猫のウワサ 6
黒猫は住宅地の中を悠々と歩いていく。
時に塀に上り、時に木に登り、ずんずんと進んでいく。
私はその背中を、数歩後ろに何とか追いかけていた。
「猫を追うのって…結構…大変ね…」
身軽に木から木へ飛び移ったり、塀から個人宅の敷地内へ降り立ったりした時はどうしようかと冷や冷やしたが、何とか黒猫を視界の端に捉え続けながら移動すること約20分。
そうして最後に辿りついたのは、古びた木造平屋の一軒家だった。相変わらず敷地内に我が物顔で入り込んでいく猫を敷地の前で立ち止まり見守っていると、なんと猫はエアコンの室外機を足場に、あろうことか格子のついた窓の隙間から家の中に飛び込んでしまった。
「えっ!? ちょっ…!!」
まさかの事態に思わず敷地内へ足を踏み入れてしまうが、その直後
「ちょっと、アンタ誰?」
突然背後から大声を掛けられ驚きながら振り向くと、そこにいたのは上下共にジャージ姿の女性。背格好は160センチないくらいの痩せ型で、見た目の印象から歳は自分と同じか少し年上…30代前後くらいに見える。
ボサボサの髪はヘアゴムで適当にまとめられ、肌はすっぴん。フチの太い眼鏡をかけており、両手にはコンビニの買い物袋。随分とラフというかだらしない姿だが、その割に――と言うと失礼だが――身体からは香水と思しき柑橘系の爽やかな香りを強く漂わせていた。
「ここ私の家なんだけど。何? なんか用?」
香りの爽やかさとは裏腹に女性の目つきと態度は非常に威圧的で、さしもの私も少々たじろいでしまう。
「す、すみません、猫を追っていて…今家の中へ入っていってしまったんですけど…」
ビクビクしながらもそう答えると、女性は一層眉間に皺を寄せながらぶっきらぼうに言い放つ。
「多分、ウチで飼っている猫ですけど。それが何か?」
(…え?)
彼女のその言葉に私はある違和感を感じたが、同時に彼女の突き刺すような視線に何とかこの場をやり過ごさなければと脳内で警報が鳴り響く。私は咄嗟に
「い、いえ、可愛い子だなーと思ってついてきてしまいまして…」
なんてことを口にしてしまった。大分苦しい言い訳だが、経緯をすべて説明しても納得してくれないだろう。余計に怪しまれる気もするし。
私の説明に納得した…というより呆れたのか、女性はつり上がっていた目尻を少し下げながら少しトーンダウンした口調で
「…とにかく、勝手に家の敷地に入らないでよね」
そう言いながら私の横を通り抜けると、玄関扉の鍵を開け始めた。
まずい、このままでは会話が終わってしまう。なんとかあの黒猫の情報を少しでも引き出さなくてはと考えた私は
「あ、あの。あの猫、お名前はなんて言うんでしょう?」
なんてことを口走ってしまったのだが、それが彼女のカンに障ったのか
「そんなの答える必要ないでしょ! あんまりしつこいと警察呼ぶわよ!」
といきなり怒りを再燃させて大声をあげてきた。
鼓膜が破れるんじゃないかと錯覚するほどの声量に私が後退りしていると、その間に彼女が扉を開け玄関の中にずかずかと入っていく。その背中に申し訳程度に
「す、すみません。お邪魔致しましたー…」
と小声で謝罪をしたのだが、私が最後まで言い切る前に女は扉をバタン!と強く閉めてしまった。おまけにシリンダー錠を立て続けに2個ガチャガチャと閉める音まで続いて聞こえてくる。まるでわざと大きく音を立てて、私を明確に拒んでいるようだった。
「…うーん…」
先ほどまでの騒々しさがかき消え、静かに閉ざされた玄関扉を見つめながら考える。
先ほどの女性の言動の矛盾。そしてやけに攻撃的で過剰に干渉を拒むようなあの態度。極め付けは黒猫が持っていた「タスケテ」のメッセージ。
メッセージだけなら「単なるイタズラかも」と思っていた。しかし、先ほどの女性の態度を見るに何か怪しい。
(とはいえあの様子では何を聞いても答えてはくれないでしょうね…これ以上この件に踏み込むのは無理か…)
「あれ、お姉さん?」
「え?」
他人の家の前に突っ立ったまま考えごとをしていると、女の子の声で唐突に背後から突然声を掛けられ驚きで飛び上がりそうになった。この辺りに知り合いなんていたっけ…なんてことを考えながら振り返ると、声の主は意外な人物だった。
「あれ、あなた達は…」
「お姉さん、こんにちは」
「…ども」
そこにいたのはにこやかな笑顔を向けるボブカットの女の子と、気まずそうに目を逸らす短髪の少年の2人組。
先日の野良猫騒ぎの首謀者である、ショウタとユミの2人だった。




