親友のウワサ 6(終)
その翌日。
私と日高さんは登校して早々に生徒指導室に連行され、学年主任にこっぴどく叱られた。受験を控えた立場でありながら、学内行事を放って堂々と学校を抜け出したのだから当然だろう。しかし普段の行いのおかげか、2人とも規則違反の初犯ということで説教だけで済んだのは助かった。
教室に戻ると、一緒に登校した瑛理がクラスメイトたちに囲まれ「昨日はどうしたの?」「退学届ってどうして?」「本当に学校やめちゃうの?」と質問攻めにされていた。本人はいつもの調子でニコニコ笑顔を浮かべながら「ちょっと家の事情で」「親とケンカして、頭にきて勝手に出したみたい」「ガッコ―やめないよー」と受け流していた。その光景にいつも通りの日常が帰ってきたような気がして、私は心底ホッとした。
目下最大の懸念だったた瑛理の今後の住居についてだが、なんと驚くべき解決策が日高さんから提案された。
「アタシが住んでるマンション、空き部屋がたくさんあるからさ。1つくらいなら使ってもいいよ」
その時初めて知ったが、どうやら日高さんは近くのマンションで一人暮らしをしながら高校に通っていたらしい。しかもそのマンションというのがただのマンションではなく、駅前に立つ新築のタワーマンション。一度瑛理と招待されたことがあるが、4人家族でも持て余すような広さと最新鋭の設備の数々に2人揃って言葉を失ってしまった。高校生なのにこんな物件に1人で暮らしているなんて、日高さんって一体何者なんだ?と戦慄したものだ。
「家賃は取らないけど、その代わり家事をやって欲しいんだよね。アタシ片付けとか苦手でさ」
その言葉の通り、日高さんの私室と思われる部屋はベッドの周囲にお菓子の空箱や飲みかけのペットボトル、広げたままの雑誌や脱いだままの服なんかが散乱しており、台所は滅多に使わないのかシンクに埃が積もっていた。
家事が得意な瑛理はもちろんこれを快諾。すぐに元のアパートを引き払い、日高さんのマンションに移り住んだ。こうして見事住居問題は解決となった。
ここからは余談だが、最初は掃除と洗濯をやるよう頼まれていた瑛理だったがその内日高さんの分の食事まで用意するようになったそうだ。元々日高さんの食事はコンビニ食やデリバリーばかりだったようで、それを見かねた瑛理が栄養バランスを考えた食事を朝昼晩と毎回用意するようになったのだという。2人が同居を始めてしばらくした頃「瑛理ってあんなに料理上手かったんだな」と日高さんがボソリと言ってきたことから判明した。
その後しばらくしてからのこと。瑛理の元へ、彼女の母方の祖父母という人物から連絡があった。何でも祖父母の元に『あんたらの孫が父親が失踪して困っているから助けてやれ』という変な手紙が届いたそうで、手紙の内容には半信半疑ながらも孫を心配した祖父母たちは手紙の最後に書かれていた電話番号へ連絡することにした。そうして瑛理と十数年ぶりに連絡を取ることが出来たらしい。(瑛理の父は表向きには「失踪」ということで口裏を合わせることになった、と後から日高さんから聞いた)
その後に直接祖父母と会った際の話を瑛理に聞くと、元々祖父母らは母親の失踪後父親への申し訳なさから瑛理の学費をずっと出していたのだという。同時に瑛理に会いたいと父親に何度も話をしていたようだが、父親が長距離トラックの運転手で地方に行くことも多かったため都合がつかないからと断られ続け、十年以上瑛理と直接顔を合わせることができなかったそうだ。
父親の失踪が事実だと知り、また瑛理が大学進学を希望していることを知った祖父母らは、喜んで大学の学費を出すと言ってくれたらしい。元々自分でバイトしながら学費を支払うつもりだった瑛理は、その申し入れに泣きながらお礼を言ったのだとか。
謎なのは『変な手紙』の送り主だ。瑛理の実情を知り、また瑛理本人も知らない彼女の親戚を突き止めるとは、一体何者なのか…。脳裏にちらついたのは日高さんとあのスーツ男の姿だったが、これ以上詮索すると碌なことにならない気がしたので深く考えるのはやめた。
後顧の憂いが無くなった瑛理は、3年生に進級してからバイトの時間を減らし受験勉強に勤しんだ。時間があれば過去問を解いたり動画サイトのオンライン講義を見たりしていたし、教師に質問しに行く姿も頻繁に見られた。周囲からは「瑛理、雰囲気変わったね」とよく言われていたが、それが悪い意味ではないことは誰もが理解していた。
そうして夏が過ぎ秋が過ぎ、冬を迎えついに訪れた運命の日。
筆記では手応えがあったと豪語していた癖に合格発表に1人で行くのは怖いと泣きつかれた私は、瑛理の受験した大学を2人で訪れていた。駅から大学までの道すがら瑛理はずっと私の手を握っていたが、その手はずっと震えていた。自信があったとしてもやはり不安が勝るのだろう。
そして合格発表の時間。職員が合格者一覧表を掲示すると私たち2人は目を皿にして瑛理の受験番号を探す。一つ、また一つと番号を追っていき…。
(…あっ!?)
あった。
瑛理の受験番号。
見間違いではないかと3回確認したが、間違いなく瑛理の番号だ。
私が瑛理の方へ顔を向けると、彼女も自分の番号に気付いたのか目に涙を溜めながら私を見つめていた。
「やった!! やったよ菜瑞ぃ!!」
「すごい!! すごいよ瑛理ぃ!!」
感極まった私たちは、その場で抱き合い飛び跳ねて喜びを分かち合った。
ふと気付いた時には、私まで大粒の涙を流していた。
それから少しして、私も第一志望の大学に合格し春から大学生になることが決まった。
2人して受験の重圧から解放された私たちは、残りの高校生活を思い切り遊んで過ごした。某夢の国にも2人で遊びに行ったし、2人で都心のアパレルショップ巡りにも行った。クラスメイト達と受験お疲れパーティーと称してみんなでカラオケにも行った。これまで遊びたくても遊ぶ時間がなかった瑛理は、その隙間を埋めるように楽しい思い出を重ねていった。
そうしてあっという間に迎えた3月。
無事卒業式を終えた私と瑛理は2人並んで通学路の並木道を歩いていた。4月を目前に並木の桜は半分以上花開し花弁を紙吹雪のように散らしていて、まるで私たちの門出を祝福してくれているようだ…というのは、勝手過ぎる思い込みだろうか。
3年間毎日歩いたこの道も今後は歩く機会が激減するのかな、と考えると一抹の寂しさがある。瑛理はどう思っているのだろうか?とふと隣を歩く彼女を横目に見ると、たまたま向こうもこちらを見ていたようでバッチリ目が合った。それがなんだかおかしくて、2人して意味もなく笑い合う。こうした何でもない時間も、もうすぐ終わってしまうのだ。
瑛理は進学を期に隣県の大学近くのアパートに引っ越すため、これからは顔を合わせる機会もなくなる。もちろん遠方へ行くわけではないのでその気になれば会いに行くことも出来るだろうが、これからの彼女は夢を叶えるための勉強に日々邁進していくことになる。これまでのように頻繁に会うことは出来ないだろう。これまで一緒にいることが当たり前だった瑛理と気軽に会えなくなると思うと、やはり寂しい。
「ねえ、菜瑞」
「ん? なに?」
私が感傷に浸っていると、瑛理は突然駆け出し―――たかと思えば、数メートル先で急に立ち止まる。そこは私と瑛理が帰り道でいつも別れる十字路。ここからそれぞれ家が反対方向になる私たちはいつもここで「また明日」と言って別れていたが、明日からはもういつものように会うことはできない。
瑛理はそこで振り返ると、真剣な目で私を見ながら言った。
「私、忘れないよ。菜瑞と過ごした3年間」
改まった雰囲気に恥ずかしくなった私は茶化した風に「急にどうしたの」と返したが、瑛理は目を逸らさず「いいから、最後まで聞いて」と言うと一度目を瞑り深呼吸をした。
「…私、菜瑞に会えて良かった。1年の春、勇気を出して菜瑞に声をかけて良かった。
2人でアニメとかファッションとかそういう話をするのも楽しかったけど、何より菜瑞相手だと気を遣わずに素の自分でいられるのが楽で居心地がよかった。メンタル的にツラい時も一緒だと安心するっていうか、元気貰えたっていうか。だから、私は菜瑞のおかげで3年間頑張れたと思うの」
彼女はそう言って、微笑みながら涙で潤んだ目で私を見つめる。
「私と友達でいてくれてありがとう。これからも、ずっとよろしくね」
私はその言葉で、胸に熱いものがこみ上げてきて…同時にあの夜のやり取りを思い出し、苦笑しながらあの時の彼女のセリフを真似て返す。
「…そこは、親友って言うところじゃないの?」
一瞬ポカンとした瑛理だったが、私の発言の意味を理解したのかお腹を抱えながら大笑いした後
「…そうね、親友」
そう言って、右手を開いた状態で高く掲げた。その意図を理解した私は、同じように右手を開いて高く掲げると瑛理と大きな音でハイタッチを交わして
「元気でね!! 親友!!」
「そっちも元気でね!! 親友!!」
そう笑顔で、互いに背を向けて歩き出した。
それぞれの未来に向かって―――
いつもの事ながら、(終)と付いているもののもうちょっとだけ続きます。
最後までお付き合い頂ければ幸いです。




