表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/3

第2話

僕達の小説を読んでいただき、ありがとうございます。

2025年3月5日にドラゴンノベルス様より『刹那の風景6 : 暁 』が刊行されました。

詳しくは活動報告を見ていただけると嬉しいです。

【 第2話 】 


 家に帰るためにのんびりと歩いていると、誰かが後ろから近づいてくる気配に足を止める。


「にいちゃん」


 その小さな声で弟だとわかり、俺は振り返る。視線を落として、声をかけてきた弟は、俯きながら服の裾を握りしめてきた。


「キアン、どうした?」

「にいちゃん、ごめん。ごめんなさい」


 地面を涙で濡らすキアンの姿に、驚く。


「どうした? 何があった?」

「にいちゃん、ごめん」


 涙をためて俺を見る弟の頭をなでてから、道の脇の樹の下まで連れていき、一緒に腰を下ろした。


「どうした? 何がそんなに悲しい?」

 膝をついてキアンと視線を合わせて泣いている理由を聞く。

「おれ、にいちゃんとラークスにぃが話しているのを聞いたんだ」

「……」

「俺が、勇者になりたいっていったから、にいちゃんが勇者になるのを諦めたって……。俺が…… にいちゃんの夢を潰したんでしょう?」

 一瞬息を呑み、そしてすぐに否定する。

「違う。キアン、それは違う」

「違わない! だって、にいちゃんはラークスにぃと一緒に毎日鍛錬してたじゃないか! 12才になって冒険者ギルドに登録して、お金を貯めていたじゃないか! それはガーディルにいって、勇者養成学院に入るためだって話してたじゃないか!」


「なぁ、キアン。俺の話を聞いてくれるか?」

「嘘つかない?」

「ああ、嘘はつかない」

「じゃぁ、聞く」

「確かにさ、俺はラークスと同じように、勇者になることを夢見てた時期があった」

「……やっぱり……俺のせいで……」

「最後まで聞いてくれよ」

「……」

「でも、その夢が別のものに変わったんだ……」


 ラークスと俺の親同士が仲がよく、赤ん坊の頃から交流が合った俺達は、自然と仲よくなり親友になっていた。どこにいくのも一緒で、くだらないことで喧嘩しても次の日にお互いにけろっとして話をする。心許せる幼馴染みだった。

 両方の親が忙しいときは、ラークスと一緒に近所の年寄り達に預けられたりしていた。

 そこで、俺達は年寄り達から同じ話を聞くわけだ。この町ができた理由だったり、苦労話だったり、3番目の勇者レクトの物語だったり、年寄り達は本当に色々な話をしてくれた。

 色々な話をしてくれたのだが、なにぶん子どもだったので、この町ができた理由や苦労話に興味が湧くわけもなく、そういった話をされる前にラークスと一緒に勇者レクトの話をねだっていたと思う。俺もラークスも勇者レクトの話が大好きだったから。

 勇者レクトに憧れ、レクトを支えたジョアンという魔導師に憧れ、広場にいた子ども達のように、父が作ってくれた木の剣を腰に差し、ラークスと数え切れないぐらい勇者ごっこをして遊んだ。


 ある日、ラークスが町の年寄り達に、「勇者になるには、どうしたらいいのか」と聞いた。

 女神はガーディルの者しか、勇者として覚醒させない。だから俺は、どれほど勇者に憧れようとも、クットで生まれ育った者が、勇者になれることなど絶対にないと思いこんでいた。そのため、その言葉に俺は驚きを隠せなかった。

 そのときのラークスのいつになく真剣な眼差しを、俺は今でもはっきりと覚えている。多分、ラークスの夢が定まったのがそのときだったのだと、今になって思う。


「まずは、ガーディル国籍を取得することだ」


 考えてみれば、当然のことだった。女神様がガーディルの者しか勇者に選ばないというならば、ガーディル国民になればいい。その方法を、ラークスは尋ねる。


「月の女神エンディア様の敬虔な信者であること。女神様の神殿で修行をし奉仕に勤しみ認められれば、信徒証明書をだしてもらえる。それを持ってガーディルにいき金貨3枚を納めれば、ガーディル国から国民として認めてもらえる」

「なるほど」

「ただそれだけでは、勇者にはなれないだろう。本当に勇者を目指したいなら、勇者養成学院にいくべきだろう。ここ数十名の勇者は、皆、勇者養成学院に在籍していた者だからな」

「その学院に入学するのは、どうすればいのですか?」

「信徒証明書が必要だが、それはすでに話したから割愛する。後は入学金に金貨1枚必要だ。ただし、授業料は一カ月に金貨1枚必要になる」

「金貨2枚あれば、勇者養成学院にいけるのですか?」


 ラークスの問いに、年寄り達が首を振る。


「ラークス。一カ月では到底勇者にはなれまい。勇者になるために必要な知識や武術の基礎は、一朝一夕では学びきることはできない。仮に1年とすると……」

「1年……」

「計算はできるか? 国籍を取得するための金額と1年間の学費の合計はいくらになる?」

「えっと……国籍取得が金貨3枚。入学に1枚。1年は15ヶ月だから、1年間の学費は金貨15枚。合わせて金貨19枚?」

「そうだ。国籍取得と学費だけで金貨19枚が必要になる」

「……」

「それだけではないぞ。そこに、ガーディルでの生活費も必要になってくる」


 年寄り達が口を開くたびに、必要な金額が跳ね上がっていく。最終的にどれだけの金貨が必要になるのかわからなかった。俺には、それは途方もない金額に思えたんだ。

 想像すらしたこともない金額に、頭がクラクラしている俺の横で、ラークスも顔色をなくしていた。だけど、ラークスは俯くことなく前を向き続けていた。年寄り達は、そんなラークスを見て優しい顔で笑っていた。


(ラークス?)


 年寄り達から視線を逸らさない幼馴染みが、どこか遠いところにいるように感じた。今までずっと一緒だった親友が、どこかへいってしまいそうな、そんな不安に駆られる。

 そう思っている間にも、ラークスと年寄り達の話は進んでいった。俺はこれ以上置いていかれたくなくて、その不安を無理矢理追い払う。


「わしとあいつは、養成学院で学んだことがあるでな」

「お前達が知りたいことは、何でも教えてやろう」


 そういって、数人いる年寄りの中の二人が、幼い俺達にもわかるように勇者養成学院のことを教えてくれた。

 ガーディルにある勇者養成学院は、条件を満たし金を払えばいつでも入ることができ、好きなときに辞めることができるそうだ。

 唯一の条件は、年齢が5歳以上であること。年齢の上限はないらしいので、金が続くかぎり、学院に身を置くことができるらしい。

 講義の項目は、歴代勇者の闘いの分析、個別の魔物についての分析、薬草学といったものから、生存術、様々な武器毎の訓練、魔法の訓練といった実践的なもの、勇者として必ずしも必要ではないが一般教養として、ガーディルの歴史などががある。

 ただ、講義内容はその講師に一任されるため、当日になってみないとわからないらしく、講義を受けることができる人数も決まっているため、人気の講師の授業は早朝から並ばなければ受けられないこともあったと、苦笑しながら話してくれた。


「運が悪いと、1年ですべての講義を終わらせることができないこともある」

「終わらせられないと、さらにお金がかかるんですね……」

「そうだな。だが、勇者養成学院は、今の時期は閑散としてるかもしれんな」

「どうしてですか?」

「67番目の勇者様がいらっしゃるからだ」

「なるほど……」


 ラークスがなぜ納得したのかがわからず、思わず口を挟む。


「なにか関係があるのか?」

「今の勇者様が健在なかぎり、新しい勇者の覚醒はないからだよ」

「……そうだった」


 女神様に導かれる勇者は唯一無二の存在だ。勇者が亡くなって初めて、女神が新しい勇者を選ぶといわれている。


「まぁ、それでも勇者様にもしもの時が訪れたとき、その意志を継ぐために、切磋琢磨している勇者候補生はいるだろう。だが、学院をでていく者も多いはずだ。月に金貨一枚は、馬鹿にできない金額だからな」

「僕は、今の勇者様の死を願っているわけではありません」

「わかっておるよ。勇者レクト様のように、弱き人を守るために勇者を目指したいのだろう?」

「はい」

「わしらもそうだったからな……」


 過去を懐かしむように、ガーディルにいったことのある年寄り二人が、目を細めた。それからも、ガーディルでの生活などいろんな話をしてくれた。

 だけど年寄り達の話を聞くほどに、現実味がなくなっていくような気がした。それは、ラークスも同じだったのかもしれない。


「僕は、何から始めるべき何でしょうか……」


 それでも、諦めきれないというように絞り出された声に、年寄り達は優しい眼差しを向け、丁寧に何から始めるべきかを教えてくれた。


「今代の勇者様が身罷られてから、準備を始めても遅い。学院には日々知識を蓄え、肉体を鍛えている勇者候補生が沢山いるからな」

「はい」

「だから、学院でしっかりと学べるように、読み書きを覚え体を鍛える。それから、ガーディルに移住しても一人で暮らしていけるように、計算や家事を覚える。お前達の年齢でできる準備はそんなところだな」

「お金は、どうしたら貯めることができますか?」

「親にだしてもらおうとは、思わんのか?」

「はい。これは、僕の夢ですから」

「そうか。そうだな、12才になったら冒険者ギルドで冒険者登録ができる。まずは、コツコツと町中の依頼を受けて金を貯める。そして、その金で冒険者ギルドで戦闘訓練を受けることだ。ギルドでも、戦闘技術は教えてくれるからな」


 冒険者が何かは詳しくは知らなかったけど、町中で見かけるので、そういった存在がいることは知っていた。

 しかし、その彼らが所属している機関で、戦闘技術を教えてもらえることは、知らなかった。


「はい」

「わかった」



 その日はそれでお開きになった。夕闇に染まる空の下を黙って歩く。ラークスが話さないから、俺も話さない。正直、何を話していいかもわからない。喧嘩をすることはあったが、こんな息が詰まるような感じは初めてで、どうしていいかもわからなかった。

 このまま家に帰って、明日になればまたいつもの日常に戻るかもしれないと考え、問題を後回しにしようと決めたときに、ラークスの足が止まった。


「どうした?」

「僕もアーウィンも、明日から忙しくなるなって」

「え?」

「あと1年で、読み書き計算と家事を覚えて、体力作りもしなければいけないだろ」

「1年……?」

「そうだろう? 僕達は1年後には12才だろ? 冒険者になれる。そうしたら、戦い方を覚えて、お金を稼ぐことができるようになる。勇者になる夢に一歩近づくんだ!」


 その瞳を煌めかせて、ラークスが熱く語る。


「あ、僕が勇者になっても、アーウィンが勇者になっても恨みっこ無しだからな!」


 ラークスの勢いに呑まれたからか、頭が上手く回らない。やっと、少し落ちついて返事しようとすると同時に、俺達の後ろから「ラークス」と親友を呼ぶ声がした。


「父さん! じゃぁ、アーウィンまた明日!」


 そういって、ラークスが背中をみせて駆けていく。父親と合流し、一度振り向き手を振ってから、振り返らずに帰っていくのを俺は呆然としながら見送る。


(……)


 俺は一言も勇者になりたいといったことはない。それなのに、ラークスは俺も勇者を目指すのだと信じて疑っていなかった……。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕達の小説を読んでいただき、また応援いただきありがとうございます。
2025年3月5日にドラゴンノベルス様より
『刹那の風景6 : 暁 』が刊行されました。
活動報告
詳しくは上記の活動報告を見ていただけると嬉しいです。



html>

X(旧Twitter)にも、情報をUpしています。
『緑青・薄浅黄 X』
よろしくお願いいたします。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ