双子のウワサ 3
例のランチの翌日、私は報告のために麗華さんといつものファミレスで落ち合うこととなった。
前回同様に仕事終わりの私が店に到着すると、ボックス席にはシャインマスカットのパフェを口にしながらご満悦顔の麗華さんが。「お一人様ですか?」と話しかけてくる店員に「待ち合わせです」と断りを入れ彼女のいる席へ近づいていくと、それに気付いた麗華さんは笑顔で手を振ってきた。
「…そう、誠二さん、ようやく入籍できたのね」
そう言うと麗華さんは穏やかに、少しだけ申し訳なさそうに笑っていた。
須崎さんの話を報告する際に、途中で話にのぼった木下誠二氏の入籍についても触れたのだが、その話になると彼女は少し神妙な表情になった。麗華さんも木下課長とはちょっとした繋がりがあり、今回の入籍報告については思うところもあるのだろう。
「それはそれとして、彩花の話よ。結局、彼氏はいないって言ってたのよね?」
「え、ええ、そうね…」
身を乗り出して聞いてくる麗華さんの圧に若干気圧されながらもそう答える。
私からの報告を聞いてもなお、麗華さんは須崎さんの態度について懐疑的だ。
「本当かしら…嘘ついてる感じとかしなかった?」
「そんなの私にわかるわけないでしょ…」
「えー、菜瑞さん結構鋭いし、そういうの分かりそうだけど」
「わかりません! …あ、でも」
ふと、あの時の須崎さんの態度に違和感を感じたことを思い出す。
「何? 何か気になることでも?」
「いや…須崎さん、彼氏はいないのかって聞いた時、なんだか気まずそうに答えてたの」
「ほう、それで?」
「別の子が、過去に悪い男にでも捕まったのか?って聞いたら、そんなところです、って」
「何ですって!?」
そう大声で言い、両手で机をバンと叩きつけ立ち上がる麗華さん。突然のことに私はもちろん周囲の客たちも驚き、こちらに視線を向ける。彼女は数秒して我に返ると周囲からの視線に気づき、気まずそうに会釈をしながら再度席に着いた。
「そうそう、ちょうどそんな感じの申し訳なさそうな顔よ」
「追い打ちやめてくれない!?」
涙目でそう抗議してくるが、先ほどのような迫力はない。
一つ咳払いをし、気を取り直した麗華さんが再度問うてくる。
「で、さっきの続きよ。何よ、彩花が悪い男に騙されてたって」
「騙されたとは言ってないけど…」
まぁ本人がぼかして言っていたので何とも言えないところだ。騙されていなくても、金や女にだらしなかったり、何らかのハラスメントをするような男だったり、色々と理由は考えられるが…。
「ちょっと、何よそれ。信じられない。どこのどいつよそのクソ野郎は。というか菜瑞さんも、その辺りまでついでに詳しく聞き出しておいてよ」
段々苛立ちと共に怒りが沸き上がってきたのか理不尽なことを言い出してきた麗華さんに対し、私は呆れながらも冷静に返す。
「過去の男とのいざこざなんて根掘り葉掘り聞きだせるわけないでしょ。仕事の昼休憩の話なのよ。それに本人が話したくなさそうだったし。そんなに気になるなら自分で聞き出しなさいよ」
「だって菜瑞さん、私に任せろって言ってたじゃない!」
「任せろなんて一言も言ってないわ! あんまり期待しないでって言ったのよ!」
麗華さんの理不尽な発言の連続に、私も段々ヒートアップしてしまう。
「だいたい、過去の男性経験を聞き出そうとするなんてデリカシーがないわよ! 麗華さんだってわざわざ自分から不倫してた元カレの話なんてしたくないでしょ!」
「あーっ! そういうこと言うんだーっ! ひっどーい! 菜瑞さんは素敵な旦那様がいるから、私みたいな女の気持ちなんてわからないのねーっ!」
ボルテージが上がりヒステリック気味にそう言う麗華さんにカチンときた。
私が、恋愛で、苦労したことがない、と?
真っ先に思い起こされたのは、大学時代の元カレの話。
彼とは交際期間1年ほどで別れることになったが、原因は彼の独りよがりな愛情に私が応えられなくなったから。あと彼が私に言い寄る他の男を闇討ちで病院送りにしていたからだ。
そんな男となんて付き合ってられないと私から別れ話を切り出せば、今度は逆上し襲い掛かってくる始末。結果として殴り合いの喧嘩の末、元カレを病院送りにし私も大怪我を負うというとんでもない事態に発展してしまった。
そして数日後にはその話が尾ひれが付きまくった状態で大学内に広く拡散され、以降の私は男子たちから恐れられる存在になってしまった。更にバイト先が大学の近くだったことが災いし、そちらにまでウワサが伝播し男性陣から微妙に距離を取られることに。結果として私は男性とは縁のない大学生活を送ることになった。
その私が、恋愛で苦労したことがない、と?
「うっさいわ! 私だって…」
感情に任せ過去の不運を吐き出そうとした私だったが、その瞬間理性という名の急ブレーキが働きピタリと全身が硬直した。同時に脳も急激にクールダウンしていき、冷静に直前の自分の言動を振り返ることができた。
(…私は今、何を口にしようとした?)
元カレが傷害事件を起こしたこと?
その元カレと殴り合いの喧嘩をしたこと?
それが原因で男から避けられるようになったこと?
(そんな話、人様にできるわけないでしょ…)
危うく自分から黒歴史を暴露してしまうところだった。ありがとう理性。
気を取り直して対面の麗華さんの様子を伺うと、急に停止した私を見てきょとんとした表情で呆けている。私はばつが悪い思いをしつつ浮かせていた腰を椅子に下ろした。
「…まぁ、私だって恋愛の失敗くらいあるわよ」
「えっ? 菜瑞さんもそういう経験あるの? えっ聞きたい聞きたい」
先ほどまでの怒りはどこへやら、ヒステリックな態度から一転して麗華さんは好奇心で目をキラキラと輝かせていた。だが、元カレの話だけはダメだ。本当に絶対にダメだ。
「…そういうのはまた今度ね」
「えーっ、ズルい! 私の話は知ってるのにズールーい!」
「あれは仕方ないでしょう…」
彼女の失敗談には私も当事者として絡んでしまったので、経緯はよく知っている。なのでズルいとかではない、仕方ないことなのだ。
それでも抗議してくる麗華さんをなんとか宥めつつ、私は考える。
(…渉が私を見つけてくれたこと、感謝しないとね)
元カレとのことがあってから、私自身男性と恋愛関係になることを避けていた節がある。恋愛や結婚に憧れはあれど、過去の経験から無意識に距離を置いていたのだろう。そんな私を探し、見つけて声を掛けてくれた渉だったからこそ、私も結婚に踏み切ろうと思えたのだ。…まぁ、その探し方については少々言いたいこともあるのだが。
麗華さんには申し訳ないが、私は渉と再会し結婚できて今とても幸せだ。
辛い恋愛を乗り越えた彼女にも、いつかいい人が現れることを願おう。
不満げに頬を膨らませる麗華さんを眺めながら、そんなことを思った。




