89 楽しい解読4
ムカつくから出来るだけゆっくり食事を済ませてから『ヴィーラント法』を出してやろう…………イヤそうすれば私もなかなか解読出来なくなる。もう仕方ないな!と思って常に身につけている特級ケースから本を取り出そうとしてハッとする。
「ヤバい……昨日『ヴィーラント法』をケースに入れるの忘れて……」
「ここにあるぞ」
ポイッと出してきたのはリュディガーだった。
「えぇー!持っててくれたの?」
「あぁ、本来はお前の責任だけど俺もケースに入れろって言うのを忘れて寝かしつけちまったからな」
そうだ、リュディガーが私を急に担ぐから片付け忘れてたんだった。
「ありがとう。っていうか寝かしつけるとか言わないでよ。私は子どもじゃないんだから」
「はいはい悪かったな」
むぅ、また子ども扱いじゃない。ムカつきながら本を受け取っているとピッポが口をモゴモゴしながらやって来た。手にはボウルを持ちそこから丸いひと口サイズの何かをつまんでいる。今日はキューじゃないんだ。流石に飽きたのかな。
「エメラルドはリュディガーが寝かしつけると秒で寝るからな」
「うぐぅ、う、うるさいわよ」
確かに昔からリュディガーにかかれば安眠効果抜群だが、流石に最近は恥ずかしくて出来るだけ避けていたのに。
「あぁ、じゃれあってるとこ悪いが先に本を貸してくれるか?」
カイが両手をわきわきさせてもどかしそうにしている。
「わかってるわよ。私も早く始めたいんだから」
手にした『ヴィーラント法』を昨夜のようにテーブルの真ん中に置くとすかさずランベルティーニ子爵が丁寧な手つきで本を開いた。
最初は手袋をしても『ヴィーラント法』に触れることにかなりビビっていた子爵が今では慎重ながら素手で扱っている。しかも話し合いが白熱してくるとページを指で弾いたりして、そんな自分に驚き我に返ると本に損傷がないか慌てて調べていたりしてちょっと変な奴だと判明した。
「ふむ、この先だな」
自らのノートに写しながら解読していた続きを見つけると早速作業を始める子爵。私も同じようにイスに座ろうとしていたのに何故かくるりと体の向きを反転されると隣のテーブルに連れて行かれた。
「お前は朝食を済ませてからだ」
「リュディガー、心配しないで大丈夫よ。解読中はいつの間にか食べてるから横に置いておいて」
「いつの間にかじゃねぇよ。いつも俺が食べさせてるんだよ!」
「それは子供の頃の話でしょ?カイだって子爵様だって食べながら解読してるじゃない。私も食べた記憶は無いけどお腹が空いた記憶も無いからきっと勝手に食べてるのよ」
「そんな訳無いだろ!」
リュディガーと私が言い合っているとピッポが横から何かを私のくちびるに押しつけてきた。
「なに?む、はむ」
反射的に口を開けるとモグモグと食べてみる。それはモチモチとした噛み応えの甘くて柔らかいパンのようだ。
「美味いだろ?この食堂のオヤジさんに作ってもらったんだ。ムウっていうパンらしい」
「美味しい」
「貸せピッポ、俺がやる!」
私とピッポのやり取りを見ていたリュディガーが急にピッポの手からボウルに入ったムウを取り上げる。直ぐに私のくちびるにムウを押し当て、私も反射的に口を開く。
パク、モグモグ。
「ほら、リュディガーがそうやって甘やかすからエメラルドが変な勘違いするんじゃないか」
「今はお前が手を出したからエメラルドが口を開いたんじゃないか!」
何やら言い合いを始めた隙をついて私は素早く隣のテーブルへ移る。もうムウを二つ食べたから朝ご飯は済ませたと言って良いだろう。
カイと子爵が呆れ顔ながら直ぐに『ヴィーラント法』に目を落とし私もそれに倣う。
「どこまで解読したの?」
「解読っていうか、抜き出しだろ?エメラルドは浮いた文字と抜けてる文字って言ってたけど、普通に考えて抜けてる文字は写し間違いの可能性が高いから二つを分けて拾っているところだ」
「そもそも暗号なんだから抜けてる文字だって何か意味があるはずよ」
「だけど写本の性質上起こり得る事は否めないぞ」
カイと私が睨み合って言った。
「どちらにせよ分ける事に意味があると見るべきであるな。とにかくある程度解読が進んでいる部分まで文字を拾っていくぞ」
昨夜から話が白熱しすぎて作業が進まなくなりそうな時に良いタイミングで子爵が口を挟んでくれる。
ホント良いオジサンって感じだな。
子爵が仕切り直しもう何度見たかわからない本の前半部分を見返し過不足な文字を拾っていく。
「これだな」
「ここにもあるわよ」
「ここは連続で余分と抜けがあるぞ」
三人で丁寧に作業を続けていく。
一つのページに幾つかあったり全く無かったりと、規則性は無いが続けていくうちに何かが引っかかる。
「ねぇ?何かおかしくない?」
確認していく手を止めずポツリと零す。
「何がだ?」
カイも反射的に答えているが作業の方に気を取られている感じだ。
「何がって言えないんだけど……あ、ここも……ん?」
不足部分を見つけて指さしそこで手を止めた。ページから指を離さない私に子爵が視線を向けて来る。
「どうしたのだ?」
私は直ぐに答えず自分の考えに没頭していく。
これは、この単語でしょ。これは……抜けか……でもこれは……
昔オジジと解読を始めた時、全く不可解な古代文字という記号に最初は文字の一つ一つの違いすら見分けられなかった。古代文字は直線や波の大きさ長さ、カーブの角度など見慣れなければ全く理解出来ない繊細な物で書き手のクセも考慮に入れつつ進めなければいけないものだった。
他の『ヴィーラント法』の写本も探し出し比べつつ進めていく気長な作業でオジジと窓から朝日がさすまでやり込んだこともある。
「わかったかも」
ポツリと零した私に二人がザワッとする。
「わかったって、暗号の事じゃないよな?」
カイが慎重に聞いてくる。糠喜びしたくないのだろう。解読中にわかった!って叫んで実は既に知られている文字だったりとかは時々ある。真剣に取り組んでいる人ほど落胆は大きいので自己防衛の為に汎ゆる事を疑ってかかるひねくれた性格になっていく人もいるだろう。
「多分そう。暗号の解き方かも」
子爵とカイはお互いに見合って黙っている。どう反応すれば良いのかわからないのかな。
「この抜けてる文字というか、記号は、切っ掛けというか合図なんじゃないかな」
二人から声にならない「はぁ?」て気持ちが強めに伝わって来る。私は続けて余分な文字を指差す。
「抜け文字の後にくる余分な文字はこれ単体じゃ意味をなさないけど……」
「待てっ!待て待て待て!抜けの後の余分な文字だけを……」
カイが驚きすぐさま自分のノートに書き出した文字を見ながら独り言を言いながら新たに書き込んでいく。
「繋ぎ合わせて単語を作り出すということか!?」
ランベルティーニ子爵もカイと同じ様に手を動かしている。
いやいや、私のアイデアなんだし最後まで話を聞けよ。
「うぅん?一応意味をなす単語になる部分もあるけど訳がわからないものもあるぞ」
早速文句をいうカイ。
「だから最後まで聞きなよ。写本の特性もあるから……」
「あぁ、ここに来て写し間違いか。心許ないが私の持っている『ヴィーラント法』とも比べていかねばならぬな」
スチャッと少し出来の悪い『ヴィーラント法』の写本を取り出し私の『ヴィーラント法』と突き合わせて二人の確認作業が始まる。
なんだか置いてきぼりなんだけど。私のアイデアなのに。
読んで頂いてありがとうございます。
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