双子のウワサ 1
本日より5話公開となります!!
最後までお付き合い頂ければ嬉しいです!!
「…私、こそ」
―――それでも、どうしても今、彼女に伝えたいことがあった。
息を詰まらせながらも、枯れそうなか細い声で何とか言葉を絞り出す。
「…私の、方こそ…お礼を、言い、たい」
私に大事なことを伝えてくれたあなたに。
私にとってかけがえのないあなたに。
偽りない、心からの、私の本心を伝えたい。
「私とまた出会ってくれて、ありがとう」
――――――――――――――――――――
「須崎さんの様子が変?」
「うん、そうなの」
そう言いながらテーブルの向かい側に座るのは、下に着たパーカーとショートパンツが丸々隠れるほどのオーバーサイズブルゾンに身を包んだ、ラフな装いの妙齢の女性だ。切れ長の目が強調されたメイクからはクールで強気なイメージを受けるが、真剣な面持ちで眼前にそびえる山盛りの巨大パフェと格闘している姿からは、小柄な体格も相まって子どもっぽい愛らしさも感じられる。本人に言ったら怒られるかもしれないが。
彼女の名は北原麗華。数か月前にひょんなことから知り合った私の友人だ。
彼女との出会いは話すと長くなるのだが…端的に言えば、私が知人と見間違えて彼女に声を掛けたことから関係が始まった、と言ったところか。
その知人というのが、私の職場の後輩であり麗華さんの双子の妹である須崎彩花という女性だ。彼女達姉妹は物心付く前に両親の離婚により離れ離れになってしまいその後長らくお互いの所在を知ることなく生きてきたのだが、数ヵ月前に不思議な縁があって見事再会することができた。その際、私も少々力添えをさせて頂いたという経緯がある。
そんな須崎さんについて相談したいことがあるというのが、今日私が麗華さんに呼び出された理由らしい。
色々あって麗華さんとはちょくちょく連絡を取り合ったり、お互いの家が近いことから食事やお茶に誘い合うことも度々あったが、今回のように麗華さんから「相談に乗って欲しいことがある」という連絡があったのは初めてのことだった。
何か深刻な悩みがあるのだろうか?と内心ドキドキしながら私は仕事終わりに指定された駅前のファミレスに向かったのだが、そこで待っていたのはボックス席で真剣な顔をして巨大パフェと対峙している麗華さんの姿だった。ある意味微笑ましいと思える光景に若干肩すかしを食らいつつも、席に着き自分の飲み物をオーダーしたところで冒頭の会話に戻る。
「…ちなみに、具体的にはどんなところが変だと思うのかしら」
目の前の麗華さんの様子から事態の深刻さがいまいち判断できない私は、とにかく状況を確認するために聞き取りから始めることにした。当の麗華さんはと言えば、期間限定だという季節のパフェを口にしながらご満悦顔だ。
「やっぱり秋といえば栗よねー♪ …で、えっと、彩花の様子が変だと思う理由よね」
そう言うと彼女は少し困ったような顔になりながら語り始めた。
「端的に言うと、急に彩花からの連絡の頻度が減ったのよ。前は毎日何回もメッセージが飛んできていたし、夜に通話したいって連絡してきたこともしょっちゅうだったわ。土日も毎週のように一緒に出掛けようって誘われていたし。
…でも、最近は数日に1度くらいしか連絡も来ないし、通話や外出も1ヵ月前から一切ないの。あんなに私にべったりだった彩花がよ? これってどう思う?」
「…うーん…」
麗華さんの言いたいことも分からなくはない。
須崎さんは麗華さんと離れ離れになった後、物心付く前に母親から捨てられるような形で保護施設に入れられ、その後今の両親に養子として引き取られている。養父母と須崎さんの関係は良好だと聞くが、唯一の肉親である麗華さんと再会してからの須崎さんは姉にべったりで、私も姉妹の仲睦まじい様子を須崎さんからよく聞かされている。
どちらかと言うと須崎さんが麗華さんを通話や外出に誘うことが多いと聞いていたので、そんな須崎さんからの連絡が激減したら麗華さんが不審がるのも仕方ないのかもしれないが…。
「ただ2人の関係が落ち着いて、適切な距離感になっただけじゃないのかな…」
なんて素直な感想をボソッと零すと、対面の麗華さんはギロリと睨んでくる。『もっと真剣に考えろ』とでも言いたげな顔だ。クールに見えて麗華さんも大概妹大好きだよなぁと思いながら、ここ最近の須崎さんの様子を振り返ってみるが…。
「職場では特に変わった様子はないけどなぁ」
職場での最近の須崎さんは、むしろ仕事に慣れて来て以前より落ち着きが増したくらいだ。それ以外は私から見て大きな変化があるようには見えない。毎日元気ハツラツで、一生懸命に業務に励んでくれている。
私がそう答えると、麗華さんはパフェのグラスを横によけながら体を前のめりにして怪訝な顔で私の顔を覗き込んでくる。
「本当に?」
「え、ええ。仕事で毎日顔を合わせているけど、特段変わったところはないわ」
「むー…」
納得いかないといった表情で、麗華さんは腕を組んで唸ってしまう。私も真似して腕を組みながら改めて最近の須崎さんの様子を振り返ってみるものの、やはり特に変わった様子はないように思える。麗華さんに言われなければ気にもしなかっただろう。職場での人間関係も良好に見えるし、ウワサ好きの同僚である染谷からも須崎さんに関する変なウワサは聞かないし…。
そうして数分間2人で唸り声を上げながら思案していたのだが、急に麗華さんがテーブルにバン!と両手をついて立ち上がった。突然のことに私が驚きながら彼女を見ると、麗華さんは体をわなわなと震わせながら驚愕の表情を浮かべていた。何か分かったのか私が聞こうとすると、それより先に彼女はとんでもないことを口にした。
「ま、まさかあの子…お、男が出来たんじゃ…!?」
「え、ええ…?」
突拍子も無い言葉に私は困惑した。
確かに須崎さんだって年頃の女性だし、彼氏の1人くらい居たって不思議はない。そして彼氏が出来たとなれば、そちらにかまけて麗華さんとのやり取りがおざなりになるのも致し方無い…かもしれない。
そう考えれば『彼氏が出来て付き合いが悪くなった』という麗華さんの推理はある程度筋が通っているのかもしれないが、そうは言ってもあまりに突飛すぎる考えのような…。
「いや、きっとそうに違いないわ。あれだけ私にべったりしていた彩花が急に素っ気なくなるんだもの。男が出来てそっちに現を抜かしているんだわ! そうに違いないわ!」
麗華さんの中では彼氏説がもう確定なのか、シートに座り直した彼女は再度腕を組んでうんうんと一人納得したような顔で頷いている。
「いやでも、まだそうと決まったワケじゃ…」
「いいえ、間違いないわ。私の女のカンがそう言っているもの」
「カンって…」
確かに恋愛事において女のカンというのは結構当たるというのが通説ではあるが…麗華さんには申し訳ないが、彼女のカンはあまり当たらない気がする。前例があるので。
やれやれと肩をすくめながら少し冷めた紅茶を口へ運ぶ私だったが、そんな私をよそに麗華さんはまたもやとんでもないことを口にする。
「そうと分かれば…その男が彩花に相応しい男かどうか、見極めないとね」
「は?」
唐突な彼女の言葉に思わず声が出た。
え、何言ってるのこの子。
「当然でしょ。私の大切な妹が、どこの馬の骨かも分からない変な男に引っかかるなんて許せないわ。彩花のためにも、どうにか正体を突き止めて化けの皮を剥がしてやらないと…!」
そう力説する麗華さんの目は決意の炎がメラメラと燃えているように見えた。須崎さんに彼氏がいると確定したわけでもないのによくもまぁ…。仮に彼氏が実在したとしても、変な男とは限らないだろうに。
(お前が言うな、ってツッコんだところで止まらないでしょうね…)
使命感に燃える麗華さんとは対照的に、私の心は冷ややかだった。
麗華さんは数ヵ月前、当時交際していた男性と破局した。その男性というのが既婚であることを隠した妻帯者で、つまり相手からしたら不倫だったわけだ。今でこそ自分から笑い話にしているものの、自分が不倫相手として遊ばれていたと知った時の麗華さんの取り乱し様は凄まじく、その後別れてからもしばらくは愚痴と自己嫌悪の言葉ばかりを口にしていた。
そもそもの話、その男性と親密になったキッカケも当時麗華さんが受けていたストーカー被害の相談だったので…彼女を励ますために設けた酒の席で、麗華さんはすすり泣きながら「どうして私に寄りつく男はこうもクズ野郎ばっかりなのよ…」と世を呪うように口にしていた。
自分に男運が無いと分かっているからか、妹が悪い男につかまっていないかと心配する気持ちは分かるのだが、悪い男に振り回されてきた側の彼女が男の良し悪しを判断できるのだろうか…。
そんな風に本日2度目の呆れ顔をしている私に向かって、麗華さんは本日3回目の爆弾発言を投下した。
「ってことで菜瑞さん、協力よろしくね♪」
「は、はぁ!?」
お願い!と両手を合わせウインクをする麗華さんの姿は非常に可愛らしいのだが、それとこれとは話が別だ。何だって私がそんなことをしなければならないのだ。
「だって菜瑞さんなら彩花と毎日顔を合わせてるし、様子を探るには適役じゃない? 私から変に探りを入れると怪しまれるだろうし、それとなくあの子に彼氏のこと聞いてみてよ」
「そ、そんな無茶苦茶な…」
確かに須崎さんとは毎日顔を合わせているしそれなりに仲も良いと思ってはいるが、彼女はあくまで仕事仲間だ。プライベートの話も少なからずするが、わざわざ詮索するような真似はしたくないというか、そんなこと期待されても困るというか…。
「お願い! 菜瑞さんしか頼れる人がいないのよー! この通り! どうか!」
難色を示す私に、麗華さんは必死に拝み倒してくる。
正直面倒だし、出来ることなら断りたい。だが…。
(どうにも放っておけないのよねぇ…)
今でこそ妹との絆を取り戻した麗華さんだが、彼女は両親の離婚後に実の父と祖母を早々に失い、長い間孤独な青春を送ってきたと聞いている。そんな彼女の生い立ちを聞いて以降、私は同様に辛く孤独な青春を過ごした親友と麗華さんが重なって見えてしまい、何か力になってあげたいと思うようになっていた。
どうせ今回のことだって私がちょっとの気苦労と雑務をこなすだけで済むことだ。面倒ではあるが、大した手間ではない。
(…こういうところがお人好しって言われる理由なんでしょうね…)
かつて何度も親友から言われた台詞を思い出し、大きく溜め息を吐く。
「……………上手くいくとは限らないわよ」
眉間に皺を寄せながらそう絞り出すように告げると、麗華さんはぱあっと顔を輝かせティーカップを持つ私の右手を両手で包むように握ってきた。
「ありがとう! 菜瑞さんのそういうちょろ…頼りになるところ、大好きよ!」
おい今本音が出てたぞ。誰がちょろいだ。
まぁこうして引き受けてしまった以上、強く否定も出来ないのだが…。
「…はあああぁ…」
私は再度大きい溜め息を吐きながら、死んだ魚のような目で天井を仰いだ。
今回も毎日20時に数話ずつ投稿予定です。
よろしくお願いします。




