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ウワサ話のウラ話  作者: 紺堂
第3話 アナタはどこにいるの

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猫のウワサ 余話

「…ってことなのよ」

「へぇ~、そんなことがあったんですねぇ~」


 日向君を見送ってから数日後のこと。私はまたも染谷と印刷工場内の休憩室で書類配達後の休憩を取っていた。

 今回は珍しく、私から染谷を引き留めて話を振った。内容は言うまでもなく、先日の野良猫騒動に端を発する日向君の救出劇についてだ。一応、発端となった猫の溜まり場を一緒に発見した染谷には話しておくべきだと思ったから。


「それにしても不思議な話ですねぇ~。その黒猫、まるで人間の言葉がわかってるみたいな動きぶりじゃないですかぁ~?」

「ね。そのくせ事件の後はまたふらっとどこかに消えちゃうし、本当に謎だらけの猫だったわ…。結局どこの猫だったのかしら?」


 そう言って今や何処でどうしているかも分からない黒猫に思いを馳せていたところ、なにやら足元に妙な感覚が。

 またもデジャヴを感じつつ足元を見下ろすと、例の黒猫が私の右足にまとわりついていた。首元には当然トレードマークの赤い革製の首輪。噂をすればなんとやらだ。


「おー、お前こんなとこまで迷いこんじゃったのかー?」


 工場裏の猫の溜まり場は既に片付けられたはずだが、そうと知らずにまた迷い込んでしまったのだろうか。しかも今度は工場の中にまで入り込んでくるなんて。いくら人馴れしているにしても随分と図太い精神をお持ちのようだ。

 足にじゃれつき続ける黒猫を抱き上げ椅子に座り直すと、頭を軽く撫でてやる。猫は「ナァー」と気持ち良さそうに声を上げ、私もその様子に「かわいいなーお前」と和んでいたのだが、ふと対面に座る染谷の方を見てみると何故か血の気が引いた顔をしていた。


「せ、先輩? その猫は…?」

「え? ああ、この子がさっきの話で出てきた黒猫よ。首輪もあるしどこかの飼い猫なんだろうけど、どこからか迷い込んだみたいねー」

「いやあの、もしかしてその猫ってぇ…」


 染谷は何かを言い淀みながら青い顔で口をぱくぱくさせている。こんな表情をする彼女を見るのは初めてで、一体この猫がどうしたのかと訝しんでいた時だった。


「ああ、そこの君」

「はい?」


 背後からそう声を掛けられ振り向くと、私はその体勢のまま固まってしまう。


「その猫はウチの子なんだ、すまないが返してくれるかい?」


 そこにいたのはワイシャツの上から作業着のブルゾンを着込んだ、少し腰の曲がった小柄で総白髪の初老の男性。

 よく見知った…というかこの会社では知らぬ者のいないその姿を見て私は


「か、会長…!?」


 と思わず立ち上がり声を上げてしまった。


 そう、この人こそ百代印刷の創業者、百代(ももしろ)平蔵(へいぞう)氏である。現在は社長職を息子に譲り会長となっているが、それでも日々精力的に会社の内外問わず様々な場に顔を出し続けているため社員からの認知度はほぼ100%だ。私も会社行事や社内報でよくお顔を拝見している。

 顔立ちも物腰も柔らかで一見親しみやすい人物だが、いざ対面すると不思議と迫力を感じ自然と背筋が伸びてしまう不思議な方だ。現に今も私や染谷は会長に気付いた瞬間に思わず頭を下げている。


「お、お疲れ様です!」

「お疲れ様ですぅ~…」


 会長は私たちの挨拶に「お疲れさん」と返しつつ歩み寄ると、私の腕の中の猫を覗きこむ。


「ほぅ、随分と懐かれておるね」

「そ、そうですか? この子、最初に出会った頃からこんな感じなんですが」

「人懐っこい子だが、抱き上げられてなすがままにされるのは珍しいんでね。君がいい人だと思って気を許しとるんだろう」

「そう、なんでしょうか…?」


 会長の言葉に若干困惑しつつも、抱えていた猫を手渡す。猫は会長に抱え直され若干身じろぎしたが、もぞもぞと動いた後は会長の胸に頭をなすりつけ甘えている様だった。会長もそれが分かっているのか、猫の背を愛おしげに優しく撫でる。


「会長、猫がお好きだったんですね」

「ああ、昔はそうでもなかったんだが、家内の影響でね」


 聞けばこの黒猫は十年ほど前に会長の奥様が動物保護団体に所属する知り合いから引き取って来た子らしい。会長自身は当初猫にはさほど興味がなかったものの、いざ世話をし始めると愛着が湧き今ではすっかり猫好きになってしまったようだ。

 ちなみに当の黒猫だが、飼い主から満足に食事を与えらず瘦せ細って庭で倒れていた姿を見た近隣住民からの通報で団体に保護されたのだとか。その影響からか保護された後は餌を持った職員に積極的に寄ってくるようになり、会長宅に引き取られた後も慣れない環境に臆するこなく会長や奥様に積極的に餌をねだっていたとのことだ。そう聞くと、見ず知らずの私や日向君にも最初から積極的に近寄ってきたことにも納得できる。


 会長の話に色々と得心しつつも、しかし私には未だ判明していない最大の謎が残っていた。


「…ところで、その猫の名前ってなんていうんですか?」


 そう、名前だ。私は便宜上この猫を黒猫黒猫と呼び続けていたが、飼い猫ならちゃんとした名前がつけられているはず。今や大した問題ではないが、ここまで来ると逆に気になる。


「ん? ああ…」


 私の言葉に少し驚きつつも、会長は優しい声音で答えた。


「この子はね、ヒナタという名前なんだ」

「ヒナタ…ですか?」

「うん、ひなたぼっこが好きな子だったんでね」


 なぁヒナタ、と語り掛けながら会長はヒナタの背を優しく撫で続けている。ヒナタもそれが心地良いのか、会長の腕の中で丸くなりながら目を細め「ナァー」と声を上げていた。


 ヒナタ。奇しくも日向君と同じ名前。

 人によってはこの偶然を運命だと口にするのだろうが、私にはこの猫が日向君を助けた理由がなんとなく分かった気がした。


 恐らくヒナタは日向君が母親に怒鳴られている現場に偶然通りがかり、自分と同じ名前に反応して彼の部屋へ忍び込んだのだろう。そこで部屋に閉じ込められ痩せ細り力なく横になるだけだった日向君を見て、過去の自分を重ねていたのかもしれない。それで彼に寄り添い、助けようとした…と私は考えた。つまりヒナタが日向君を助けたことにはちゃんと理由があったのだ。

 まぁ猫の考えることなんて本当のところは分からないし、結局は私が考えた都合の良い解釈でしかないのだが。


 当のヒナタは、気持ちよさそうな表情で会長の腕の中に体を丸めて納まっている。日向君にとってヒナタは救いの猫だったろうに、そんなことは気にもしていない素振りで気ままに生きる姿は、実に猫らしい奔放さに溢れていると思った。

 改めてヒナタの顔を覗き込みながら私は


「…いいお名前ですね」


 そう呟いて、もう一度その頭を撫でてやった。

これにて3話完結となります。今回も最後までお付き合い頂きありがとうございました!

面白いと思ったら評価やリアクション、ブックマークをして頂けると励みになります。


次回は比較的早めに投稿できると思いますので、また読みに来て頂けると嬉しいです!

ではまた次回!

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