双子のウワサ 5
私の手を引きながら、麗華さんは人混みをかき分けショッピングモール内をずんずんと進んでいく。その横顔からは尋常ならざる気迫が感じられ、道行く人々もそれに気圧されてか自主的に道を譲っているようにも見えた。そんな彼女の様子に、私も行く先も目的もわからないままにただただ黙って付いていく事しか出来なかった。
一体何のためにこんなことを?なんてことを考えていると、急に彼女はある柱の陰で立ち止まった―――かと思えば今度は先ほどまでと同様に柱の影から身を乗り出し、こそこそと前方の様子を伺っている。
麗華さんの行動の意図がいまいち掴めない私は、何の説明もなく連れて来られたことに加えせっかくのデートを邪魔されたことに対する苛立ちも相まって、強めの語調で麗華さんの肩を揺さぶりながら問いかける。
「ちょっと、一体どういうことなの? ちゃんと説明してよ」
「…え? あ、ああ、そうね…。ゴメン、急に連れ出したりして…」
申し訳なさそうな顔で両手を合わせ謝りながらも彼女は
「理由は…アレよ」
そう言って目線を柱の向こうへと送る。視線の先にあるのはモール内のエントランスのような開けた空間。そこには家族連れやカップルなど多くの人々が行き交っていて…
「あ」
そこで麗華さんが何を指しているか理解した。
視線の先には、これまた見慣れた顔の人物がいた。
「須崎さん…?」
「ええ、そうよ」
そう、そこにいたのは麗華さんの双子の妹であり、私の職場の後輩でもある須崎彩花さんその人だった。普段はパンツスタイルが多い彼女だが、今日は晩秋だというのに短めのスカート姿でかわいいダッフルコートを羽織っている。そして―――
「…男といるわね」
「…ええ、そうなの」
そう、彼女は見知らぬ男性と一緒に笑顔でモール内を歩いていた。年齢は見た感じ須崎さんと同じくらいで、身長は成人男性の平均くらいはありそうだ。何より清潔感があり、須崎さんとのやり取りも自然で肩肘張った感じもない。手を繋いだりはしていないものの、にこやかに談笑しながら2人並んで歩いている様は付き合いたてのカップルと言われてもまったく疑問に思わないだろう。
「まさか、本当に彼氏がいたの…?」
先日の麗華さんの予想が的中していたことに驚く。あの時は思い込みで突飛なことを言っているだけだと思っていたのだが…。これが瓢箪から駒、嘘から出た誠というヤツなのだろうか。
などとひとしきり関心していた私だったが、よく考えたらそれと麗華さんが須崎さんをストーキングしていることには直接関係がないのではないか…?
「…ところで、何で麗華さんは須崎さんをストーキングしてるわけ?」
「ちょっ、人聞きの悪いこと言わないでよ!」
「いや事実でしょ」
私が訝しげに彼女を見つめると、麗華さんは気まずそうに目を泳がせる。
「こ、これには深いワケが…」
「ええ、実の妹をこそこそ追いかけ回すくらいですもの。それはそれは深い理由があるんでしょうねぇ?」
私の嫌味ったらしい口ぶりに麗華さんはぐっと言葉を詰まらせていたが、その後諦めたように溜め息を一つ吐くとこれまでの経緯を語り始めた。
話は数日前に遡る。
最近の須崎さんの様子に不信感を抱いていた麗華さんは、本人に直接探りを入れてみようと「週末一緒に遊びに行こう」と誘いをかけたらしい。しかしその時は「ごめーん、先約があって…」と断られてしまったそうだ。
「で、その時少しカマをかけてみたのよ。まさか男じゃないでしょうね?…って」
随分直球な気もするが、冗談っぽく聞くなら誤魔化しやすいか…などと考えながら聞いていると、そこで麗華さんは不機嫌そうに眉間に皺を寄せる。
「そしたらなんともハッキリしない返事が返ってきて…それで私、どうにもモヤモヤしちゃって…」
うーん、須崎さんも恥ずかしくて素直に言えなかったのだろうか。まぁ家族相手であってもそういう報告って躊躇われることもあるだろうし…。
「だから思い切って、彩花を尾行しようと思ったの」
「いやそうはならんやろがーい」
文脈がぶっ飛び過ぎていて思わず声に出してツッコんでしまった。
にしても流石に尾行はマズいだろう。麗華さんと須崎さんは実の姉妹だが、書類上は別世帯の他人なのでもしも警察に捕まろうものならそこそこ面倒なことになりかねない。だと言うのにここまでなりふり構わず行動するとは…。これも愛が重すぎる故の暴走なのだろうか。
とにかく須崎さんの尾行に踏み切った麗華さんは須崎さんの自宅近くに朝から張り込み、彼女が家を出てからここまで後を追って来たらしい。そしてショッピングモールの最寄駅を出たところであの男性と合流し、仲良く幾つかの店を回って今に至る…ということだった。
「ここまで服屋やら雑貨屋やら楽しそうに2人で回っていたわ。あれは間違いなく付き合っているわよ!彩花ったら、男がいるならそう素直に言ってくれてもいいのに…」
「…麗華さんには言いづらかったんじゃない? この前の一件もあるし」
私の言葉に麗華さんは「うっ」と苦い顔をする。この前の一件、というのは言うまでもなく数ヵ月前の麗華さんの破局騒動である。当時の麗華さんは相当荒れていたし、そんな姉に「彼氏が出来た」なんて報告は普通出来ないだろう。
「…それで、何で私は連れてこられたのかしら?」
そう、先程からずっと疑問だった。麗華さんが妹を尾行するのは、まぁあまり褒められたことではないがとりあえず良しとしよう。しかし、偶然会った私を引っ張ってここまで連れて来られた理由がよくわからない。私が居ようと居まいとこの状況をどうにか出来るとは思えないのだが、何のために麗華さんは私をここまで引っ張ってきたのだろうか…?
私の指摘に麗華さんはハッと顔を上げる。その顔は何故か青ざめていて、どうしたのかと尋ねようとしたところで先に麗華さんが言葉を発した。
「ごめんなさい、あんまり深く考えてなくって…ちょっとテンパって焦ってたのかも。良く考えたら菜瑞さんも旦那さんとお買い物中だったはずなのに、いきなり引っ張ってくるなんて…私、なんでそんなことしたのか…」
「…はぁ…」
咄嗟の行動で特に意味はなかったということなのだろうか。
まあ私からしたら迷惑な話だが「仕方ないなあ」とそれくらい流してあげるか、と思っていたのだが麗華さんの顔はどんどんと青くなっていく。
「ちょ、ちょっと麗華さん? 大丈夫?」
「ゴメン菜瑞さん、本当にゴメン…旦那さんにも、どんな顔して謝ればいいか…」
「気にしなくていい」
「ひぇあ!?」
麗華さんは申し訳なさからか顔色が真っ青を通り越して真っ白になる勢いだったが、突如私の背後からヌッと現れた渉に大層驚き飛び上がっていた。無理もない。こんなん私でも驚く。
「だ、旦那さん、申し訳ありません! お買い物中に奥様を無理やり連れ出してしまって…」
慌てて頭を下げる麗華さんに、渉は困ったように頭を掻きながら
「まぁ、あまりいい気分ではないけど…それよりも何で急に菜瑞を連れ出したんだい?」
「それは…その…」
麗華さんは気まずそうにしながら、私たちがいる柱の向こうへ目線を向ける。そこには男性と楽しそうに話しながら並んで歩く須崎さんと男性の姿。麗華さんの視線の先にいた2人を捉えた渉は「なるほど」とだけ零すと、眼鏡を少し持ち上げ目を細めて2人を見つめている。
「ふむ…」
「…?」
渉の様子に私は首を捻る。彼のこの仕草は見覚えがあった。つまり、あの2人をそういう目で見ているということになるが…。
「あれは、妹さんかな?」
眼鏡を戻しつつそう問いかける渉に、麗華さんは「え、ええ」と狼狽えながら答える。渉は須崎さん達の方へ視線を戻すと、唐突に予想外の行動に出た。
「移動するみたいだ、追おう」
「は?」
「え?」
見ると確かに須崎さん達はモールのさらに奥へと歩いていくところだった。渉の発言にぽかんとした顔を浮かべる私たちを他所に、彼は須崎さん達の後を追ってずんずんと進んでいく。
「ちょ、ちょっと!? 待ちなさいよ!! 渉―っ!!」
予想だにしなかった展開に、私は大声を上げながら渉の後を追うしかなかった。




