彼のウワサ 余話
「…ってことで、後輩達がきゃあきゃあ騒いじゃって大変だったのよ」
「…へ、へぇ~、そうなんだぁ…」
現在は金曜日の夜10時過ぎ、週末恒例の夕食後の晩酌タイムだ。
今日はオシャレに赤ワインを開けて、ニュース番組を流し見しつつ話に花を咲かせている。しかし、先ほどから渉の表情は優れず、態度もどこかよそよそしい。
ワイン繋がりということで、話題になっていたのは先日染谷と須崎さんと行ったイタリアンレストランのことだ。店の雰囲気が良かったとか、メニューがリーズナブルな割に美味しかったなんて話している間は渉も上機嫌で頷きながら私の話を聞いていたのだが、食事をしながらしていた話題――私たちの馴れ初めについて――に話が及ぶと段々渉の顔色が悪くなっていった。まぁ、理由は分かり切っているのだが。
クーラーの効いた室内にも関わらず、気まずそうな表情で額に汗を浮かべながらワイングラスを傾ける渉に向けて、私は口を尖らせながら言う。
「何よ、言いたいことがあるならハッキリ言いなさい」
「い、いや、俺は何も…」
「そう? 私に言い寄るために色々裏で手引きしていたことについて、釈明とかないワケ?」
そう言うと、渉は更に顔を青くしながら額に手を当て俯いてしまう。
「その話はもう止めてくれ…俺だって反省しているんだ…」
心底申し訳なさそうな表情を浮かべる渉だが、その程度で許すわけにはいかない。
「嫌よ。私の心を弄んだ罰だと思って受け入れなさい。何度も言うようだけど、あの公園での告白は私にとって人生最高にときめいた瞬間だったのよ?」
・・・・・・・・・・
後で聞いた話だが、渉とのパーティーでの再会、あれは偶然ではなかった。
何でも渉は初めて会った頃から私のことがずっと気になっていたそうなのだが、例の事件の直後辺りから作家デビューの話が進み忙しくてそれどころではなくなっていたらしい。あの頃から図書館に姿を見せなくなったのもそれが原因とのことだ。
しばらく経って仕事周りのあれこれが一段落した頃に私のことを思い出し方々の伝手を頼って私のことを聞いて回っていたらしく、私が卒業後に百代印刷に就職したことを知ると、今度は当時から渉の担当編集者だった鹿子木さんを通じて百代印刷内での私の様子を確認していたんだとか。
そんな渉の様子を見て鹿子木さんは一計を案じた。ウチの総務部長に根回しをして適当な理由をでっち上げて私を丸山書店主催のパーティーに参加させ、私を渉と引き合わせて良い感じの関係になるよう画策したのだ。渉は罪悪感を感じつつも、私との再会を切望していたのでその計画に同意。結果私達はあの日劇的な再会をし、後日公園での告白を経て交際へと発展することになった。当時は私も『運命の再会』だとか勝手に思い込んでいたし周囲もそうもてはやしてきたので、そうした裏工作など露ほども疑っていなかった。
そして私が何故それらの裏事情を知っているかと言えば、ウチの総務部長がある年の忘年会で酔った勢いから鹿子木さんの手引きについてポロっとこぼしたからで、後日渉を激詰めしたら一連の裏事情を全てゲロったというワケだ。それ以来私は『運命』という言葉を信じられなくなってしまった。
・・・・・・・・・・
「…それについては釈明の余地もない。本当に申し訳ないと思ってる」
隣で座ったまま深く頭を下げる渉。この話題になると渉は弱い。
渉の態度に呆れながらワインを含みつつ、私はポツリと
「…最初から素直に告白してくれれば普通にOKしたのに。何でそんな回りくどいことするのかしら」
そう呟くと、渉はニヤけているような苦しんでいるような、えらく複雑な表情を浮かべていた。どういう感情なんだそれは。
「今の台詞、キュンときた。最高。でもご指摘はその通りなので心苦しい」
エスパーか。それとも私の顔が分かりやすかったのか。
あまりにも間抜けな浮かれっぷりを見せる渉の姿を見ていると、騙されたことも許してしまいそうな気になる。同時に、もっと早く再会していればなぁ、なんてもしものことを考えてしまう。もしくは…
「…アンタが先に告白してくれていれば、大学生活も変わってたのかもね」
その言葉に渉は一瞬訝しげな顔になったが、すぐにその意図するところを理解したようだ。
「先に?…ああ、例の彼のことか」
私は頷く。例の彼とは、大学時代に渉が事故に遭い、私が大怪我を負う原因となった私の元彼・三島雄正のことだ。
彼との交際は1年ほどだったが、その最後は武器を振り回しながらの大喧嘩で私自身も大怪我を負うこととなったため、私が男女交際を忌避するようになるには十分な要因となった。更に事件後に学内に広まったウワサが原因で私は男性側からもことごとく避けられるようになり、男性との交流の希薄化に拍車がかかった。結果として雄正と別れてから約2年半の大学生活は、男性とは縁遠いものになってしまった。
逆に同性からはそれ以降やけに頼られるようになり、今でも付き合いが続くほどの友人に恵まれたのはせめてもの救いだ。
雄正との思い出の全てを否定したいわけでもないが、彼との出会いは確実に私の大学生活を変えた。もしも彼と出会うことなく先に渉と交際していたら、もっと平和で甘ったるいキャンパスライフを送れたのでは、なんて夢想してしまうのだが。
「でも、学生の時じゃ多分続かなかったと思うよ? 3年生の途中から俺、作家デビューの関係で大学にもほとんど行けてなかったし。彼女とか出来ても構っていられなかった気がするなー」
「…そこは『そうだったらよかったのにね』とか言っておきさいよ」
こういう時の渉は妙にドライというか、達観している。出来ないことは出来ないとハッキリ言うタイプなので私としても楽なのだが、こういう時は甘い言葉の一つでも囁いて欲しいものである。いじけた気分になった私は、ついつい意地悪なことを言ってしまう。
「それにしたって私が就職して3年も経ってから声を掛けてくるなんて、随分と意気地のないことねぇ? 私が先に誰かと付き合ってる可能性とか考えなかったワケ?」
「そ、それは…」
しばらく視線を中空に彷徨わせていた渉だったが、少しすると観念したような表情で大きく溜め息を吐いてから話し出した。
「…情けない話、勇気がなかったんだ。君との付き合いなんてほとんどなかったし、連絡先も交換していなかったから俺の事なんて忘れてるんじゃないかと思って…。
ただ、女性の知り合いなんてそれまでほとんどいなかったし、君との話は楽しくて当時は会えるのが楽しみだったから…付き合うなら、君みたいな…いや君がいいって思ったんだ」
苦笑いを浮かべながらそう語る渉の姿に、私は顔が赤くなっていくのを感じる。今の話は裏工作が発覚した当時、渉を問い詰めた際には聞いていなかった。不意打ちでプロポーズのような台詞をぶつけられ、心臓が早鐘を打つ。まるであの日の公園での告白の時のようだ。
(くぅ…不覚にもときめいてしまった)
先ほどはドライと言ったが、こうしてストレートに気持ちを伝えてくれるのは渉の良いところだ。好きな人に好きだと真っ直ぐに言われて、ときめかない人もいないだろう。少なくとも私はそうだ。
「…今みたいに素直に気持ちを伝えてくれれば、それだけできっとOKしたわ。別に大仰なセッティングなんてしなくても、普通に連絡をくれれば良かったのに」
「…数年ぶりの再会だし、どうせならドラマチックな方が印象に残ると思って」
「随分とロマンチストねぇ」
私がそう言うと、今度は渉がいじけた表情になりながら
「言っておくが、男ってのは大概ロマンチストなんだ」
そんなことを言っていた。
これにて2話完結となります。1話に続き今回も最後までお付き合い頂きありがとうございました。
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