恋のウワサ 10
これは後で聞いた話だ。
レイコさんこと北原麗華さんが言っていた通り、やはり彩花さんと麗華さんは双子の姉妹だった。半信半疑だった彩花さんのために後日DNA検査をした結果、血縁関係が正式に認められたのだ。
麗華さんが家族から聞いた話によると、離別のきっかけは彼女達がまだ物心つく前の3歳の頃。生活面でのすれ違いから両親が離婚し、麗華さんは父親に、彩花さんは母親に、それぞれ引き取られて家族は離れ離れになったそうだ。
彩花さんとその母親についてだが、どういうわけか彩花さんの母親はまだ幼い彼女を児童保護施設の前に置き去りにして消えてしまったらしい。ある秋の日の出来事だったそうだ。理由について彩花さんは「女手一つで育てていく自信が無かったんじゃないでしょうか」なんて言っていたが、真相は謎のままだ。
『彩花』と名前が縫い付けられたハンカチだけを持たされ置き去りにされた彼女を、施設は保護し育てた。そして彼女が保護されてから1年が経とうとしていたある日、ある夫婦から施設へ養子縁組の話が持ち掛けられた。その夫婦こそが今の彼女の両親、須崎夫妻なのだそうだ。
養母である須崎久美子さんは、養父である須崎道雄さんとの結婚後に子どもが出来ない体であることが発覚した。道雄さんは気にするなと日々久美子さんを励ましていたそうだが、それでも当時の久美子さんの落ち込み様は酷く体調面にまで影響し、就いていた仕事を続けることができないほどだったらしい。
そこで道雄さんは久美子さんに養子を取ることを提案。久美子さんはとても悩んだようだがそれを受け入れ、2人は養子縁組の申請を行った。そこで養子候補となったのが彩花さんだった。
当時まだ4歳だった彩花さんは須崎夫妻に迎え入れられ本当の親子のように育てられた。久美子さんは彩花さんを迎えたあとはそれまでが嘘のように元気になり、甲斐甲斐しく彩花さんの世話を焼いていた…というのは道雄さんの言とのことだ。
彩花さんも物心つく前だったこともあり、須崎夫妻が実の両親であると疑うこともなく育った。だが彼女が年を重ねるにつれ、次第に両親が自分とどこか距離を置いているような感覚を覚えたらしい。彩花さんの方も小学校高学年になった辺りから両親に遠慮することが多くなったようだ。
そして中学2年生の時、事件が起こる。お盆に久美子さんの実家で行われた親戚の集まりに家族で参加した際に、親戚の一人がうっかり彩花さんが養子だとこぼしてしまったそうだ。彩花さんはその場にいた全員を問い詰め、自分が久美子さんと道雄さんの実の子ではないと知ると半狂乱になりその場から逃げ出した。
その夜、彩花さんが一人で家に戻りベッドを無き濡らしていたところに両親が帰宅し駆け寄ると、彼女は両親を拒絶し、部屋中の物を投げつけ追い出そうとした。だが道雄さんはそれを意に介さず彩花さんに歩みよると、平手をかまして彼女を黙らせた。彩花さんが呆けていると今度は彼女を思い切り抱き締め、泣きながら今まで黙っていたことを謝罪し、血が繋がっていなくても私達は家族だと何度も繰り返した。久美子さんも同様に彼女を抱き締め謝罪を繰り返すと、彩花さんまでも号泣して「ごめんなさい、ごめんなさい」と何度も2人に謝ったそうだ。
その後の彩花さんと両親との関係は円満そのもので、高校や大学に進学しても両親との時間を何より優先していたらしく両親からは「もっと友達付き合いを大事にしなさい」と言われたこともあるほどだという。
一方で父親に引き取られた麗華さんだが、その後は父である北原健斗さんの実家で祖母と3人で生活していた。と言っても父親は工事現場の監督で毎日夜遅くに帰ってくるため会話も少なく、どんな人だったかは良く覚えていないらしい。ただ祖母は厳しくも優しい人で、ほぼ祖母と2人だけの生活でもあまり寂しさを感じなかったとのことだ。
その健斗さんだが、不幸にもある工事現場で閉所でのガス漏れ事故に巻き込まれ亡くなってしまった。麗華さんが6歳の時の出来事だったという。当時は事態が良く呑み込めず、悲しさを感じる間もなかったと麗華さんは語った。
健斗さんの死からしばらく経って、麗華さんは祖母から自身の実の家族についての話を聞かされたらしい。それまで「自分には何故母親がいないのか」を聞くに聞けなかった彼女は、そこでようやくその理由を知った。同時にその時初めて、自分には『彩花』という名の双子の妹がいることも教えられたそうだ。
祖母と2人きりになりながらも変わらず生活を続けていた麗華さんだが、彼女が高校に上がる直前に祖母が心不全のため自宅で倒れた。発見されたのは麗華さんが学校から帰宅した夕方で、急ぎ救急車を呼んだものの病院で死亡が確認された。彼女は搬送先の病院で静かに横たわる祖母に縋り何時間も泣き続けたのだという。
葬儀は健斗さんの弟である叔父さんが執り行った。その後、叔父さんから一緒に暮らさないかと提案された麗華さんだったが、叔父さんの家には既に子どもが居て気を遣わせるからと提案を断ったそうだ。代わりに父や祖母と住んでいた家で暮らしたいと申し出たらしい。
家は叔父の好意により管理のためという名目で無償で借してもらい、生活費は父の死亡保険金と叔父からの援助で賄えていたため、麗華さんは1人になっても生活には困らなかった。しかしいつまでもそれに甘えてはいられないと考えた彼女は、一人で生きていくために必死に働いて貯金をしようと考えた。
叔父に後見人になってもらい高校に進学すると、放課後はすぐにバイトに向かいそれが終われば寝るまで勉強という生活を送った。勉強の甲斐あって有名私大に進学した彼女は、そこでも授業以外の時間はほとんどをアルバイトに費やしていたそうだ。麗華さんは当時を振り返って「勉強とバイト漬けの日々で、友達と遊ぶなんて微塵も考えなかった。周りから見たらつまんないヤツだったんだろうね」と寂しげに語っていた。
そんな中、大学在学中に20歳を迎えた麗華さんは『割の良いバイト』であるガールズバーの求人を見つけ、面接を受けた。話術に自信が無かったので落ちても仕方ないと思っていたが、人員不足だとかですんなり合格。気にしていた話術もそこまで気にしなくていいと言われ、最低限のレクチャーを受け『レイコ』という源氏名でお店に出たそうだ。
最初こそ他の女性のサポートとして客にお酌をしたり話を聞くのがメインだった麗華さんだが、彼女の独特な色気に惹かれる客がポツポツと現れ指名が入るようになった。その頃は彼女自身も要領が掴めてきたのか、客との会話も盛り上がるようになり仕事は順調だったという。
しかし、自分を指名してくれる常連の中に迷惑な客が現れた。仕事では店側の女性―――キャストと呼ぶらしい―――に客と1対1でやり取りするためのSNSのアカウントが用意されており、キャストと常連客で個人的なやり取りができるようになっていたそうだが、その迷惑客とアカウント情報を交換すると毎日麗華さん宛に大量にメッセージが届くようになった。しかもその客は「電話番号も教えてほしい」なんて厚かましいお願いまでしてきた。あまりにしつこいので仕方なく番号を教えると、今度は毎日のように電話がかかってくるようになったそうだ。
迷惑客の執拗とも言える連絡に麗華さんはすっかり参ってしまい、平行して行っていた就職活動にも影響が出ていた。店側に相談するも実害がないため動いてくれず、麗華さんは店を辞めることも考えていた。そんな時に客として店に表れたのが、木下雄一だった。
雄一氏は常に落ち着きと余裕があり話も面白かった。麗華さんの話も親身になって聞き、困っている彼女に優しい言葉を掛けてくれたという。そんな雄一氏に麗華さんが惹かれるのに時間はかからなかった。それまで恋愛というものに縁が無かった麗華さんはどんどん雄一氏にのめり込んでいき、そのうちプライベートでも彼と会うようになった。そして交際に発展し、遂には雄一氏と肉体関係を持つまでになる。
雄一氏にとってこれは不倫だったわけだが、麗華さんは雄一氏から独身と言われており妻帯者だったとは知らなかった。というか雄一氏は年齢も誤魔化していたらしく、麗華さんには32歳だと言っていたようだ。実際には木下課長と同じ38歳だったのだが。
2人の会話の中で雄一氏は「君と一緒だと心が落ち着く」「ずっと一緒にいたい」などと麗華さんに言っていたそうで、彼女は雄一氏との将来を真剣に考えるようになった。だが彼女には一つ大きな懸念があった。彼女もまた雄一氏に嘘をついていたのだ。
というのもガールズバーの面接の際、麗華さんは履歴書の記載を一部誤魔化したらしい。緊急連絡先の欄に叔父の名前を書くことを躊躇った彼女は、なんと今は亡き父・健斗さんの名を書いたのだとか。バレたら下手すると刑事訴訟されるレベルの所業だと思うが、麗華さんは涼しい顔で「もう店は卒業したんでノーカンでーす」などと言っていた。
店でも両親は存命で今も一緒に暮らしている設定で通しており、雄一氏と個人的な関係になってもそれは変わらなかった。だが彼との関係が深まっていく度に、いつかは本当のことを話さなくてはと思っていたらしい。まぁ本当のことを言う前に破局してしまったので雄一氏が真実を知る日は永遠に訪れないだろうが。
その後は私も知る通り。
ある日駅前で見ず知らずの女に突然引き留められた麗華さんは、そこで生き別れの妹の所在を知り、更に信じていた雄一氏の裏切りを知ることになるーーーというワケだ。当時は私の話に酷く取り乱していた麗華さんだが、今となっては「あの日があるから今の私があるのよねー」なんて懐かしみながら笑えるようになったのだから大したものだ。
…いや、人生何処で何が起こるかわからないものである。




