93 ナワシクルン遺跡1
とにかく煩いリュディガーを落ち着かせる為にベッドの上で食事を摂ることになった。何故かリュディガーとピッポまで私の部屋で食事をとりだし狭い空間に暑苦しい男が並んでいる。
「ねぇ、さっきの話じゃ解読終わったことになってるみたいだけど。ホントなの?」
スープをゆっくりと口へ運びながら尋ねるとピッポがはぁ?って顔をする。
「お前が解読したんじゃないか」
「いやそうかもだけど、私って解読中は作業に没頭してて文章の意味とか理解しないまま突き進むタイプだから内容は後で知る感じなんだよね」
ヘラっとして言うとリュディガーとピッポが変な顔して視線を送り合ってる。
「お前が言えよ、ピッポ。幼馴染だろ」
「リュディガーは保護者だろ」
「いま保護者関係ないだろ」
「だったら幼馴染も関係ない」
何やら嫌なことを押し付け合っている様な二人に焦れったくてイライラしてきた。
「何が言いたいの?ハッキリしなさいよ!うっ、ゲホゲホッ」
まだ本調子でないのか大きな声を出すとむせてしまった。咳き込む私にリュディガーが焦って背中を擦ってくれながら宥めてくる。
「わかった。いいか、ショックを受けるかも知れないが落ち着けよ」
「私はずっと落ち着いてるよ」
なんだかまた大袈裟にして子ども扱いされてる気がするなぁ。
ちょっとムカつくが殊更落ち着いて見えるようにツンとすました顔をしてみせた。
「お前の解読したものだがな」
「うん、それがどうしたの?早く見せてよ」
最後まで解読したなら早く内容が知りたい。オジジも知らない世紀の大発見かも知れないのだから!
「あれ、失敗じゃないかとカイが言ってる」
「は?」
シンとする室内。誰も動こうとせずまるで空気が一瞬で薄くなったかのように息苦しくなっていく。
「な、なに言ってるの?私が二徹して仕上げた解読だよ。出だしの解読もちゃんと意味を成していたじゃない。どこが……どこが失敗なのよ!今すぐ私のノートを出して!『ヴィーラント法』も!!」
スープなんて食べている場合じゃない!早く自分が解読した『ヴィーラント法』を読みたくてベッドから出ようとするがリュディガーに押さえられてしまう。
「だから落ち着けって言ってるだろ」
ピッポが慌ててスープの入った皿を取り上げ避難させたが多少溢れてしまっている。
「落ち着けるわけ無い!今直ぐ『ヴィーラント法』を見なくちゃ……」
必死に抵抗するが両腕を掴んで押さえつけるリュディガーに私が勝てるわけもなく、段々と腹が立ってきて不覚にも目の前の彼の顔がジワッと滲んでくる。
「うわっ、エメラルド、な、泣くな、泣くなって」
「えぇ!?」
ピッポまで驚いた顔で声を上げた。泣き顔を見られたくないが手が上がらず隠すことも出来ない。溢れてきた涙が一筋、目尻から流れた瞬間にリュディガーが手を離し同時にドアが開いてサイラが部屋に入って来た。
「……どういうことでしょうか?」
サイラは持っていた水差しをドア横のチェストに置くとむさ苦しい男達の間を縫って私の傍に来た。私はベッドの上で上半身を起こしサッと涙を拭った。
「サイラ、『ヴィーラント法』の解読ノートを見たいの」
彼女はポケットからハンカチを取り出し私の目元に優しく当てるとコックリと頷いた。
「わかりました。ノートはカイ様が持っています。私が持って参りますから、それまでにこのスープだけは召し上がっていて下さい。お体が元気でないと冷静な判断が出来ませんでしょう?」
「うん、わかった」
私が了承するのを確認しサイラが後ろに立っているピッポを振り返ってスープを渡すように手を出すと彼は肩をビクつかせ直ぐに渡した。
「す、すいませんでした」
何かに怯えたように反射的に謝るピッポ。リュディガーも何か言いたそうだったがサイラがそちらへ視線を向けると何故か黙った。サイラ強いな。
私にスープの皿を渡してくれたのでスプーンで一匙口に運ぶと彼女は嬉しそうにニッコリ笑った。
サイラ、ママみたい……ママ?
ふと思い浮かんだ気持ちだったがよくわからない。さっきまで見ていた夢の事がボンヤリと頭に浮かぶ。
ママがいて、パパがいて。見知らぬ世界の風景。
前に漂流している時にも見ていた気がする。コレはなんだ?
ぼぅっと考えながらスープを食べていると、部屋から出ていった三人が廊下で小声で話している。
「まだ『ヴィーラント法』のノートを見せるのは早いんじゃないか?」
「いずれ見るのですからキチンと時間を決めて見せてあげた方が落ち着かれると思います」
「だけどさっきもスッゲー興奮してたぜ」
「それはあなた方の不手際では?私には落ち着いて話して下さいましたけど?」
「「……」」
丸聞こえだよ、小声の意味ある?
決着がついたのかサイラの足音が遠ざかっていく。
ドアの陰からリュディガーとピッポが私の様子を窺うように見てくるが何も言わず視線をそらしてやった。
「後は任せた」
ピッポは早々に撤退しリュディガーだけが残っているようだ。
直ぐに戻って来たサイラと一緒にリュディガーも部屋に入って来た。私のスープ皿が空になっている事にサイラは微笑むとそれと引き換えに『ヴィーラント法』の解読ノートを渡してくれた。
「ありがとう、サイラ」
「はい、ですが今日は十分だけです」
「え!短過ぎない?」
「いいえ、いけません。ミネルバ様からも無理はさせるなと言い付かっております。今日既にかなり体力をお使いになられたようですし」
チラッとリュディガーを見て言う。
「すまん、エメラルド」
「もう良いよ」
これ以上ねばってもサイラは許してくれない気がしたので取り敢えず解読ノートを確認しようと開いた。
先ずは一ページ目。
『我コソハ、コノ本ノ著者コンスタン』
そうそう、こんなちょっとヤバメの始まりだったな。良し、次だ。
『ヨクゾココマデ辿リツイタナ諸君』
……うん、最初がアレだもんね。こういう雰囲気の文を書く人だったのかな。でも内容は古代文明の謎や魔導具の事だったりするはず。
『コノ暗号ヲ解クトハナカナカヤルジャナイカ。頑張ッテ勉強シタンダナ、感心感心』
私はパタンとノートを閉じた。大きく深呼吸すると心を無にしてもう一度ノートを開いた。
『諸君ハ暗号ヲ解読シタ事デコノ本ノ全テヲ理解出来ルツモリデイタロウガソウハ問屋が卸サナイ。研究者トイウモノハ与エラレルバカリデハイズレ考エルコトヲオザナリニシ本分ヲ見誤ル事二ナル』
さ、さっきよりは幾分ちゃんとした感じになってきてるな。この調子で古代の魔導具か古の文化なんかについて解説してくれればイケる!
『デ、今回ノミッションダガ』
ちょっとグラついて来た……どうしよう。このまま読み進めて良いんだろうか?
私が迷っていると情け容赦無くバタンとノートが閉じられた。
「エメラルド様、お時間です」
サイラの優しくも逆らう事を許さないキッパリとした態度に黙って頷く。心の中では先を見たい気持ちと進む事が怖い気持ちが入り混じり強制的に終わらせてくれたことがちょっぴり有り難かった気もする。
これまでは解読が進めば無条件で嬉しく先が知りたくて仕方がなかったのに、こんなに躊躇する時が来るなんて信じられない。
知る事が怖い。
読んで頂いてありがとうございます。
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