第1話
『勇者とは……』は『刹那の風景』の舞台である世界で生まれ育った青年の物語です。
この物語単体で、読んでいただけるように構成していて、『書籍 刹那の風景』の主人公セツナ達からは見えない世界を描いております。4話か5話で完結する短い話となりますが、お時間のあるときにでも読んでいただけたらと思います。
【 第1話 】
俺は人通りの少ない道の隅っこで、木箱に座り、広場の方をぼんやりと眺めていた。
町の中心にあるそこは、今日も沢山の人が行き交っていて、活気に満ちている。
露店で買った串焼きを、上手そうに食べる者。
頬を染めながら、楽しんでいる恋人達。
おもちゃの木の剣を紐で腰にくくりつけ、はしゃいでいる子ども達。
いつもと変わらない日常がそこにある。なのに、その光景が色あせてみるのは、今日の早朝に幼馴染みで親友のラークスが、旅立ったからだ。
「次会えるのは、いつになるだろうか」
そんなことを呟いてみたが、町から一歩でれば魔物と遭遇する状況で、それが敵わなくなることもあることは、十分知っている。たとえあいつが強くても、歴戦の護衛が付いていたとしても、それより強い魔物に出会ってしまえば、簡単に命を落としてしまうこともある。
(この世界に魔物がいなければ、違う考えも浮かぶんだろうか)
遙か昔、女神様が眠りについたために出現したと伝わる魔物が、その後、絶滅したことはない。生殖を行わずその場に突如出現する魔物に、絶滅などないという考えが主流だ。
(それなのに、俺は……。永遠の別れになるかもしれないのに、あいつの誤解を解くことなく、見送ってしまった)
もっと話せばよかったとか、なぜ本当のことを話さなかったのだろうとか、後悔が胸を刺す。
そんな落ち込んでいる俺の耳に、気が抜けるような声が飛び込んでくる。
脳天気なその声につられ思わず頭を上げると、先ほど見かけた子ども達が、言い合いをしていた。
「つぎ、おれが、ゆうしゃレクトさまのやくな!」
「えー、おれも、ゆうしゃになりたいのに!」
「じゃぁ、わたしは、まどうしジョアンさまね!」
子ども達の声に、俺とラークスも同じことを話していたなと懐かしくなる。ただ、そんな想いに駆られるのは、ラークスがその夢を叶えるためにこの町をでていったからだけではなく、この国に生まれ育った者全員だと、断言できる。
なぜなら、建国伝説に登場する勇者の振りをするごっこ遊びを、この国の子どもならば誰もがしているからだ。
何千年もの昔、この地には超大型の魔物がいた。超大型というのは魔物の大きさを表わす分類で、小型、中型、大型、超大型とわけられている。その魔物は山のように大きな亀で、呼吸の度に口から炎を吐いていた。
北西からやってきたこの魔物は、いくあてもなかったのかこの辺りをただただ歩き回っていた。そのためこの地は数年ものあいだ、火の海と化していた。
そこに西の都から兵を率いてやってきた勇者レクトが、氷の魔法と槍術を駆使して、見事に討ち取り火を静めた。そうして、人が住めるようになった地に西の都の王族がやってきて拓いたというのが、建国伝説だ。
「ちょうおおがたは、ゆうしゃのおれに、まかせろ!」
「わたしは、まわりのちゅうがたを、せんめつするわ!」
(……)
眠りについた女神様は、魔物に苦しめられる人間の夢を見ているらしく、その姿を憐れに思い、魔物に対抗できるように隣国に住んでいる自身の信徒の一人に、力を与えることにした。それが、勇者だ。
この女神様の力を得た者に失礼があってはならないと、隣国では勇者を語る偽物には厳しい罰を与えている。
だが、この国ではそんな法はないので、子ども達はのびのびと遊んでいる。
自分の命を懸けて、一歩も引かず、建国しようとする人達の命を守った。
そんな勇敢で優しい勇者を、この町の人達は昔から変わらず敬愛している。親から子へ、子から孫へ、そうやって勇者レクト様の話は受け継がれてきた。
こういう土壌があるから、勇者を目指して隣国の勇者養成学院を目指す子どもは後を絶たない。
俺は広場の中央に目を向ける。そこには勇者レクトの銅像が、静かに佇んでいる。その姿を見ながら、俺は子ども達の声に耳を澄ました。
「おれが、つゆはらいをしたんだ。りっぱな、くにをつくるんだぞ」
「レクトさまー!」
超大型と死闘を繰り広げ勝利したが、勇者レクトはこのとき負った傷がもとで、帰還後しばらくして亡くなった。その後、仲間の宮廷魔導師ジョアンはこの地に王族と共にやってきて、勇者の遺志を継ぎ国を興すのに尽力した。そしてこの場に、彼の銅像を建てた。
6000年以上もの間、何度も修繕をされながら、今日も広場でこの国を見守っている。ガーディル国3番目勇者、レクトの銅像は。
クットの国の始まりは、この町だった。古いが城壁もあり、城もある。
だが今、その城に王族は住んでいない。いつの時代かは忘れたが、ここよりも南西の場所に新しく城壁と城を築き、王侯貴族達はそこに移り住んだ。
今ではそこが、この町の元の名を継ぎ、王都クットと呼ばれている。ここには勇者レクトの銅像と彼を慕う民達が残り、新たにジョアンと名付けられることになった。
「あー、アーウィンだ」
「ほんとだ、こんなところで、なにしてるんだよー」
「たいちょう、わるいの?」
勇者ごっこが一段落した子ども達に見つかってしまった。
「元気だぞ、そろそろ夕飯の時間だが、帰らなくていいのか?」
「かえるけど、アーウィンもかえれよー」
「あ、わかった。ラークスがいなくなって、さびしいんだろ」
「わたしも、ちょっとさびしい」
当たらずとも遠からずといえる言葉に、苦笑する。俺はラークスと一緒に、子ども達と遊ぶことも多かった。
寂しがる子どもの頭を慰めるように撫で「そうだな。俺も寂しい」と伝えると、子ども達が心配そうに俺を見て、口々に慰めてくれる。
しばらく話をし、夕闇が迫ってきたところで、遅くなるといけないからと子ども達を帰す。
別れ際に、子ども達の中の一人が、「さびしかったら、アーウィンも、ガーディルにいって、ゆうしゃこうほになればいいんだよ!」といって、駆けていった。
俺は黙ってその背中を見送り、夕暮れに染まる空を見上げ、別れ際のラークスとの会話を思い出す。
『君も、勇者を目指すのだと思っていた』
そういって、寂しそうに笑うラークスに俺は「ごめん」としかいえなかった。
『僕と切磋琢磨してきたのは、勇者になるためじゃなかったのか?』
何も答えることができない俺に、今度はラークスが「ごめん」と謝る。
『どうして、お前が謝るんだよ』
『いや、君が弟のために、ガーディルへの移住を諦めて、勇者養成学院の入学を諦めたのだと、僕は知っていたんだ。だから、このことは胸の奥にしまっておこうと思ってた。でも……』
『……』
『それでも……。僕はアーウィンと一緒に勇者を目指したかったなぁって……』
ラークスがそういって、俺から視線を外し俯いた。そして、軽く息をはきだすと、顔を上げ真っ直ぐ俺を見た。
『じゃぁ、いってくるよ。女神様に認められ、69番目の勇者になれるように頑張ってくる』
『ああ。元気でな』
『アーウィンも……』
ラークスは俺に背を向けると、軽く手を上げてガーディルに向かう商隊の方へと歩いていく。その背中に声をかけようとして、口を開きかけるが、俺は呼び止めることなく口を閉じた。
もしこの物語を読んでこの世界に興味をもっていただけましたら、『書籍版 刹那の風景』や『Web版 刹那の風景』も読んでいただけると嬉しいです。