98 ナワシクルン遺跡6
狭い階段を子爵が下りていく。真っ先に子爵の後ろについて行こうとしてリュディガーに腕を掴まれカイが割り込んで先に入って行った。
「ズルい!私が先なのに!」
「馬鹿、安全確保が先だろ!」
口を尖らせてリュディガーを睨みつけたが直ぐにそんな事をしている場合ではないと気づきカイの後を追って階段を下りていった。
階段は大人がなんとかすれ違える位の幅の通路で左右は削り出しただけの土壁だが階段のステップは綺麗に整えられている。頭上には等間隔で小さな灯りが設置されていて感知式なのか子爵が進んで行くと順次明るくなっていく。ピッポが最後尾についていたが中に入って直ぐに音も無くドアが閉じられた。
コツコツと階段を下りていく足音だけが響き誰も何も言わない。数分後、先頭を行く子爵の前に平らな木の床が見えて来た。着いた所はビックリするくらい普通の応接室のようだった。それ程高級そうではないがソファやテーブルがあり部屋の壁や天井は先程の階段と同様に土を削り出しただけだが戸棚が設えてありティーセット等が収納されそれなりに整えられている。
「何ここ?」
思わず眉間に皺なのは許してほしい。だって遺跡があるって聞いて地下へ続く階段とくればダンジョンの様な物を想像していたのに普通の部屋なのだから不満も出るというものだろう。私のワクワク感を返せ!と叫びたい気持ちでいると子爵がふぅ~っと息を吐く。
「少し休みたいのだが」
「嫌です。早く連れて行って下さい」
まさかここが目的地だとは言わせないし、有り得ない。休憩を要求するという事は先があるという事だろう。地下にあるこの部屋は宿泊していた小さな食堂位の広さで、大きなテーブルもあるのでリビングとダイニングを兼ねている感じだ。
私は間髪を入れず休憩を拒否するとそれに倣うようにカイとリュディガーも子爵を睨むように見ている。ピッポは休みたそうだが無視だ。
「であろうな、こちらだ」
最初から予想しているなら余計な事を言わずに連れていけば良いものを。通常ならお貴族様のいう事は絶対だろうが、古代文明絡みなら私達が引くわけがない事は子爵も分かっていたがちょっと試しで言ってみたのだろう。はい、無駄でした。
子爵はソファの後ろを通り過ぎると部屋の奥へ向かう。突き当たりには両開きのドアがあり子爵はそこへ行くと両手でノブを握る。するとカチッと小さな音が聞こえ右側だけノブをまわしグイッと押し開けた。きっとこのドアは魔導具で魔力を込めると鍵が開くのだろう。
「ここからは足元が悪いから気をつけるように」
そう言って自ら一歩踏み出した途端ヨタヨタと転びそうになった。素早くカイが支えてその場で立ち止まる。
「ちょっと、早く中に……」
子爵を支えたまま動かないカイに急かすように声をかけたがその肩越しに見えた光景に心臓が止まりそうになった。
「な、んだ……これは!?」
絶句している私の後ろからリュディガーが驚いてそれだけ言って固まっている。
目の前には初めて上陸した港街の高級ホテルで見たような整えられたタイルが床に張られた空間が広がっている。右側の壁には大きな額縁のような物が枠が嵌め込まれているようだが中身は何も無い。その下は棚のようになっていてそこに何やらごちゃごちゃと色々な物が乱雑に載せられている。
「どうした、入らんのか?」
少し笑みを含んだ様な子爵の声に、呆然としていた私達は我に返りやっとドア向こうへ足を踏み入れた。
「おぉ~い、やっと入ったのかよ。俺だけ全く何も見えなかった……って、なんじゃこれ?」
ピッポの間抜けな声を背中に聞きながらゆっくりと奥へ進んで行くと窪みに足をとられよろけてしまう。
「気をつけろ」
リュディガーが肩を掴んで支えてくれたがその目は私ではなくこの空間中を見回している。
「これが遺跡なのか!?」
「そうだ、ここが我々『古代遺跡保存の会』が密かに守っているナワシクルン遺跡だ」
カイが信じられないという顔で子爵と並んで右側の壁方へ行く。
「だが、これは……なんだか……魔導具??」
壁際の棚の上に置かれていた何かを手に取りカイが呟く。私も同じようにそこへ行き倣うようにカイが手にしている物とは別の何かを手に取る。
それはすっかり廃れているが何かの一部なのか、複雑な部品が組み合わされている。
「船のエンジン部の回路に似ている気がするが……駄目だな。固まって分解出来ん」
リュディガーが私が持っていた部品を手に取り小型ナイフを取り出して中身を穿ろうとしたがパラパラと細かい欠片が落ちてきただけだった。
「なっ!?何をしている!遺物を傷つけるのでは無い!!」
リュディガーの様子を見て子爵が慌てて止めに入った。私もうっかりしてたけどこれって貴重な発掘現場から発見された物だよね。
リュディガーから遺物を取り上げ子爵がそれをそっと元の棚へ戻した。
「良いか、この空間は全てが遺跡なのだから何も傷つけず慎重に行動しろ。質問があれば受け付ける」
「ここは何ですか!?」
早速カイが質問というか、動揺を吐露するように言った。子爵は気持ちを抑えるように鼻息を荒く吐くと殊更ゆっくりと答える。
「ここは古代文明が栄えていた頃の建築物が奇跡的にほぼ原型を留めている遺跡だ」
「地下に埋もれていたのですか?」
私は何もない壁をそっと撫でるとその感触を確かめる。古代文明の建築物だと言われた壁は何の材質で作られているのか検討もつかない。別に普段壁に使われる建材の材質について詳しい訳では無いが、木でも土でも石でも無ければ金属とも少し違う気がする。あえて言うなら……
「発掘した大物遺物の材質に似ているな」
リュディガーが私の隣に来てコツコツと壁を軽く叩きながら言う。
「私もそう思ってた」
「第三区分の遺物と同じじゃないか?」
カイも側に来て難しそうな顔をしている。
「よくわかったな、我々も同じような見解だ。ここは古代文明が残した研究室、もしくは何かを操作するコントロールルーム。そして恐らくこの建物全体が魔導具であろう」
「建物全体!?」
子爵の言葉に驚きながら今触れている壁以外の他の壁面にも床のタイルにも触れてみた。確かに大物遺物と同じような感触だ。ただし、第三区分の物だ。私が発掘した第一区分の物とは何かが違う。私は常に身につけている特級ケースを無意識に手で押える。
するとカイが私と同じように携帯している自分の特級ケースを壁際の棚の上に置くと取手を握り魔力を込めたのかパカリと開く。直ぐに中の大物遺物、第三区分外殻変容型を取り出しこの部屋の汎ゆる場所に持って行くと接触させ始めた。
「何してるの、カイ?」
問いかけるが全くこちらを見ずにゴソゴソと動き回っている。
「まぁ少し落ち着くまでさせておけ。私は休ませてもらうとするか、ピッポ」
「はい、子爵様」
待ってましたとばかりにピッポはウキウキした足取りで子爵の後ろについていくとさっきの部屋に戻って行った。古代文明より持参したオヤツをやっと食べる事ができる方が興味を持てるのだろう。子爵は任せたぞ、ピッポ。
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