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96  ナワシクルン遺跡4

今年も宜しくお願い致します。

 いやいや……何言っちゃてるの?ナイナイ、魔導具とか原本とか、そんな事オジジから聞いたことないから。

 

「ハハッ……子爵様も冗談とか言うんですね?」

「そこは仰っしゃられるというのだ。それに私は冗談は苦手だ」

 

 子爵は鼻髭を人差し指と親指でつまむようにして撫でながら真顔で私を見ている。カイも「無」の表情で私を見ている。そして同時にテーブルの上にある『ヴィーラント法』へ視線を移した途端二人はカタカタと震え出した。

 

「しししし子爵様、ここここれは、だだだい、大発見……」

「みみみみなまで言うな、ももう少し、ままま待て、いい息が……」

 

 二人の引き起こす振動でテーブルまでもガタガタ音を立て始める。

 とんでもない事を発見してしまったという驚きは勿論あるけれど。目の前で余りにも取り乱す人が二人も居ると返って冷静になってしまうのか、私とリュディガーとピッポはほぇ~という感じで二人を見ているだけだった。

 

「ねぇカイ。こんな本の形の魔導具とかこれまで見たことある?私は無いんだけど」


 少し落ち着かせようと話しかけてみた。


「おち、落ち着けエメラルド。いいい一旦、落ち着いて考えてみよう」


 作戦は見事に失敗し、カイの混乱は収まる気配すら無い。


「カイこそ落ち着いてゆっくり息を吐きなよ。過呼吸になっちゃうよ」

「そそそそそうだな。俺が、俺が落ち着かなきゃ、ふぅ~、ふぅ~」

 

 これは駄目だな。だったら子爵様に……あぁ、こっちも駄目、顔色が真っ白だ。


 ひたすら鼻髭をつまみながら撫でている子爵は目が見開かれ鼻息も浅い。真っ白い顔は固まって動かず人形のようだ。

 

「あぁ~あ仕方ない、熱いお茶でも持って来るか。人払いしたからサイラしかいないからなぁ」

 

 ピッポがやれやれという感じで控えていたサイラと二人で厨房へ向かった。私がここで解読した物を読むとわかった時点で宿の人は遠ざけてくれていたらしい。相変わらずいい仕事するね、ピッポ。


 動揺が収まらない二人を待ちつつ、テーブルの上の『ヴィーラント法』を手に取った。それはオジジからもらった時と変わらず、少しザラついている表紙をそっと撫でる。


「魔導具だなんて、オジジはいつ知ったんだろう?」


 優秀な研究者であるオジジがいつこの『ヴィーラント法』を手に入れたのかは聞いたことは無いが、きっとずっと昔だったろう。それこそ私を拾ったのよりもずっと昔のはず。全く関連性の無い私と『ヴィーラント法』が魔力を介して結びついた時、オジジは何を思ったんだろう。


「ねぇ、リュディガーも一度魔力を込めてみて」

「だぁー駄目だ駄目だ!」


『ヴィーラント法』を差し出してそう言うと急に正気に戻ったらしいカイが叫んだ。


「どうして?別に良いじゃない」


 最初は私も無意識に魔力を込めてしまった事に動揺したが、解読後の『ヴィーラント法』に破損された形跡は無い。という事は魔力込めるだけでは文字が金色に光る以外の事は起きないんじゃないだろうか?

 

「いやいかんぞ。エメラルド以外の魔力が込められると秘密保持の観点から破損するかも知れぬ」


 子爵も戻って来たようだ。まだ顔色は真っ青だけど、真っ白いよりマシだろう。


「秘密保持ですか。一体なんの秘密なんですかね?こんなおちゃらけた文章になんの価値があるんですか?」


 さっき心を抉ってきた文章を思い出し鼻で笑ってしまう。けれど子爵は真剣な表情のまま『ヴィーラント法』を見つめている。何を考えているのかさっぱりわからないが、張り詰めた空気の中、期待を裏切らないピッポがサイラと共に戻って来た。


「ほ〜い、お待たせ。お茶とムウ持って来たぜ」


 ワゴンを押しながら近づいてきた奴の口には既にムウが入っているのかモゴモゴしている。サイラが流れる様な手つきでお茶を淹れてくれ子爵の前に置いた。子爵は直ぐにまだ少し震える手でカップを持つと慎重にひと口含みゆっくりと飲み込む。ほぉ~っと息を吐き落ち着きを取り戻して行く。カイも同様にお茶を飲んでムウを次々と口に入れた。何かを振り切りたいのかな。


 しばし『ヴィーラント法』の事を忘れたかの様に静かな時間を過ごしたが、私がパラパラと本を捲る様子を見て子爵が口を開いた。


「ヒントについて考えてみたか?」


 一瞬何のことを言っているのかわからなかった。私は手に持っていた『ヴィーラント法』から視線をあげて子爵を見た。真剣な眼差しで返答を待っているように見える。


「ヒントって、まさか解読した文章に書かれていたヒントの事ですか?」


 私としては本の暗号より魔導具だったり私の魔力が反応したということの方がインパクトが大きかった為ヒントについては全く考えていなかった。


「無論そのヒントの事だ。暗号を解読し明らかになった内容を吟味する事こそがこの『ヴィーラント法』を読み解く目的であろう?」

「暗号の解読の目的……」


 言われてみればそうだったのだが、『ヴィーラント法』にはてっきりまだ知られていない凄い魔導具の事が記されているのだと思い込んでいた。本の前半部分には魔晶石の扱い方や現代の生活を支える魔導具の作り方等に応用出来る内容が記されていた。この先を読み進めればもっと凄い魔導具が作れるようになるかもというのがこれまでの古代文明を研究している者達の見解だ。それがやっと解読したと思ったらあのふざけた文章に理由のわからないヒントとやらが出てきた。


「子爵様は解読が間違っているとは思わないのですか?」


 カイだって失敗だったんじゃないかと言っていたらしいし、今だって子爵の横で難しい顔をしている。


「私は最初から間違っているとは思っていなかった。今もそうだ。内容は砕けた文章ではあるが筋が通っておりおかしくは無い。つまり」

「解読は正確なもの、で間違いないとお考えですか?」


 カイが子爵の話を遮るように口を挟む。本来なら貴族様を遮るなんてと誰もが咎めそうだが今はそんな事を問題にする人はいない。


「でも、内容が……」

「『ヴィーラント法』はこれまで誰にも完全に解読することが出来なかったのかだから内容はあくまで憶測の域を出ない。それに魔導具の事が書いてあると言えなくもないであろ」


 確かにこの理由のわからないコンスタンという人が開発した魔導具の在処について書かれてあるらしく、それは魔導具についての内容とも言える。


「子爵様はコレを信じるのですね?そしてこの魔導具の在処を探すと言うのですか?」

「そうだ」


 解読した本人である私ですら信じていないこの結果を出会って数日の貴族が信じるという。


「何故ですか?」


 ずっと黙っていたリュディガーが不意に発言する。子爵はリュディガーに向き直りニヤリとする。


「私は長年古代文明について興味を惹かれ調べて来た。財も乏しい我がランベルティーニ家では深く研究するなど到底叶わずただ同じ志の者達と情報を持ち寄り交換するだけの日々であった」

「やはり子爵様は『古代遺跡保存の会』に所属してらっしゃるんですね」


 カイが少し非難めいたような言い方をする。それを聞いた子爵は肩をすくめ自嘲したような表情をする。


「世間からは名ばかりの会だと揶揄され、実際いまは表立って何の活動もしておらぬからの。だが私達は破壊されゆく遺跡をただ見ていただけでは無い。何も出来ない会だと思わせる事こそが遺跡を守る手段の一つとして有効だったのだ」


 子爵はそこで少しぬるくなったお茶をひと口飲んだ。すかさずサイラが代わりのお茶を用意する。


「我々『古代遺跡保存の会』は創立当初はその名の通り古代遺跡の保存に努めておったがそれも魔導具の開発に力を注ぐ国の圧力に押され解散へ追い込まれそうになった。そこで我々は国の意向に逆らう事を止めた、表面上は。それによって解散は免れた」



 

読んで頂いてありがとうございます。

面白いと思って頂けましたら、ブクマ、評価、宜しくお願いします。


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