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ウワサ話のウラ話  作者: 紺堂
第1話 ワタシの知らないアナタ

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恋のウワサ 11

 残照も消えすっかり暗くなった空の下、建物から一人の男が出てきた。

 男の名前は安藤圭佑(あんどうけいすけ)。百代印刷の社員である。適当に残業をこなしてから会社を出た彼は、大きな溜め息を吐きながらぼやく。


「なんかいいことねぇかなあ…」


 半年程前に運命の相手だと思っていた女性から身を引かなければならなくなった彼は、それ以降何をしても充足感がなく虚しさを感じていた。仕事にも以前のように打ち込めず、新しい出会いにも前向きになれないまま惰性で日々を送っていた。


(気晴らしにどこかで飲んで帰ろうか…)


 そんなことを考えながら敷地の門を出ようとした時、不意に背後から声を掛けられた。


「すみません、安藤圭佑さん、ですよね?」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「は? そうですけど…。え、どなた様ですか?」


 唐突に話しかけられた安藤は弾かれたように振り返りながら答えた。

 私は努めて冷静に返す。


「総務部の秋本です。実は安藤さんに少々お話がありまして」

「総務部? …ああ、どうもお疲れ様です」


 一瞬ホッとしたような表情を見せた安藤だが、その後はあからさまに面倒くさそうな表情を見せた。


「あー、お話って急ぎなんですかね? もうこんな時間だし緊急でなければ明日にして欲しいなと」

「私はそれでもいいんですが、こちらの方が」


 私がそう言って半身を引くと、背後にはパーカーのフードを目深に被った小柄な人物が立っていた。安藤は最初怪訝な顔を見せたが、その人物がフードを払い顔を見せると、安藤氏はギョッとしたような顔になる。

 フードの中から現れた顔は若い女性。細面に切れ長の目、ダークブラウンの髪をポニーテールにまとめた姿で、安藤の目をキッと見据えている。


「え? えーっと、その人って新入社員の方ですよね? 私に一体何のご用で…」


 女性の顔を見てあからさまに動揺する安藤。

 対して女性は堂々とした態度で安藤に告げる。


「違うわよ、私はレイコ。お久しぶりね、安藤さん?」

「…は? レイコ? …お、おい、本当にレイコなのか!?」


 一瞬で興奮とも狂乱とも思える表情になったかと思うと、安藤氏はレイコさんに掴みかかろうと腕を伸ばした。しかし、その手は横から伸びた別の手に掴まれ空中で停止する。驚いて掴まれた腕の先を見た安藤はそこで更に驚愕した。


「き、木下課長…?」

「安藤君、ちょっと聞きたいことがあるんだ。悪いが少々付き合ってもらえるだろうか」




 数分後、会社内の会議室で私、レイコさんこと麗華さん、木下課長、安藤が着席していた。長机を四角に組み合わせた席で木下課長は上座、その右サイドに私とレイコさん、左サイドに安藤という並びだ。

 そこで私はこれまでに見聞きしてきたことを全員に話した。須崎さんと木下課長に関するウワサ、須崎さんに2度に渡り接触してきた安藤のこと、そして…その安藤がレイコさんにつきまとっていたこと。


 そう、麗華さんがバイト先でしつこく絡まれていた迷惑客というのが、何を隠そうこの安藤だったのだ。麗華さんが迷惑客から受けていたという被害について聞かされた際に、たまたま安藤の名前をぽろっとこぼした時は心底驚いた。世間というのは思っているよりずっと狭いらしい。


 話している最中、木下課長は普段見せない驚きの表情をしていて、安藤は俯いたまま震えていた。私が話を終えると、それ受けて木下課長は安藤を問い詰めた。すると安藤は意外にも素直に一連の出来事について訥々と語り出した。


・・・・・・・・


 安藤が語った今回のいきさつは以下の通りだ。


 始まりは昨年の夏。安藤は営業先との飲み会で行ったとあるガールズバーで、レイコさんと出会った。レイコさんの見た目が好みどストライクだったという彼は彼女に一目惚れ。そこから店に足しげく通い詰め、レイコさんと連絡先を交換するに至った。


 しかしここから安藤の行動は徐々にエスカレートしていく。毎日大量のメッセージを送ってくるようになり、更にはレイコさんの返信の頻度が少ないことに文句を言うようになったのだ。

 また安藤は電話番号を交換したいとレイコさんにしつこく迫るようになり、根負けしたレイコさんが番号を教えると今度は毎日朝夕と電話がかかってくるようになった。彼女によると最初の数回は電話に出たものの、毎回安藤の一方的な話ばかりでうんざりしてしまい次第に電話には出なくなったとのこと。それが安藤の不満を加速させたそうだ。


 そしてついに安藤の不満は爆発した。

 カレンダーも12月に差し掛かったある日、安藤は店に着くなり他の客と談笑していたレイコさんに詰め寄り「なんでメッセージも返してくれないし電話も出てくれないんだ!? 毎回指名料払って飲み物代も出してやってるのに、もう少し俺を特別扱いしてくれてもいいだろう!!」などと叫んだ。ボーイは彼を追い出そうとしたものの安藤は激しく抵抗。仕方なく他の店員が警察に連絡し、駆け付けた警官によって安藤は連行。警察署で厳重注意を受けたらしい。


 翌日また安藤が店に行くと、今度は店先に店長が出てきて出入禁止を宣言されたらしい。当たり前だ、店内で店員につっかかった挙句暴れるようなヤツはもう客ではない。安藤はその場で抗議したが、あまりしつこいようなら警察へ通報すると店長に言われ止む無く逃げ帰ったらしい。


 店が出禁になった安藤は今度は電話やメッセージでレイコさんに連絡を取ろうとした。しかし既に電話は着信拒否、SNSもブロックされており、安藤はレイコさんとの連絡手段を全て断たれてしまった。


 それでもレイコさんが諦めきれない安藤は、あろうことか毎日店の近くで彼女の退勤を出待ちしていたのだと言う。一度は彼女を見つけることができ、彼女に追い縋って関係改善を求めたが「私はもうお店を辞めて引っ越すの! もう私に関わらないでよ!」と拒絶された。そこでまたも逆上しレイコさんに掴みかかろうとした安藤だが、その時レイコさんが上げた大声を聞いて周辺を巡回中だった警官が駆け付けると、尻尾を巻いて逃げたそうだ。


・・・・・・・・


(いやいやいやいや何やってるんだよコイツ)


 正直ドン引きだ。レイコさんから多少は事情を聞いていたとはいえ、改めて聞くと壮絶な話である。一度警察のお世話になっている上に店からは出禁を言い渡されたというのに、懲りずにストーカーじみた行為まで行うとは。行き過ぎた好意というのは拗らせると恐ろしいなぁと改めて実感した。


 ここまで一気に語り喉が渇いたのか、安藤は木下課長が人数分買ってきたペットボトルのお茶を開け一気に半分近くを流し込んだ。他の皆も同じようにお茶を口にする。心なしか、麗華さんや木下課長も数分前と比べ随分疲れているように見える。


 安藤は一呼吸してから話を続ける。


・・・・・・・・


 レイコさんを諦めざるを得なくなった安藤は、その後酷く落ち込んでいたらしい。仕事にも無気力になり、それまでそこそこ良かった営業成績は低下。当時は木下課長も何があったのか気にしていたようだが、こんなん話されても困るだけだっただろう。


 そんな中、4月に新入社員として入社してきたのが須崎彩花さんだった。見た目がレイコさんに瓜二つだった須藤さんを一目見て安藤は驚き、彼女に接触しようとした。

 そして4月末頃に安藤は須崎さんの退勤時を狙って彼女に話しかけるも、面識は無いと拒絶されたことで「レイコは俺の存在を自分の人生から抹消しようとしている」と勝手に思い込み、燻ぶっていた怒りが再燃した。


 逆上した安藤は報復行動に出た。彼女を貶めるため「須崎さんはパパ活をしていて一回り以上も年上の男と付き合っているらしい」とデマを流し、彼女を傷つけあわよくば退職に追い込もうとした。

 ただのデマで済めばすぐに終息したかもしれなかったが、なんとウワサのカップルの目撃情報まで出始めてしまい、デマは真実味を帯びたウワサとして益々社内で広まっていった。それを聞いた安藤はレイコさんには既に男がいたのかと一時は憤慨したが、瓢箪から駒が出たと肯定的に受け止めウワサが広がるに任せた。皮肉な事に、そのカップルの女性こそ本物のレイコさんだったワケだが。


 そして安藤は工場案内の際に須崎さんと1対1になったタイミングで再度話しかけ、社内で既に須崎さんと木下課長に関するウワサが広まっている事を告げる。彼女に周囲から奇異の目で見られていると思い込ませることで追い詰め、自分から退職するよう仕向けるためだった。


・・・・・・・・


「…私からは、以上です…」


 ここまで話し終えると、安藤は一層肩を落とし深くうなだれた。

 予想通りの内容ではあったが正直腹立たしい話だ。相手の感情を無視して暴走した挙句に逆恨みして、しかも顔が似ているだけの無関係の人間を貶めて職を奪おうとするなんて。


(まぁ、結果は全て自分に返ってくるわけだけど)


 改めて安藤を見る。話を終えたヤツはもはや完全に気力を失い、目も虚ろになっている。ここまで意気消沈していれば逆上してレイコさんに突然襲い掛かるようなこともないだろう。

 これなら大丈夫だろうと判断した私は机の上に出しっ放しの自分のスマートフォンを手に取ると、そのまま画面に向かって話しかけた。


「もしもし? 話は聞こえてた? うん、じゃあ入ってきてくれる?」


 私の言葉の意味が分からない安藤が呆けていると、下座にあるドアがコンコンとノックされる。木下課長が「どうぞ」と答えると「失礼します」という声。ゆっくりと扉が開かれると、そこに立っていたのはスーツ姿の小柄な女性。


「す、須崎さん…?」


 何が起きているのかわからないといった調子で、安藤は力なくその名を呼んだ。

 そう、須崎さんには私と電話を繋ぎっぱなしにした状態で隣室で待機してもらっていた。そして私のスマートフォン越しにこの部屋での会話を全て聞いていたのだ。話し合いの前の打ち合わせで須崎さんは安藤の口から真実を聞きたいと言ったが、木下課長は彼女と安藤を直接対面させることを躊躇っていたので、折衷案として私からこの形を提案した。


 未だ自体が呑み込めていない安藤に、須崎さんは毅然とした態度で言い放った。


「話は全部聞かせてもらいました。ウワサを流したのは、姉への復讐だったんですね」

「あ、姉…?」

「ええ、レイコ…いえ、麗華は私の双子の姉です。幼少期に家の事情で離れ離れになって、つい最近再会したばかりですが」


 呆気に取られたような表情をしていた安藤だが、その後乾いた笑いを浮かべ


「は…ははは、双子って…そりゃ似てるに決まってる…なんてこった…そんな偶然、ありえるのかよ…」


 吐き捨てるようにそう言った。

 その姿を見て、少し苛立ったような表情の木下課長が安藤へ告げる。


「安藤君、君のしたことは許されないことだ。私怨から無関係の須崎さんを中傷するような行為は立派なハラスメント行為と認定できるだろう。今後は営業部長や総務部長と相談の上で君には相応の処分を受けてもらうつもりだが…まずは、この場で彼女らに言うべきことがあるんじゃないか」


 ビクッと肩を震わせた安藤は、緩慢な動きで椅子から立ち上がるとその場で額を床に擦りつけるように頭を下げ土下座した。


「この度は、個人的な感情でレイコさんと須崎さんに多大なご迷惑をお掛けし、真に申し訳ありませんでした…。もう二度とレイコさん、須崎さんには近づかないと約束します…。故意ではないとは言え、木下課長にも大変ご迷惑をお掛けし、本当に申し訳ありませんでした…」


 土下座姿のまま絞り出すような声で何度も謝罪の言葉を述べる安藤の姿を、私達は黙って見ていた。

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