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ウワサ話のウラ話  作者: 紺堂
第3話 アナタはどこにいるの

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猫のウワサ 7

「はい、どうぞ」


 そう言って私はベンチに座る子ども2人に自販機で購入してきた缶ジュースを手渡す。


「ありがとうございます」

「ありがと、姉ちゃん」


 お礼を言いながらジュースを受け取るのは、先日まで私の勤め先の敷地内で野良猫たちに餌を与えていた小学生のショウタとユミの2人組。先ほど改めて聞いたところ、本名はそれぞれ熊谷(くまがや)翔太(しょうた)戸田(とだ)夕美(ゆみ)というらしい。


 私たちがいるのは、先ほど彼らと再会した一軒家からほど近い、住宅街の中にひっそりと設けられた小さな公園だ。園内に他の人影はなく閑散としていた。私たちはそんな公園のベンチに3人並んで腰かけ、ちびちびと缶ジュースを飲み始めた。


 何故こんなことになっているかといえば、先ほど再会した際に軽く挨拶だけして立ち去ろうとした私を「ちょっとお話できませんか?」と夕美が引き止めたからだ。特に急ぎの用もない私は二つ返事でそれを了承し適当に腰を下ろせる場所を探そうとスマートフォンを取り出したが、そこで今度は翔太が「近くに小さいけどベンチのある公園がある」と提案してきたために今に至る。


 さて夕美の言う「お話」とは何なのだろうか、と考えながらオレンジジュースの缶を傾けていたところ、夕美が不思議そうな顔でこちらを見上げながら訪ねてきた。


「お姉さん、あの家に何か用事があったんですか?」

「えっ? あ、あー…えーっと…」


 探偵ごっこで猫を追いかけてました…なんて子ども相手に言うのも躊躇われて言葉を濁す。色々考えた結果、最終的には「たまたま付近を散歩していたら、たまたまあの時の黒猫がこの家の中に入っていくのを目撃し、ちょっとだけ中を覗いていたら家の人に見つかり注意された」という風に説明することとなった。まぁ完全に嘘ではない。7割くらいは本当のことだ。


「ところで、あなたたちはどうしてここに? 家がこの近くなの?」


 後ろめたさから話を逸らそうと彼らに話題を振ってみるが、私の問いに翔太と夕美は暗い顔で俯いてしまう。不思議そうな顔をする私を見て、夕美は


「私たちは、その…」


 と何か話し出そうとするが、すぐに口をつぐみ若干気まずそうに目を逸らす。そんな夕美の様子に翔太は不満げな顔を露わにしながら、ぶっきらぼうに言葉を引き継いだ。


「あの家、俺たちの友達が住んでるんだ」




 2人の話によると、あの家には彼らの友人である川島(かわしま)日向(ひなた)という男の子が住んでいるとのこと。いつも元気で明るく優しい、それでいて勉強もできるクラスの人気者なのだとか。翔太と夕美はその日向君とは友人同士だそうで、小学校1年生の時に出会って以来いつも3人一緒で仲良く過ごしてきたらしい。


 そんな日向君だが、数日前から体調不良を理由に学校を欠席しているとのことだ。日向君の欠席初日、日向君から「両親は共働きで2人とも日中は不在」という話を聞いていた2人は、彼が家に一人残され心細くしているだろうと思い放課後に家までお見舞いに向かった。だが家に着きインターホンを鳴らすと、応答したのは初めて聞く大人の女性の声。

 聞けば日向くんの母親だというその女性は、翔太たちがお見舞いに来たと伝えると明らかに面倒くさそうな声で「今あの子は寝てるから」と一言だけ告げて通話を切ってしまったのだという。その後も何度かインターホンを押してみたが、以降は一切反応がなかったらしい。




「日向のヤツ、これまで風邪も引いたことないのにもう1週間も学校休んでるから、大きなケガや病気なんじゃないかと心配で…。それで昨日も学校が終わってから家に行ったんだけど、インターホンを押したらまたお母さんの声で『今寝てるから』って追い返されたんだ。もしかして大変な病気なのかって心配で聞いてみたんだけど、そしたら『お前たちには関係ない!』って怒られちゃって」


 そう語る翔太の顔には無力感からか苛立ちが浮かんでいるようで、隣の夕美も心配そうな顔で俯いていた。2人とも日向くんのことを本気で心配しているのだろう。


「その日向君と連絡を取る手段は何かないの? 例えばメールとか、電話とか」

「日向くん、スマホ持ってないからメールとかメッセージアプリじゃ連絡出来ないの。お家の電話には何度もかけてみたんだけど、誰も出なくて」


 夕美が自分のスマートフォンを見せながらそう答えた時、私はハッとなった。

 私に限らず、一定以上の年齢の人間にとって今やスマートフォンは持っているのが当たり前の代物だ。電話やメールといった連絡手段としてはもちろん、色々な情報を即座に調べたり発信でき、アプリゲームや動画視聴といった娯楽も楽しめる。現代人の生活にはなくてはならないものだろう。

 しかし、本来スマートフォンとは非常に高価なものである。少なくとも彼らのような幼い子どもにポンと買えるものではないし、月々の通信費を捻出することすらできないだろう。今では小学生でもスマホを持つ時代というが、それも親が端末を買い与え月々の通信費を支払っているから利用できているワケだ。バイトも出来ない年齢の子どもにとっては、親のさじ加減一つで与えられるかどうかが決まってしまう。


(子どもって、本当に無力よね…)


 過去の苦い思い出が一瞬脳裏に浮かんだが、今は感傷に浸っている時ではない。

 ひとまず日向君について、改めて考えてみよう。


 もう1週間も姿を見せていないという日向君。家まで会いにいこうとしたら、これまで家にいなかったはずの母親を名乗る女にインターホン越しに門前払いされ取り付く島もない。メールや電話といった連絡手段も使えず、彼の安否を確認するすべはない状態だ。


(正直、その母親とやらが怪しすぎるのよね…)


 母親というのは恐らく、先ほど私が出会ったジャージ女のことなのだろう。正直、これまでの経緯を考えると彼女が本当に日向君の母親なのかも疑わしいが…疑い出すと話が進まないので、ひとまずそれについては棚上げしておこう。


 日向君が姿を見せない理由。

 本当に怪我や病気の場合もあるが、それなら普通は母親が病院に連れていくのではないだろうか。

 …と思ったがしかし、あの母親が病院まで子どもを連れて行くイメージもあまり持てない。というか、あんなに怒りっぽくて荒っぽい女性ならば、もしかしたらその手で日向君を…


(いやでも、それは)


 私が最悪な仮定を思い浮かべていたところで、翔太が私の服の袖を引いた。彼は私の顔色を伺いながら、躊躇いがちに口を開く。


「なぁ姉ちゃん。もしかしてさ、日向のヤツ…親に、ぎゃくたい?ってのをされてるんじゃないか? 殴られたり蹴られたり、そういうことをさ…」

「…!」


 虐待。

 私も可能性の一つとして想像していたことだが、実際に口に出して言われた瞬間、背筋に冷たいものが触れたような寒気を覚えた。

 返す言葉に窮している私に構わず、翔太が続ける。

 

「姉ちゃん、この前『生き物を育てるなら責任を持て』って言ってただろ。でも、親が子どもをちゃんと育てられてない時はどうすればいいんだ? もしもの話だけど、本当に日向が親に毎日殴られたりしてたら…」


 翔太は両手で潰れるほど強くジュース缶を握りながらそう問うてくる。強い思いとは裏腹に、声は震え目からは涙が零れそうになっていた。夕美は翔太の震えを抑えようとしてか彼の腕を強く握っていたが、彼女もまた今にも泣き出しそうなほど瞳に涙を溜めていた。


「なぁ姉ちゃん。一生のお願いがあるんだ」


 翔太は震える声でそう言うと、ベンチから立ち上がり私に向かい合うように向き直った。そして勢いよく頭を下げながら


「もう俺たちだけじゃどうにもならない。親にも日向のこと相談したんだけど『よその家のことにあまりちょっかい出すな』って怒られた。先生にも日向のこと聞いてみたけど『お母さんは風邪だと言ってます』としか答えてくれなかった。けどなんか嫌な感じがするんだ。

 だから頼む、一緒に日向の家に行って、あのお母さんを説得してくれよ。大人がいないと、俺たちだけじゃ話も聞いてくれないから」


 その姿を見た夕美もベンチから立ち上がり、翔太と同様に私に向かって深々と頭を下げた。


「私からもお願いします。私たち、日向くんが心配なんです。どうか、どうか…」


 今にも泣き出しそうな震える声で、目に涙を溜めながら懇願する彼らの姿に胸が詰まる思いになる。

 正直なところ、力になってあげたいとは思う。しかし、翔太の親御さんが言う通り軽々に他人様の家庭の事情に踏み込んでいいのかという疑問もある。


(でも、もし本当に虐待があったとしたら…)


 その場合、日向君の生命に関わる問題だ。家庭の事情なんてすっ飛ばして一刻も早く日向君を助け出さなければならない。

 だがそれはあくまで私たちの想像に過ぎないのだ。私たちがあの家に直談判に行ったところであの母親に門前払いされるだろうし、警察に通報したとしても相手にもされないだろう。


 こういう時、本来なら児童相談所なりしかるべき機関に相談するべきだ。しかし日向君が姿を見せなくなって既に1週間が経つという。場合によっては対応を待っている間に手遅れになる可能性もあり得る。


(私は…どうするべき?)


 眉間に皺を寄せながら考え込んでいると、2人からの視線に気付く。顔を上げると翔太と夕美は不安そうな顔で私の方を覗き込んでいた。

 私は意を決して彼らに真剣に向き合い、結論を告げる。


「…ごめんなさい、すぐには答えられないわ。とても…難しい問題なの」


 ここで彼らの要望に応えること自体は簡単だ。だが、恐らくそれだけでは何も解決しない。日向君の実情を確認したいなら、正面からあのジャージ女にぶつかるだけでは駄目だろう。何か策がなくては。

 私の言葉に、明らかに落胆を見せる2人。私はそんな彼らの前にしゃがみ込んで視線を合わせると、両手を2人の頭に手を置きポンポンと軽く叩いた。


「日向君のことは必ず協力するわ。でも、ただ私が一緒に家に行ってもあのお母さんに追い返されるだけだと思うの。だから話を聞いてもらう方法についてちょっと考える時間が欲しい。それでもいい?」


 私の言葉に、2人は期待と不安が入り混じった表情をしながら顔を見合わせてから


「…それでもいい。お願いします」

「よろしくお願いします…」


 そう静かに頭を下げた。


 その後、私は夕美と今後の連絡のために連絡先を交換して公園を後にした。去り際の彼らの寂しそうな表情を見て少々心が痛んだ。



「さてと…」


 駅までの道すがら、私はスマートフォンを取り出すと電話帳を開く。

 実は私には()()()()()()のスペシャリストである友人がいる。あの場では余計な期待を持たせたくなくて黙っていたが、日向君の話を聞いた時から彼女に相談しようとは心に決めていた。


(最近、連絡してなかったなぁ)


 目当ての名前を見つけ、そんな他愛のないことを考えながらコールボタンを押した。タイミングが良かったのか、相手は数コールで応答してくれた。


「…もしもし? 久しぶり。急で申し訳ないんだけど、実はお願いしたいことがあって…」

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