練習していた。祖母はそんな私に「いつもありがとうね」と毎日感謝してくれていた。
中学校に上がってからもその生活は変わらなかった。私は部活にも入らず、毎日学校が終わり次第真っ直ぐ家へ帰り家事をこなしていた。祖母は「家事ばかりじゃなくて、部活とかやりたいことをやってもいいんだよ」と言ってくれていたが、この頃の祖母は膝を痛めて歩きや階段昇降に苦労するようになっていたので私は出来る限り祖母を助けてあげたいと家事に精を出していた。膝を痛めても祖母は毎日の食事の用意だけは譲らなかったので、その他の家事は私がすべて担当することで私たちは上手く生活出来ていた。そのはずだった。
中学3年生の夏。学校の行事でいつもより少し遅く帰宅した私は、玄関を開けた瞬間に目の前に飛び込んできた光景に目を疑った。廊下の真ん中で祖母が倒れ動かなくなっていたからだ。頭が真っ白になった私はその場で数秒立ち尽くしていたが、我に返るとすぐに祖母へと駆け寄り声をかける。
「おばあちゃん! 返事して! ねえ、おばあちゃん!」
何度呼び掛けても返事はない。私は気が狂いそうになりながらも、かろうじて理性を働かせ119番に連絡。数分後に到着した救急車によって祖母は病院に運ばれたが、既にベッドの上で冷たくなっていた祖母の体を診た医師は沈痛な面持ちで私に「残念ですが…」と祖母の死を告げた。
医師の言葉に張り詰めていた緊張の糸が切れたのか、私は祖母の体に縋りながら人目も憚らず大声で泣いた。父の時とは違う、家族を失う痛みに私は打ちひしがれていた。
私から連絡を受けた叔父の手配で祖母の葬儀はつつがなく終わり、私は葬儀場で祖母の棺が炎に飲み込まれていく様を見送った。そこで父の火葬の時のことを思い出し、当時の私は親不孝だったんだなぁなんてことを今更感じていた。
葬儀の後、叔父は私に「私の家に来ないか。妻と娘も歓迎するだろう」と提案してきた。ありがたい話だったが、私には祖母と過ごしたこの家を離れるなんて考えられなかった。この家に住み続けたいと我儘を言う私は、叔父を大いに困らせたことだろう。
何度か話し合った末、叔父は「実家の管理」という名目で私が1人でこの家に住み続ける許可をくれた。その上、学費や生活費も父や祖母が残した財産から全て出すとまで言ってくれた。叔父の計らいに涙を流して感謝した私は、その恩に報いるためにと学業に専念した。
叔父のおかげで生活に不自由はなかった私だが、いつまでもこの環境に甘えてはいられないとも考えていた。なので高校に入学してからはアルバイトに注力し、ひたすら将来のために貯金をした。もちろん勉強も手を抜かず、常に成績上位をキープした。そんな生活の甲斐あってか、私は国立の大学に入学が決まった。
大学に進学しても私は変わらず勉強とアルバイト漬けの日々を送っていたが、数年経ってそんな生活にも僅かな変化が生まれた。実入りが良いからと気まぐれにガールズバーのバイトを始めたのだが、これが性に合っていたのか働く内に自分目当てに通う客がちらほら現れてきた。
それに気を良くしたのが悪かったのか、常連客の中に随分と粘着質な男が現れた。電話番号を聞かれ嫌々ながら教えるとその後毎日のように電話してくるし、メールも日に何度も送ってきて返事がなければ一方的にキレる。しばらくしてその客は店を出禁にされたのだが、その後はストーカーまがいの行為までしてくるものだから精神的に参ってしまった。大学生活も後半に差し掛かり就職活動を始めていた時期だったので、そうしたつきまとい行為が追い打ちとなり私のメンタルはボロボロになっていた。
そんな時にフラっと私の前に現れたのが、木下雄一という男だった。店に客として来た彼は私のことを気に入ってくれたのか、2回目の来店から何度も私を指名してくれた。私も話している内に彼の余裕のある大人の雰囲気に心地良さを感じていて、ある日の会話の中でうっかりストーカー行為をする客の話を零してしまった。ストーカーの悩み相談にも真摯に向き合って貰ったことで私は彼に惹かれるようになり、生まれて初めて恋に落ちたと感じた。彼からの提案でいけないことと知りつつプライベートでも会うようになり、程なくして私たちは交際を始めた。
信頼出来る相手がいるという生活が久しぶりで精神的に安定したからか、私は再び精力的に就職活動に取り組むようになった。お陰で程なくして無事希望していた就職先から内定が出て、私は飛び上がるほど喜んでしまった。もちろん雄一さんにもすぐに報告したし、そのことを彼も自分のことのように喜んでくれた。
そうして私の社会人としての生活が始まった。新人研修は覚えることが多くて大変だったが、昔からバイト漬けの私は体力だけはあったので他の同期達と比べればまだ余裕がある方だった。何より週末には愛する人との甘い時間が待っていて、そのことを思えば平日の仕事なんて苦にならなかった。仕事も頑張ってプライベートも充実している、そんな自分は最高に幸せなんだと疑うこともなかった。
そんな充実していると思っていた私の毎日は、あの日をきっかけに一変することになる。
「あ、あの、あなた須崎さんでしょ!?」
ある日の夜、街を歩いていると突然見知らぬ女性にいきなり肩を掴まれ引き止められた。不機嫌さを隠しもせず相手を睨みつけると、その女性は驚きで目を見開いていた。その人こそ私の人生を変えた張本人…今や私の大切な友人、秋本菜瑞さんだった。
菜瑞さんから聞かされた話は、私の想像を遥かに超えるものだった。生き別れの妹―――彩花が手の届くほど近くで暮らしているという事実。そして、最愛の人―――雄一さんが私に大きな嘘を吐いていたという真実。
特に私の心をかき乱したのは雄一さんのことだ。彼が妻帯者で私とは不倫関係だと説明され、最初はそんなはずないと感情的に菜瑞さんの言葉を否定してしまったものの、よくよく考えれば思い当たる節はいくつもあった。いくら頼んでも家には連れて行ってくれないし、お泊りも旅行もダメだとずっと言われていた。つまり今の家庭を壊す気はなくて、それでいて都合良く遊べる相手が欲しかっただけなのだろう。それが分かった途端、百年の恋も冷めるように私の想いはすっかり萎れてしまった。
代わりに私の心に灯ったのは、彩花に会いたいという気持ちだ。これまでは全く別の人生を歩んで来た妹と今更会ったところで話すことなどないと考えていた私だったが、いざ菜瑞さんから彩花の話を聞いた時の私は思わずそれに食いついてしまった。自分の行動に自分でも驚いたが、それはきっと私が家族という存在に飢えていたからなのだろう。幼い頃に父を亡くし、祖母を亡くし、一人ぼっちで「強くならなきゃ」と気を張って生きてきた。だからこそ無条件に私を受け入れ、支え、許してくれる存在を求めていたのかもしれない。
とは言え私たち姉妹が離れ離れになってから既に約20年という時間が経過している。それだけの時間を別々に歩んできた彼女の人生に突然「私があなたの姉です」なんて割り込んでいいのかと何度も自問した。もしかしたら私に対して嫌悪感すら感じているかもという恐怖もあった。それでも自分の一番の理解者だと思っていた雄一さんの裏切りに傷心していた私は、縋る様に妹との繋がりを求めて菜瑞さんに協力を願った。
最初に彩花を一目見た時、間違いなく彼女が自分の姉妹なのだと確信した。まるで鏡を見ているかのように自分と瓜二つの顔をしていたからだ。同時にすごく素敵な子に育ったなとも思った。同じ背格好、同じ年齢でありながら、柔らかい雰囲気と周囲まで明るくするような笑顔。「彩花」の名の通り、明るく可愛らしく育ったのだなと思った。
私はまず彩花に私達が離れ離れになった経緯を知っているか、また私や父のことをどう教えられどう思っていたのかを聞いてみた。どのような答えが返ってくるか気が気ではなかったのだが、彩花の回答は予想外のものだった。なんと彩花は両親の離婚後に母に捨てられ施設に保護され、その後今の家に養子として迎えられたのだという。想像を絶する彼女の話に、顔も覚えていない母親を締め上げてやりたい気持ちに駆られた私だったが、当の彩花はと言えばケロッとしたものでその後は今の家族との仲睦まじいエピソードを語ってくれた。その時の彩花の表情がとても穏やかで優しくて、現在の両親がとてもいい人達であること、彼女がその2人に愛情を沢山注がれて育ったであろうことがよく分かった。
その後私は拒否されることを覚悟しつつ彩花に「DNA鑑定をさせて欲しい」と申し入れたのだが、意外なことに彼女はそれをすんなりと受け入れてくれた。難色を示されると思っていた私は拍子抜けしてしまったのだが、後に本人から聞いた話では
「私、ずっときょうだいが欲しかったんだ。だから、お姉ちゃんの話が本当のことなら受け入れたいと思ってOKしたの」
ということだった。
検体を検査機関に送付して2週間ほど経った頃、検査結果が到着した。
結果は「99.99%の確率で血縁関係があると判断する」というもの。つまり私と彩花の血縁関係が立証されたということだ。
ある意味予想通りの結果。そして私にとっては喜ぶべき結果の筈なのに、私は目の前に記された結果を信じられずにいた。現実感がないというか、夢の中にいるような浮遊感で「え?本当に?いいの?」と何度も検査結果を見返した。
そんな私を現実に引き戻したのが、彩花からのハグだった。突然抱きつかれ驚きながら彩花の顔を見ると、彼女は泣き笑いのような表情で「良かったね」と何度も繰り返した。彩花の言葉にようやく検査結果が現実だとわかると、気付けば私も涙を流していた。私は嗚咽交じりになりながらも「ありがとう、信じてくれて」と彩花を抱き返した。
―――彩花は本当に良い子だ。
突然現れた私の言葉を信じて、実の姉妹だと認められると一緒に喜んでくれた。気立ても良いし、人懐っこいし、それでいて芯の強さもある。私は、そんな妹に幸せになって欲しい。私のように、ろくでもない男に引っかかって傷付くような経験をして欲しくない。こんな辛い思いをするのは、私だけで十分だ。
(…だけど…)
そんな風に考えるのは、私の独りよがりなのだろうか…?




