双子のウワサ 6
…というわけで今に至るワケだ。
その後、須崎さんと男性の2人はカフェに入り現在までお茶を飲みながら楽しげに談笑している。私たちはその様子を通路の向かい側にある物陰から3人して覗き込んでいる格好であり、傍から見れば不審者と思われても仕方ない状態である。ちなみにこの状態になって既に30分が経過している。
私としては「せっかくのデートが邪魔された不満」「不審者として通報されないかという不安」「私そっちのけで観察に夢中な渉への呆れ」がない交ぜになって複雑な気分だったのだが、当の渉は目の前の光景に釘付けだ。ホント、どうしてこんなことになっているのか…。
改めてテラス席の須崎さんの様子を見ると、対面の男性と親しげに談笑している。話の内容までは聞こえないが、男性も砕けた態度で接しているところを見るにそれなりに親密な関係のようだ。本当に彼が須崎さんの彼氏なのか、それとも友達以上彼氏未満の関係なのか…。
ふと隣の麗華さんの様子を見てみると、色々な感情がない交ぜになっているのか何とも言い難い表情を浮かべていた。彼女は今、妹の様子に何を思っているのだろうか。
「楽しそうにしているじゃない」
「うん…」
私の言葉に力なく答える麗華さん。心なしか目は潤んでおり、涙を堪えているようにも見える。私はこれまでの麗華さんの言動に対する疑問をぶつけてみることにした。
「須崎さんに彼氏が出来るのがそんなに嫌?」
「そんなんじゃ…ないんだけど…」
自分でも自分の気持ちが整理できていないのか、麗華さんは曖昧に返事をすると沈んだ表情で訥々と言葉を零し始めた。
「彩花だって、物心つく前とはいえ母親に捨てられて、養父母に引き取られてからも衝突して…これまで大変な思いをしてきたはずなの。それでもあんなに明るく真っ直ぐに育って…私、そのことが本当に嬉しくて。急に現れた私のことも姉と認めて慕ってくれるし、本当に良い子なの」
須崎さんの話になると、麗華さんはわずかに笑顔を浮かべた。妹のことを本当に大事に思っていることが伺い知れる。
「だから…私は彩花が幸せになれるならそれでいいの。私のことなんか放っておいて自分の幸せのことだけ考えてくれていればいいって、そう考えてる。…でも、相手の男が彩花の想いを踏みにじるような腐った性根のヤツだとしたら…私は、ソイツを絶対に許さないわ」
笑顔から一転、険しい表情を浮かべる麗華さん。鋭い視線は須崎さんの向かいに座る男性を射抜かんとするようだ。大事な人に傷付いて欲しくないという彼女の気持ちは理解できる。できるのだが…。
「貴女の気持ちはわかるけれど、恋愛だって経験よ」
私はそうハッキリと口にした。私の言葉にバッと振り向いた麗華さんの表情は、親に突き放された子どものように寂しさと悲しさで歪んでいた。
「麗華さんには耳の痛い話かもしれないけど、金や女にだらしない女と付き合って失敗するのも大事な経験よ。その時は傷ついたり悲しんだりするかもしれないけれど、それが糧になって人間は成長できるの。あなたのやり方は、須崎さんの成長の機会を奪っていることにならない?
ハッキリ言わせてもらうけど、今の麗華さんは須崎さんに対して過保護になっているわ。ただ一人の肉親だからと入れ込む気持ちは分からなくもないけど、彼女には彼女の人生がある。自分のお眼鏡に敵わない男だからと勝手に引き離そうとするなんて、娘を溺愛するバカ親父のやることよ」
私がそこまで言いきると、麗華さんは言葉を詰まらせ俯いてしまった。
「…頭では理解しているのよ。こんなことをしても彩花は喜ばないって。でも彩花には裏切りや嘘のない、信頼できるパートナーを見つけて欲しいの。私みたいな思いを…あの子にはさせたくない」
苦しそうな顔で絞り出すようにそう言う麗華さんに「それでも…」と声を掛けようとしたところで、渉が抑えた声で割り込んできた。
「2人が店から出てくる」
渉の言葉にカフェの方を振り返ると、丁度2人が会計を済ませて店から出てくるところだった。私たち3人は急いで身を隠し、店の前で言葉を交わす2人を観察する。彼らは少しの間スマホの画面を見ながらきょろきょろと周囲を見回していたが、その後私たちがいる場所から反対方向を指差したかと思うとその方向へ並んで歩きだした。
「また移動するみたいだね」
そう言いながら渉は「どうする?」と問いかけるように麗華さんの顔を見る。数秒間葛藤している様子の麗華さんだったが、少々苦しそうな表情を見せながらも彼女は
「…追いましょう」
とストーキング続行を決断した。
カフェを出てモール内を歩くこと数分。須崎さんと男性はある店の前で立ち止まると、2人して店内へ入っていった。店はシックで落ち着いた雰囲気の木造建築を模した外観で、店先のショーケースには装飾された小箱のようなものが並んでいるようだ。パッと見た感じは雑貨屋のようにも見えるが、看板を見てもなんて書いてあるのか分からず、どんな店なのか予想することも出来ない。
「俺にも読めないけど、多分ドイツ語だろうな」
渉がそう言う横で、麗華さんは店内で笑い合う須崎さんたちを眺めている。その目はとても寂しげで、今にも泣き出しそうにも見えた。いたたまれなくなった私は彼女を気遣うように声をかける。
「ねぇ…もうこんなことやめて帰りましょう?」
その言葉に麗華さんは少々逡巡する様子を見せたものの、その後ゆっくりと頷いた。
「そうね…私、どうかしてたみたい…」
そう言って私たちの方へ向き直ると、深く頭を下げながら申し訳なさそうに頭を下げる。
「ごめんね菜瑞さん、せっかくのデートなのに水を差してしまって…旦那様も、ご迷惑かけてしまってすみませんでした」
見ていて痛々しいほどに気落ちしていた麗華さんに、私はなんて言葉をかけてあげればいいか分からなかった。だがそこで、渉が意外な言葉を口にした。
「迷惑じゃない」
「…え?」
「渉?」
渉の言葉に麗華さんは驚いてスッと顔を上げる。私も彼の予想外の言葉に目を丸くしていた。
「着いてきたのは俺の意思だから気にしないで。それより、あまり思いつめない方がいい」
渉の言葉に麗華さんは目を見開き驚いていたが、その後力なく笑いながら
「…ありがとうございます。じゃあ…また」
そう軽く会釈すると、肩を落としながら出口の方向へ1人歩いて行った。
私たち2人は、その背中を黙って見送る事しか出来なかった。




