親友のウワサ 5
その日の夜、瑛理を伴って帰宅した私は両親から大目玉を食らった。
どうやら私が学校を飛び出した後、担任の深谷がそのことを家に連絡したらしい。母はその連絡を受けて何度も私に電話やメールをしていたが、私は色々あったせいでそれらを一切確認できていなかった。不安になった母は父へ連絡。父も私のことを心配して仕事を定時で切り上げ早々に帰宅していたのだが、そこへ丁度良く帰ってきたのが私、ということだ。
私は連絡を怠ったことを両親に深く謝罪しつつも、これまでの経緯をかいつまんで話した。私が学校を飛び出した理由、ここ数日で瑛理の身に起きたこと、そして今日の出来事…。もちろん日高さんやスーツの男については詳細を伏せて話したが。
話を聞き終えた両親は複雑な顔で瑛理を見る。親として彼女の境遇に思うところもあるのだろうか…なんてことを考えていると、我が母が不意に
「…ねえ瑛理ちゃん、お腹空いてない?」
とまさかの言葉を口にした。
という事で、急遽ウチの家族4人に瑛理を加えた5人で夕食を囲むこととなった。
メニューはメインのカレーライスに付け合わせとしてポテトサラダと野菜スープというありふれた内容だったが、瑛理はどれも美味しそうに口にしていた。「他人の手料理なんて食べるの何年ぶりだろう」と泣きそうな顔で言う彼女の姿に私は一瞬言葉に詰まったが、母は「おかわりも沢山あるからね」と明るく話しかけていた。
食事後にも母は「どうせだし今日は泊まっていったら?」と突然言い出し、いそいそと歯ブラシやらバスタオルやら引っ張り出してきては瑛理に手渡していた。これも母なりの気遣いなのだろうか、と考えながら私も「折角だし一緒にお風呂入ろうぜ」と母に便乗し瑛理に提案したりした。
「…いいご両親だね」
部屋の明かりを消してベッドに潜り込む私に、ベッド横に敷かれた布団の中から瑛理はそう口にした。
「…そうね、あんまり考えたことなかったけど。瑛理が言うならそんな気がする」
ウチの家庭は平々凡々で、父も母もほどほどに厳しくほどほどに優しい。それがつまらないと思った時期もあったが、瑛理の家庭環境を考えると、私は親に恵まれた方なのだろう。
「そんで、菜瑞もいいヤツ」
「何よそれ」
唐突に持ち上げられどうしたのかと思ったが、瑛理の顔にからかっているような雰囲気はなく、ただただ穏やかな目でこちらを見つめている。
「だってわざわざガッコー飛び出してまで私の家まで行って、そのあと無理して怪しい場所まで私に会いに来てさ。お人好しっていうか、無鉄砲っていうか…」
「…うーん…」
そう言われると確かに、結構な無茶をした気もする。そりゃ両親だって怒るか。
でもそれは―――
「―――これでお別れは嫌だと思ったから。だから気付いたら行動してた」
私は心に浮かんできた素直な思いをそのまま口にした。
それを聞いた彼女は少し顔を赤く染めながら
「やっぱアンタ、いいヤツだよ」
からかうような目でそう言った。
その表情に不意にドキッとしてしまった私は、負けじとばかりに
「私がこんなこと言うの、アンタだけなんだからね?」
と、そう言ってやった。
何それ告白ー?と笑っていた瑛理だったが、その後突然くしゃっと顔を歪め、今にも泣き出しそうな顔になる。彼女の突然の変化に私が慌てていると、不意に瑛理が
「ねぇ、何でそんなに私のために必死になってくれたの?」
と問いかけてくる。
「…そうねぇ」
自分でも驚くほど、今朝の私は感情を制御できていなかった。教師相手に大声を上げたり、いきなり人の家の前で大泣きしたり。普段の自分からすればあり得ない行動ばかりだ。でも、なんでそうなってしまったかと言えば…
「こんなこと口に出すのは恥ずかしいけど…何より、瑛理と一緒に過ごした時間が私にとって大切だったんだと思う。一緒にアニメの話が出来る友達なんてこれまでいなかったから、色々考察とかしながら語り合うのは楽しかった。
瑛理からメイクやファッションの話を聞くのも好きだったし、無駄話でバカみたいに笑い合う時間すら楽しくて、そういう時間がずっと続いて欲しいなって思ってた。そんな風に、ずっと一緒で居心地がいい人ってこれまでいなかったから」
恥ずかしさで真っ赤になった顔を隠すように、後半は枕に顔を埋めながらそう話した。しかし私が話し終えると、それまで静かだった部屋内に嗚咽のような声が聞こえてくる。不思議に思い顔を上げると、布団の中の瑛理はこちらを見つめながら大粒の涙を流していた。
「え、瑛理…?」
「…私ね、自分が誰からも必要とされてないんじゃないかと思ってずっと怖かった。母親に捨てられて、親父からも見向きもされなかったし…。だから誰かに必要とされたくて、みんなの輪に入れるようにメイクとかファッションとかベンキョーしたけど、それでもいつ捨てられるかって不安だった…」
瑛理は震える声で静かに語り続ける。その間も、両目からはとめどなく涙が流れ続けた。
「強がって『親なんか関係ない、自分の道は自分で決めるんだ』ってずっと自分に言い聞かせてた。親のせいで不幸になってる子どもの力になりたいって児童福祉司を目指したけど、それも自分の強がりを補強するための目標だった。だから私、本当は凄くなんてない。ただ捨てられるのが怖くて強がってるだけなの…」
瑛理は震える体を両手で強く抱きながらそう語った。
「瑛理…」
彼女がそんなことを考えているなんて初めて知った。いつも笑みを絶やさず友人と楽しそうに過ごしていたから気付かなかったけど、内心は「自分がいつ捨てられるか」という不安に押しつぶされそうになりながら日々を過ごしていたということか。
「…大丈夫」
私はベッドの上から手を伸ばし、瑛理の頭を撫でた。
「瑛理は本当に凄いよ。高校通いながら頑張ってバイトして200万円も貯金するなんて、普通できないよ。私なんてそれだけ貯金があったら、ちょっとくらい遊んでもいいかなって考えて使っちゃうもん。
それに理由が何であっても、ちゃんと将来のこと考えて進学したいって考えてるのも偉いよ。私なんてとりあえず適当に進学すればいいや、くらいしか考えてなかったんだから」
私がそう言っても瑛理は「でも…」と自信なさげな顔で俯くばかりだ。だから私は瑛理を元気付けるために言ってやった。
「もっと自信持ちなよ。瑛理は、私の自慢の友達なんだから」
私の言葉に瑛理は目を見開き息を飲む。驚きからか涙も引っ込んでしまったようだ。そしてその後、苦笑しながらも穏やかな笑顔を浮かべながら
「…そこは、親友って言っておきなさいよ」
と返してきた。
(む…親友…親友か)
確かに瑛理と私はそう呼び合えるほどの関係であると言っても過言ではないような気もしていたが「自分が一方的にそう思っているだけでは?」と気後れしている面はあった。だが今回晴れて瑛理本人からのお墨付きも出たことだし…
「よし、じゃあ親友だ。瑛理は私の、自慢の親友」
「もう…アンタってヤツは…」
私の言葉に瑛理は、手のかかる子どもを見るような優しい目をしながら
「じゃあ菜瑞も、私の大切な親友だ」
そう答えた。




