彼のウワサ 4
ここからしばらくは過去編となります。
私・水野菜瑞が大学に入学して1年が経った頃、あるウワサを耳にした。
「そう言えば、東海林君の話聞いた?」
「ああ、交通事故で入院したって話?」
そう話すのは、大学で出来た新しい友人である栗田莉緒と柏木優希の2人。3人で学内の食堂にて昼食を食べている最中の話だった。
「東海林君って、フランス語の授業で一緒の?」
私がそう聞くと、莉緒は「そうそう」と頷く。
東海林君というのは私達と同じ2年生の男子学生で、共にフランス語の授業を選択していたことから少しだけ交流があった。彼は大学のテニスサークルに所属しており、結構なイケメンで女子人気も高いらしい。私は彼に対して特に興味は無かったが、莉緒によるとテニスサークルの練習には東海林君目当てで観覧に来る女子学生も少なくないらしい。そんな彼が交通事故とは。なんとも災難な話である。
「先週の金曜日、テニスサークルの練習帰りに車にぶつけられたんだって。足の骨を折って入院して、全治3ヵ月って聞いたよー」
「だから今日の授業に居なかったのね」
確かに先ほどまで2人と一緒に受けていたフランス語の授業には、いつもいる筈の東海林君の姿がなかった。そういう理由なら納得…と思ったが、どうにも先ほどの莉緒の言い方には違和感がある。
「ねぇ、さっきの話さ『車にぶつけられた』って言った? ぶつかった、じゃなくて?」
私がそう聞くと莉緒は「そーなのー」と気の抜けた声で返してきた。
「お見舞いに行ったテニスサークル仲間が聞いたらしいんだけど、東海林君曰く車の方が彼の方目がけて突っ込んできたんだって」
「何それ? 事故じゃなくて故意の事件ってこと?」
「それはわからないけど、ぶつけた相手はまだ捕まってないんだってー」
「物騒な話ね」
車で人に激突なんてしようものなら骨折はもちろん下手をすれば半身不随、最悪の場合は死亡することだって考えられる。それほどに彼は恨まれていたのだろうか。それとも突っ込んできたというのは東海林君の勘違いで、やはりただの偶然の事故だったのだろうか。
私がそんな風に考えを巡らせていると、莉緒は突然大きな溜め息をついた。
「でも東海林君、二股かけてたってウワサもあるし…そっちの線で恨まれてたとしたら、もしかしたらそういうこともあるかもねー」
「え? 二股? なんだクソ野郎じゃない。心配して損した」
「ちょっと菜瑞、言い方」
莉緒は苦笑しながらも私を窘めてはくるが、発言を訂正させようとはしない辺り東海林をクソ野郎と思う気持ちは一緒のようだ。
「まーでも以前から女癖は悪かったっぽいね。去年の夏から付き合ってた子は『自分との予定をキャンセルして他の女と会ってたー』って騒いで揉めて別れたらしいし。今は彼女はいないみたいだけど、サークルの新入生複数人にコナかけてるってウワサもあるし」
「聞けば聞くほどクソ野郎ね」
女の方もなんでそんな野郎に自分から近寄るのだろうか。やはり顔がいいからなのか…なんて憤慨していたのだが
「そういえば菜瑞も少し前に東海林君に声掛けられていたわよね?」
と思い出したくもない事を優希から言われた。莉緒も「ええー!?」と私の顔を覗き込んでくる。私は当時の事を思い出して苦々しい顔になりながら、仕方なく2人にその時のことを説明した。
「…前に、奢るからって言われて東海林君とここで2人でご飯食べたけど…なんか口説きにきてるなって感じたから『彼氏います』って言ったの。そしたらアイツすぐに帰ったわよ」
「うへぇ、菜瑞にもコナかけようとしてたのかぁ」
幻滅したー、と渋い顔をする莉緒。こちらも嫌なことを思い出してしまった。東海林のヤツ、途中まではニコニコしながら話していたクセに、私に彼氏がいると分かると途端に私への興味が失せたらしく露骨に受け答えが適当になって、挙句早々にその場から立ち去ってしまった。当時から「何だアイツ」と思っていたが、今思い出すと怒りが再燃してきた。
私は内心ふつふつと東海林への怒りを再燃させていたが、ふと莉緒の隣に座る優希が黙って顎に手をあて何かを考えているのに気付いた。
「優希? どしたの?」
同じく優希の様子がおかしいことに気付いた莉緒が話しかけると、今度は優希が話し始めた。
「…実は東海林君について、私も別のウワサを耳にしていたのを思い出したの」
「え? どういう事?」
「同学年で学祭サークルの千葉君って知ってる?」
千葉君という人物に覚えはないが、学祭サークル―――正式名称、学園祭実行委員会――—のことはわかる。学内最大の学生サークルで、名前の通り学園祭の準備と運営を中心となって行う組織だ。在籍者は200人を超えるとされ、人間関係構築のための入会者も多いのだとか。とは言え基本的にはイベント好きな陽気な人達の集まりなので、騒がしいのが苦手な私としてはあまり関心はない。
「その千葉君なんだけど…学祭サークルの友達から聞いた話だと、先月駅の階段から突き落とされて骨折して、今入院しているらしいわ。ちなみに犯人はまだ捕まっていない」
「え? 階段から突き落とす?」
「…それってもしかしなくても傷害事件では?」
突然の話に私と莉緒は呆気に取られるが、優希は続ける。
「それで…実は千葉君と東海林君は同じ高校出身で、仲も良いらしい。で、2人とも言っちゃえばイケイケな性格なワケじゃない? 実は2人が同学年の学生にいじめをしていて、いじめの被害者の誰かが彼らへの報復を行っているんじゃないかってウワサがあるらしいの」
「いじめって…実際に被害者はいるの?」
「いじめについて調査した人がいるワケじゃないけど、何人か被害者っぽいヤツはいるらしい。2人と言い争ってたり、土下座したりしてた人物の目撃談があるみたいだからね」
「ふーん…」
確かに、短い期間内に友人同士だった2人が立て続けに大きな怪我を負ったとなれば何かの繋がりを疑う人が出てくるのも理解はできる。しかしいじめの報復で命を落としかねないような大怪我をさせようなんて物騒な話だ。もし仮にウワサ通り2件の事件が同一犯だとして、これで留飲が下がったのだろうか。それともまだ復讐のターゲットが残っていて、更なる事件を起こそうとしていたりしないだろうか…。
(…まぁどうでもいいか)
ここまで考えておいてなんだが、私には関係の無さそうな話だ。東海林と千葉にとっては災難だっただろうが、ウワサが本当ならば何割かは自業自得っぽいし。私からは「犯人が早く捕まるといいね」くらいしか言う事がない。
私が急激にウワサの内容に興味を失ったところで、昼休み終了5分前の予鈴が鳴った。今日は私達3人とも午後の講義はないので急いで出ていく必要はないが、私にはこの後予定がある。
「ゴメン時間だ。これから待ち合わせだからもう行くね」
「例の彼氏? お熱いねー。ヒューヒュー」
「うっさいわ」
「いいから、莉緒に構わず早く行きなさい菜瑞」
「うん、優希もまたねー」
そう言って莉緒と優希に手を振り食堂を後にした。
2人と別れてから20分ほど歩き大学最寄り駅の駅前広場に着くと、待ち合わせの相手は既に到着していた。見ると駅前のベンチに腰掛けスマートフォンを弄っている。私はそこへゆっくりと近づき声を掛けた。
「お待たせ、雄正」
「あ、なっちゃん! お疲れ様!」
ベンチに座っていたのは、短髪で柔和な顔つきの若い男性。
同級生で私の彼氏、三島雄正がそこにいた。




