97 ナワシクルン遺跡5
『古代遺跡保存の会』は表立っての活動を控えた為、荒らされていく遺跡を見守る事しか出来ない状況が続いたという。
「私が知っている『保存の会』はずっとそうですが?」
カイはまだまだ冷たい視線を子爵に向けている。解読している時は古代文明に詳しい子爵とあんなに楽しそうに話していたのに。
「あぁ、そう思わせておるからな」
「本当は違うと?」
子爵は意味ありげな笑みを浮かべる。そして食堂の外へ通じるドアの方へ視線を向ける。
「其方達はここに来るまで通った森に何があるのか知っておるか?」
唐突な質問に面食らってしまう。私はリュディガーとピッポに知ってる?って感じで目で問いかけたが二人とも首を横にふる。
「森の奥には遺跡がある。発見当時は立派な建築物だったらしいが他の遺跡同様にもうとっくに荒らされて瓦礫と化してると聞いてる」
カイが忌々しそうに顔を歪めて俯いた。陸では古代遺跡が殆ど破壊されて久しいと聞く。いわば便利な魔導具と引き換えにされたのだからその魔導具を使っている身としては複雑な気持ちにもなる。やっぱりお湯でシャワーを浴びたいしね。
「そうだ、そこにはナワシクルン遺跡がある。表面上は瓦礫と化し今は誰も近寄る者はいない」
子爵の言葉にカイが顔をあげた。
「表面上?」
「そう、表面上だ。アレはまだ生きている」
生きているという言葉の意味が理解できず困惑しているとさっきまで不満を吐き出していたカイが戸惑いの表情を浮かべる。
「では荒されたというのは事実ではないのか?」
「いや事実である」
なんだかさっきからこのなんとももどかしいやり取りにいい加減イライラして来た。
「一体子爵様は何を仰りたいのですか?」
ナイス、ピッポ!そうそう、訳わかんないよ。
「いやはや、これは失礼した。だが貴重な遺跡を守る為にはこういったのらりくらりと敵を躱すことが必要であったからな。
ナワシクルン遺跡が荒された事実はある。目に見える汎ゆる場所を漁られ破壊され何もかも奪われたかのようになっている。だが全てでは無い。まだ敵に見つかっていない遺跡があるのだ。どうだ、興味があるか?」
「「「ある!!」」」
私とリュディガー、カイが身を乗り出し一斉に答える。すると後で冷めた声がする。
「あぁ~、お出かけか。なんか食べる物用意してもらわなきゃな」
ピッポがサイラと宿のコックを呼び戻しに行った。
やっぱ良い仕事するな、ピッポ。
気がつけば朝食を食べてから数時間が経っていた。
子爵がナワシクルン遺跡はまだまだ生きている発言をし、当然のように私達は街道を引き返し森にあるという遺跡へ向かう準備を進める。そこへ護衛のリーダーであるダキラ船長がやって来た。
「森へ引き返すと聞いたが王都へ向かう予定は大丈夫なのか?」
ただでさえ大雨により橋が使えないせいで足止めを食っている。森へは馬車で引き返して往復で四時間ほど。現場でどれくらい留まるかわからないが一時間位として計五時間位は必要だろう。
「どのみち明日出発予定だったんだ。夕刻までに戻れば大丈夫だろう」
「念の為食料を多目に持って行こう」
「誰が行くんだ?それによってメンバーを考える」
リュディガーとカイがダキラ船長と話し合った結果、私、リュディガー、カイ、ピッポ、ランベルティーニ子爵、一時雇われ侍従が行く事になった。護衛にはダキラ船長、ニコラス、イーロがつく。サイラ達は残ってもらい、一応荷物があるのでマグダだけ残ってもらうことになった。
二台の馬車に分乗し、昼前に村を出発して馬車に揺られ、二時間ほど経つと街道沿いにこんもりとした森が広がっているのが見えてきた。
窓から顔を出し近づく森を眺めている。前回通りかかった時もそうだったが、人気が無く木々が生い茂り薄暗い。前を走る子爵の馬車が街道を逸れ脇道へ入って行くと私達の馬車もそれに続いて街道を逸れた途端ガタガタと馬車が激しく揺れ慌てて顔を引っ込めるとイスに座り直した。
「まだこの辺りはいいが、きっと奥へ行けば馬車は使えないぞ」
カイが言った通り直ぐに馬車は止まるとここからは徒歩で行くと告げられた。馬車には子爵が連れて来た護衛一人と御者と侍従を残し更に森の奥へ進む為に歩き出した。
「私が案内しよう、こちらだ」
ランベルティーニ子爵が少し興奮しているのか率先して先に進む。慣れた様子で草をかき分け木々の間を通り抜け迷いなく足を進めて行った、が、直ぐにその歩みがノロノロふらふらと覚束なくなって行く。
「子爵様大丈夫ですか?」
ボロを着たって食事が貧しくたって貴族は貴族。ぽっこりお腹の可愛い体型の子爵は長距離を歩く仕様にはなっておらず、真っ先にバテ始める。
「ふぅ、ふぅ、大丈夫だ。私は、この森の、奥へも、何度も、来ておる。もうすぐ、もうすぐだ」
きっと私達若者だけで向かえば二十分弱程の距離だろうけれど、三十分以上かかってどうにか到着した。
「ここが、ナワシクルン遺跡……の跡地?」
薄暗かった森が急に途切れ、目の前に広がる野原。背の高い人工物は見当たらず長い年月を経ていることがわかるように転がる瓦礫の合間に草がぼうぼうに生え苔生している箇所もある。
「ここであってるの?」
私が思わず零した言葉以外誰も何も言わない。
どこからどう見ても生きているとは思えない遺跡。昨日まで降り続いた雨のせいか雑草が生き生きとして寧ろ廃墟感を高めている。目の前の光景に疑問しか浮かばず子爵を振り返ったらやっとゼイゼイとした息が整っていた。
「間違い無くここがナワシクルン遺跡である」
子爵の答えにカイがため息をつく。
「まさかここを見せたくて連れてきたんじゃ無いですよね」
「無論だ。ついて来るが良い」
再び子爵が足を進め瓦礫の外側をぐるりとまわる。しばらく進むとピタリと止まって振り返った。
「護衛達はここで待て」
「はぁ?そういう訳にはいかない。俺達は前金半分、無事に送り届けて残りの半分を貰い受ける契約だ。目を離すわけにはいかない。ここまで来たんだし別に口外はしない」
即座にダキラ船長が言ったが子爵は首を横にふる。
「お前達が護衛を受けるにあたって任務中知り得た情報を他言できぬ事は承知しておるがそれでも用心したい。なに、それ程遠くへ行くわけでは無い。ここで待機していろ」
子爵は毅然とした態度で護衛の三人を拒否する。ダキラ船長とニコラスが黙って顔を見合わせていたがリュディガーとカイも子爵に同意するように頷いて見せるとやがて諦めたように頷いた。イーロは何も言わず船長に従うようだ。
「では行くぞ」
改めて子爵が足を進め、森の中へ入って行くと待機を命じられたダキラ船長達が見えなくなった。瓦礫が広がった野原から離れ薄暗い森の奥へ来ると大岩が草に囲まれてどっしりと鎮座しているのが見えた。
「ここだ」
また息があがりそうになっていた子爵が大岩に近づきその向こう側へ消えて行く。私達も慌てて追っていくと大岩の裏側で苔生した岩肌に子爵が手を近付けると音も無くポッカリと穴が空いた。大人一人がやっと通れる位の幅の縦長の穴で中は真っ暗。
子爵がそこへ足を一歩踏み入れると瞬時に明かりが灯り下へ向かう階段が見えた。私達を誘うように子爵が中へ導いて行く。
「では案内しよう。ナワシクルン遺跡へ」
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