双子のウワサ 4
(どうしてこんなことに…)
溜め息を吐きながら、心の中で悪態をつく。
そうでもしなければやっていられなかった。
今日はよく晴れた晩秋の休日。抜けるような澄んだ青空と対照的に、私の心はどんよりとした雲に覆われたように暗く沈んでいた。その理由は、偏にこの意味不明な状況のせいだった。
やさぐれた気分になりながらも物陰から少し離れたカフェのテラス席を覗き込むと、そこには職場の後輩である須崎彩花さんが、普段よりめかし込んだ格好で見知らぬ男性とお茶を飲みながら談笑しているのが見えた。
「………むぅ………」
「……………………」
その様子を熱心に眺めているのは、彼女の姉である北原麗華さん。ハッチング帽を目深に被りサングラスとマスクを着用した不審者として通報されても仕方がないような出で立ちで、悩ましげな唸り声を上げている。そして一緒になって一言も発さずに興味深げにテラスを見つめているのが、私の夫である渉だ。
(本当に、なんでこんなことに…)
心の中で特大の溜め息を吐きながら、仕方なく私もカフェの方に目をやる。
どうしてこんな状況になっているかというと…。
・・・・・・・・・・
遡ること約1時間。私と渉は休日のデートを楽しんでいた。
基本的には恒例となっている週末の買い出しの延長なのだが、今日は近付いてきた本格的な冬に向けて新しい服や靴を見て回るため、家から数駅隣にある郊外の大型ショッピングモールまで来ていた。服装もいつもの買い出しに比べたらよそ行きなものだったし、渉も意識しているのか普段の外出の時よりもエスコートしてくれているような雰囲気で、私も久しぶりのデート感のある休日に心を弾ませていた。
しばらくは本来の目的である古着屋や靴屋を回っていた私達だったが、途中モール内で奇妙な人物を見かけた。いや、奇妙というか明らかに不審者めいていたと言った方がいいだろう。
背格好から女性と推測されるその人物は、オーバーサイズのブルゾンに身を包みハッチング帽を目深に被っていた。オマケに帽子の下に見える顔には黒のサングラスに黒のマスク。出で立ちだけでもこれ以上ないほど怪しかったのだが、極めつけにその女は物陰から何かを覗き込むような動きをしていた。どこからどう見ても明らかな不審者で、他の客達も遠巻きに彼女へ胡乱げな視線を向けている。
これは警備員か警察に通報すべき案件だろうか…と悩んでいると、隣の渉が肘でこちらを小突いてきた。
「? どうしたの?」
「いや、あそこにいる女の人…」
「ああ…」
渉もあの不審者に気付いて通報すべきか思案しているのか。
それともあの人物から何か読み取れたのか?
「やっぱり通報すべきかしら?」
私がそう尋ねると、渉から返ってきたのは予想外の言葉だった。
「あの人、前に見たことがある。ほら、例の双子の…」
「え?」
そう言われて不審者の姿をよく観察してみると、確かに見知った人物と背格好や顔立ちが良く似ている。というかあのぶかぶかのブルゾン、前に見たことがあるような…。
(一体何してるのかしら…)
不審者の正体が顔見知りと分かった私は、呆れから軽く溜め息を吐いた。
今の自分の姿が周囲からどう認識されているか、分かっていないのだろうか…?
見て見ぬふりをすることもできたが、知り合いと分かってしまった以上は放置して他の客に通報されるというのも後味が悪い。面倒だと思いながらも私は渉に目配せをしてから、件の女性へゆっくりと近づいていった。
彼女は前方の何かに夢中らしく私が至近距離まで接近しても気付かない。仕方がないので背後から軽く肩を叩きつつ声を掛けた。
「お姉さん、何されてるんですか?」
「……っ!?」
私の声によほど驚いたのか、不審者女性は素早く振り返りながら後退り私から大きく距離を取った。そんな彼女に呑気にも「こんにちわー」とひらひらと手を振る私。女性は一瞬の硬直のあと驚いた様子で声を発した。
「…え? な、菜瑞さん!? ど、ど、どうしてここに!?」
「それはこっちの台詞よ。…というか何?その恰好は…」
私が溜め息交じりにそう言うと、ハッとした彼女はいそいそとハッチング帽とマスクとサングラスを外す。中から現れたのは緩くまとめられたダークブラウンの髪に、切れ長の目と艶を感じさせる泣き黒子。最近会う頻度が増している友人、北原麗華さんだった。
見るからに怪しい格好ということには自覚があったのか、変装(?)を解いた彼女は私の言葉に気まずそうに眼を泳がせている。
「いや、これには深い事情があって…ってあれ? 隣の方は?」
一転してキョトンとした顔になった麗華さんは、私の隣に立つ渉を不思議そうに眺めている。
「え? ああ、麗華さんは初対面だったか。こちら夫の渉です。渉、こちら友人の北原麗華さんよ」
私が隣で所在なさげに立つ渉を麗華さんに紹介すると、彼は少し背筋を伸ばして
「菜瑞の夫の秋本渉です。妻がお世話になっております」
と少々緊張した面持ちで90度に腰を曲げお辞儀をしていた。
それを受けて麗華さんも慌てながら深々と渉に向き直り頭を下げる。
「す、すみません、菜瑞さんの旦那様でしたか。あの、私、北原麗華と言います。菜瑞さんとはお友達でして、いつもお世話になってばかりで…最近も色々と相談に乗って頂いて…」
少々ぎこちない笑みを浮かべながらそこまで言うと、ハッと何かを思い出したように麗華さんは背後へ勢いよく振り向いた。
「あっ…! ヤバい、移動しちゃう!!」
そう言うと彼女は(何故か)私の手を取ると
「事情は後で話すから、とにかく付いて来て!! すみません旦那さん、菜瑞さんちょっとお借りします!!」
「え、ええ…!? ちょ、ちょっと!! 麗華さん!?」
言うが早いか、麗華さんは静止も聞かずに私の手を引いてモール内を小走りで移動し始めたのだった。




